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第四十話:食と眠

「さて、なにか食べられそうなモノは……っと。水場も近いし生き物もいると思うんだけどな」


 クララ達から離れた位置で、悠は辺りを見回しながらに歩いていた。

 白骨のように白い世界で誰も視界にいれずに歩いていると、まるで自分がただ一つの生命なのではないかと錯覚する。

 しかし、ふと、悠が自分の隣へ視界をやると──


「どうかしましたか」


 友人から預かった、小さな少女が首を傾げる。

 その髪や服の淡い色合いは、この白い世界によく似合っている。

 幻想の様な存在がたしかにここに在ることを感じると、悠は困ったように微笑んだ。


「いや、なんでもない。ただ面倒じゃなかったのかってな。あっちで寝てても良かったんだぞ?」

「いいえ。あなたの力にもきょうみがあったので。じゃまになりそうならばもどりますが」

「なる。そういうことならいいんだけどさ」


 そう──今回の狩りには、アリシアが付いてきているのだ。

 と言っても、それは手伝いというよりも悠の観察が目的のようだが。

 相変わらず何を考えているか少し分かりづらいが、心なしか──物理的な──距離が縮まっていることに、悠は苦笑する。


「ではおことばにあまえて。……じゃまはしませんので、よろしくおねがいします」


 もう少し砕けた話し方でもいいのに。

 そんな事を思いながらも、索敵は続けている。

 これがアリシアにとって適当ならば、敢えて正すことも無いだろう。


「……ん、何か居そうだな」


 お互いの言葉が途切れて少しして、悠は自分の『食感』センサーに反応を感じて、鼻を鳴らした。

 匂いが感じるわけではないが、獲物を狙っていると思うと、ついそうしてしまったと言った所だ。


「(だから、なんか感心したみたいな目で見るの止めてほしいな……別にコレ自体に意味はないんだけど)」


 だが鼻を鳴らした悠を見て、アリシアはおお、と小さく口を開いていた。

 心なしか輝いた瞳に、何故だか罪悪感のような物を感じる悠。

 しかし、やはり獲物の気配は感じる。

 アリシアを手で制して、慎重に覗き込むは谷の底だ。

 そこには、細かい砂が敷き詰められる様になっていた。


 ──そんな砂の絨毯に、獣が二匹。

 いや、それを獣と表現して良いのかはわからない。

 そこにいたのは、一言でいえば球体。

 詳しく説明するのならば、白い体毛を持ったネズミのような──魔法少女の肩にでも乗っていそうな、ゆるふわ生物だったのだから。


 悠は言葉を飲み込んで手でアリシアを呼ぶと、崖下を注視させる。

 アリシアも、悠が言葉で自分を呼ばなかったのは下の獣に気づかれないためだと察知し、頷いてから獲物に視線を移す。

 その姿を確認すると、アリシアはまた小さな口を開いた。


 さて、どうしようか──

 無事に食べられそうな魔物を見つけたは良いが、それをどう捉えるか、と悠は考えを巡らせる。

 手札として切れそうなのは『誘引』だろうか。両刃剣は持ってきている為、攻撃手段としては『チャージ』もアリだろうが、小動物を思わせる姿を見ると、形状の割に素早い可能性もある。タメの時間を必要とする性質上、相性は悪そうだ。

 ならば『ドラゴンブレス』はというと──これはダメだろう。よほど熱に耐性がある魔物ならばともかく、ドラゴンの炎は一瞬で骨までケシズミにしてしまうような火力を持っている。小さな身体の小動物程度、焼き付いた影が残るかどうかも怪しい所だ。

 『罠の芽』もこんな砂漠に緑の若葉、では不自然もすぎる。

 となると。


「(結局はガチでやるしか無いよなあ)」


 力づく。この手に限る。

 改めてアリシアへと手で制するジェスチャーを送ると、悠は谷底へと飛び降りた。

 瞬間、悠の姿を察知する球状の小動物。

 音か、振動か。何らかの手段で外敵の存在を察知した小動物は、迷いなく逃走を選んだ。


「やっぱりか……!」


 だがそれは悠も想定内。

 即座に『誘引』の力を発生させると、小動物がその脚を止める。

 この瞬間、彼らにとって悠は『敵』から『餌』に認識を変えた。


「……!?」


 その奇妙な行動にアリシアが驚愕する。

 悠の力はまだアリシアには説明されておらず、その光景はただただ奇妙なモノに映った。

 小動物がフェイントを掛けたように見える光景に、アリシアは混乱した。

 だが、驚愕したのはアリシアだけではない。

 悠もまた、目の前で起きた現象に思わず叫び声をあげる。


「おお!? 何だこれッ!」


 振り返った小動物は身体に隠された脚で跳躍──そして岩壁に衝突したその瞬間、角度を変えて跳ねたのだ。

 まるで、ゴムまりの様に。身体の形状通りの動きに、悠の瞳は双ツ跳ねるボールを追うことを諦めてしまう。


「ッ」


 幾重にも連なる線に処理をストップした視界が命じたのは『硬質化』だった。

 直後、身体を襲う重い衝撃。腹部にぶつかった小動物の重さに、身体が揺らめく。


「おぼ、うっ!」


 そして、よろけた所にもう一発、更にもう一発と小動物達がぶつかってくる。


「あああ鬱陶しい! 何だよこれ!」


 ダメージは然程無いが、とにかく鬱陶しい。

 苛立ちを感じながら、悠は両刃剣を投げ捨てた。

 凄まじい速度と、ごつごつと乱れた岩壁を利用した角度の読めない攻撃に、悠は重い武器での一撃必殺を諦めたのだ。

 身をかわしながらドラゴンナイフを取り出すと、悠は紅く煌めく刃を構えた。

 ……二匹で絶え間なく跳ね回る小動物を、目で完璧に追おうとしても、不可能だ。それほどまでにその軌道は複雑怪奇。本来ならば逃げに使われる技術だが、それは攻撃として転用しても十分な力を持っていた。


 だから、悠は見るのを諦めた。

 厳密には、完全に捉えることをだ。

 確かにこれを逃げに使われたら、悠にはこれを捉える手段がなかったろう。

 だが現在彼らの目的は一箇所に定まっている。


「そこッ!」


 それは正しく悠自身。来る所がわかっているのならば、後はタイミング次第だ。

 攻撃の感覚を測りながら、悠は身をかわしつつナイフを立てて『用意』した。

 跳ねる瞬間は不規則でも、一度空中に移行してしまえば、後は球状の小動物に軌道を変える力はない。

 あとはゴール地点に用意されたテープの如く──定められた場所を、小動物が通り過ぎていく。ただし、切るのはランナーではなくテープの方だったが。


「っし!」


 空中で赤い刃に切り裂かれた小動物が勢いを失い、地に落ちる。

 鮮血が空中に軌道を描くと、そちらはスローモーションの様によく見えた。

 が、ここで終わりではない。

 まだ戦いには『次』がある。

 岩壁を跳ね回る小動物が一匹になると、その軌道は多少見やすくなっていた。

 次はもっとうまくやると、悠は機会を伺おうとする──が。


「……! 逃げてる……!?」


 その軌道が、段々自分から遠ざかっていく事に気がつく。

 壁を跳ね回りながらも徐々にその平均的な高度は上がっていき、距離もまた離れていく。

 一匹では量的にも心もとないため、是非ともここで二匹目を捉えておきたい──!

 焦りから、悠は駆け出す。

 しかし、その瞬間にまた変化が訪れる。

 徐々に地上から離れていった魔物が、今度は逆に段々と谷の底に近づいてくるのだ。

 跳ね回るスピードもまた落ちていき、ついには谷の壁から壁へと移るだけの勢いも無くし、地に落ちた。

 砂の地面が余すところなく衝撃を吸収したためだろう、スーパーボールの様に跳ねていた小動物はそれきり跳ね回らなくなった。

 急いで近づいてみると、どうやらまだ息は在るようだが、まるで毒にでも侵されたかのように緩慢な動作だ。


「はやくとどめを。そのじょうたいは長くはもちません」


 まさか毒ガスが──悠がそう危惧すると、頭上から危機感のない声がとどめを促す。

 アリシアだ。

 では、まさかこれは。そんな疑問が浮かぶも、悠はアリシアの言うとおりに小動物に紅刃を突き立てた。


「みごとです」


 アリシアが飽くまで冷静でいることを考えれば、悠が思う通りの事が起きたのだろう──今止めを指した魔物と、先に仕留めていた魔物を回収すると、悠は軽い足取りで谷の上へと戻る。


「おつかれさまです」

「ん、ああ……ええと、今のはアリシアの力──で、良いんだよな?」



 悠が戻ってきて、ねぎらいの言葉をかけるアリシア。

 だが悠は返事もそこそこに、先程の出来事について確認をした。

 返ってきたのは予想通り。首肯だった。


「はい。わたしの『まどろみ』の力です。あいてのねむけをさそって、ねむらせます。ただしこうふんじょうたいにあるあいてや、つよいまりょくをもつあいてにはつうじません」


 悠からの問いに、アリシアは──イントネーションこそ辿々しいものの、言い淀むこと無く自らの力について語った。

 悠の『食』の力がそうであるように、アリシアの力もまた『眠り』に関する事ならば多岐に渡るらしい。


「さきほどはまものがしょうもうし、たたかういしをなくしたので力をつかうことができました。あなたの力も見られましたので」


 アリシアは表情を変えず、覗き込むように悠の瞳を見据えている。

 その視線に、悠はアリシアが自らの力を語った意図を悟った。


「こんどは──ユウさんがおしえてください。さきほどのまものが見せたはんのうはあきらかにふしぜんなものでした。一体、何をしたんです?」


 やはり、と心中で呟いてから、悠はため息を吐いた。

 ──別に、隠しているわけではなかった。それでもそれを黙っていたのは、なんとなく。敢えて言うのならば野生の勘だ。

 山でサバイバルをすることで自然の一部にダイレクトに組み込まれたことがそうさせたのかもしれない。

 なるべく手の内を明かすべきではない、弱く見せることもまた擬態。誘引の力を使い慣れているからだろうか、知らずの内にそんな事を考えていた自分に、自嘲する。

 能力バトルモノじゃないんだから。なんて思いながら、悠はもう一度、ため息を吐いた。


「俺の『食』の力も、食べ物を見つけたり毒を仕分けたりするだけじゃねーって事さ。食べれば食べるほど強くなる、食べた魔物の能力を奪う可能性がある。それが、『食』の本当の力だ。さっきのは『チャームツリー』から得た能力で、多分だけど『自分を美味しそうな食べ物に見せる力』だな」

「……すさまじいですね、それは」


 思えば、むしろ能力は話しておくべきだったろう。

 ディミトリアスに対してもそうだ。ザオ教に対しては異端として処断されることを恐れて隠していたというのもあるが、協力者である彼個人に対しては、隠しておくことは良くなかったように思えた。


「隠してたわけじゃないんだけどな、仲間には話しておくべきだったと思う、悪い」

「いえ。こうしてはなしてくれたのならばわたしもそれで。わたしじしんねてばかりで、もっとかいわをしておくべきだったというのもありますから。しかし──」


 アリシアから怒りを感じない──むしろ、微笑みを浮かべていることに気づき、悠は心中で胸をなでおろした。

 極圏探索の仲間となる以上、隠しごとのようなことはしたくない、という靄が晴れたのも気分を軽くした。

 だが、アリシアは言葉をしかし、と続ける。

 するとその表情からは微笑みが消え、悠は後ずさりをした。

 一体何を言うつもりなんだ。続く言葉を待っていると、アリシアは続きを紡ぐよりも先に悠の手を指さした。


「りょうてにもったかわいらしいせいぶつからたきのように血をながしつづけるというのは、えてきにひじょうにアレですので、なんとかしたほうがいいかと」

「……お、ああ……確かにそうだな……」


 アリシアに指摘されて自分の手を見ると──そこには、マスコットの様な生物がスプラッタな液体をスプラッシュし続ける、地獄のような光景を生み出していた。

 ほぼ無意識。ドン引きするような出で立ちでいるにもかかわらず意識を向けることさえなかった自分に、悲しくなる。


「はやくかえってごはんにしましょう」

「……うん、そうね。はい」


 水場の方へと歩いていくアリシアの背を追いながら、悠は思う。

 これは血抜き──獲った命を美味しく食べるために必要なことなのだと。

 此方の世界に慣れるのは良い。しかし地球の一般的な感覚は忘れないでおこう。悠は静かに、視野を広げることを誓うのだった。


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