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第三十六話:船に揺られて


 悠達がモイラスを発って一日が経過した。

 陸地が見えなくなって久しく、甲板に立って辺りを見回せば見渡す限りの周囲を海が取り囲んでいる。

 最初はその雄大さに感心した悠だが、よくよく考えればこの光景は地球に居てもそれほど変わらないものが見られる──と思うと、興味を失った。

 これから目的地に到着するまでは、ずっとこのままだ。さりとて、旅のテンションが冷めたかというとそうでもなく、ディミトリアスが用意した一等船室で、悠は鼻歌交じりでなにやら作業を行っていた。


「ごきげんだな、悠」

「そりゃな。冒険ってのは前々から憧れてたし──それが失われた種族の痕跡を追ったり、美味い飯を食べに行くためとなったらさ。それに──」


 悠が行っていた作業は、極圏探索の装備の点検だった。

 ドラゴンナイフを光に透かすと、竜の吐く炎が如き輝きが灯る。


「これを見てるとな。早く使いたい! っていうと危なく聞こえるかもしれないけど、やっぱワクワクするよな」


 その琥珀色の光を見ていると、悠は気持ちを抑えきれなくなってくる。

 地球で言うと、その美しさは鉱石のナイフに近い。生物という自然の集約が形作る斑の模様は、取り込んだ光を複雑に乱反射させ、得も言われぬ美しさを見せている。

 ただでさえ心躍る美しさに、サバイバルで必要な機能を詰め込んだ超実用度。硬質かつ軽いというのも良い。ドラゴンの素材で出来ているというネームバリューにも、勝るとも劣らない。


「どれ、じっくり見せてくれ。……やはり、見れば見るほど素晴らしいな」


 それは見るものが見ればひと目でわかる完成度だ。

 サバイバルに疎いカティアには悠が指定した背の鋸刃等、諸々の機構の意味はわからなかったが、刃物としてそれがどれほど完成されているかはよくわかった。


 この世界では、魔力で身体能力の後押しが出来る分、物理エネルギーは軽視されがちだ。

 丈夫でさえあれば軽いというのは単純なプラスとなりうる。 

 サバイバルのツールとしてではなく、武器としての利用も可能だろう。ただし、それを武器として使うのならば相手の想定は獣よりも人間になるが。

 カティアがナイフを返すと、悠はそれを大事そうに鞘へとしまう。


「白の砂漠まではどれくらいかかるって言ってたっけ?」


 そんな仕草を視界の端にいれていたのか、質問を投げかけたのはクララだった。

 柔らかい音をたてて本を綴じると、ゆっくりと振りかえる。


「順調に行けば明後日の朝には着く手はずになっていたはずだ。その様子を見ると、緊張はほぐれたかな?」

「うん。まだやっていけるか自信はないけど……ユウとカティアがいるなら大丈夫かなって思うことにしたんだ」

「そうか」


 クララとカティア。二人の穏やかなやり取りに、何故だか悠は感動していた。

 窓から差し込む光が、絵的だったからかもしれない。


 慣れていると忘れがちだが、銀髪と金髪の美少女二人だ。豪奢な調度品と家具が置かれた一等船室も十分非日常ではあるが、悠にとっては二人の存在こそが一番のファンタジーなのだと実感させられる。


「よし、備品整理終わり、っと。あとは待つだけか」


 そんな二人の傍らで、悠は荷物袋の口を締める。

 命を預ける備品の整理を終え、悠は大きく息を吐き出した。

 ちらり、と視線を向けるのは、刺繍の施された毛布に包まれて眠る少女──アリシアだ。

 一日を共に過ごしたとは言え、この少女については未だわからないことも多い。

 つい気になって見てしまうのも、仕方がないだろう。


「アリシアか」

「ん、ああ」


 眠るアリシアを観察する悠に気がついたカティアの声に、悠は視線を固定したまま答える。


「や、いきなりこんな旅に同行することになって大変だなーって思ってさ。実際の年齢はともかく、小さくは見えるし」

「可愛いよねえ。って、本人にいったら怒るかもしれないけど……」

「それは、そうだな。私としては少し親近感を感じるが」


 ぽつりと漏らしたつぶやきに乗っかるクララとカティア。

 三者三様の反応だが、アリシアに対して概ね悪いイメージを抱いていない事に、三人が同時に安堵した。


「……かわいいといわれるのは、すなおにうれしいです。ありがとう。でもわたしはまだせいちょうするよちがありますので」


 いつの間にかアリシアを囲むようにして悠達が談笑していると、アリシアは緩慢な、しかし乱れのない動作で上体を起こした。

 誰が見ても熟睡していたと思われるアリシアが、悠達の会話に反応をしたこと、寝起きにもかかわらず寸分たがわぬ返答をしたことで悠達は一斉に後ずさった。


「おお!? お、起きてたのか!」

「ねていましたよ」


 思わず反射的に問いかける悠。それに、アリシアは涼しい様子で答えた。


「わたしののうりょくです。わたしの力は『すいみんのしはい』。自分じしんもそのれいがいではありません、ねながらにしてまわりのことを見ききするくらいは、おひるねまえです。おきようと思えばねおきもばっちし」


 表情を変えずに、アリシアはVサインを作ってみせる。

 こっちの世界でもその指の形にはポジティブな意味があるらしい──と、悠はどこか他人事のように考えた。


「う、うう……なんか聞かれてたのは恥ずかしい……」

「成長の余地……? お前にはそれがまだあるというのか……!?」

「ねる子はそだちますので」


 と、悠の思考がトリップしている間になぜかダメージを受けている女性陣。

 クララは顔を真っ赤にし、カティアはその『可能性』に戦慄している。


「あー……じゃあ、夜の番を任せたりって出来るかな。寝ててもすぐに起きられて、周りの様子もわかるんだろ?」


 話が脱線したことを感じ始めた悠は、話題の修正を図る。

 悠の質問に、アリシアは首を傾げてから答えた。


「それは、はい。出来ます」

「おお……! すげえな、その力!」

「ですが」


 アリシアの答えに、興奮に上気する悠。

 だがアリシアは、そんな悠を遮ってそう付け加えた。

 見れば、眠たげな瞳には極僅かにだが訝しむような色が含まれている。


「出会ったばかりのわたしをしんようできますか。ねむるというのは、生き物のいちばんむぼうびな時間です」


 見方によっては怒りさえ感じる視線に、問う意味がわかるカティアは目を細めた。

 しかし、逆に悠は首をかしげる。


「だからこそさ。無防備なのにもかかわらず必要なくらい寝るのは重要ってことだろ。警戒したまま寝られるなんて、中々出来ることじゃない。信用も何も、そもそも最初から疑ってねーしさ」


 あまりにも当たり前、というふうに返すので、アリシアは──注意深く観察しなければわからないくらいに──少しだけ眼を見開いた。

 

「いや、それが疲れるとかってんならもちろん眠りの番は交代にするぞ?」

「……つかれは、しません」

「じゃあ任せても良いかな。流石に『極圏』じゃ何が起こるかわからんし、眠ってる間を見てくれる人がいるとマジ助かる!」


 疑う事を知らない悠の態度に、アリシアはため息を吐き出す。

 ──その態度は、アリシアにとっては新鮮なものだった。

 寝ている間にも周りのことがわかる力。彼女がそれで見たのは、薄暗い地下室と邪悪な研究、そして極めて事務的な研究員達の会話と、権謀術数。それだけだ。

 だからこそ彼女は見た目の割に、否、年齢と比較しても大人びた知識と喋り方を持っている。

 そんな彼女にとって、悠の反応は紛れもなく初めて見るものの一つだった。


「……くろうしませんか、この人といっしょにいると」

「あはは……私は、それに救われたから」

「同じく。まあ、そういう部分は私がサポートできればいいとは思っているけれど」


 出会ったばかりの小さな女の子に命を預ける。……その意味がわかっていないことに呆れたアリシアは、残りの二人に意見を求めた。

 が、返ってくるのは『むしろそれに救われた』という意見だけ。

 カティアが過剰なまでに様々な事を警戒しているのは、だからこそ、だった。彼女は彼女なりのやり方で悠の力になろうとしている。


「……そういうことなら、いいでしょう。すいみん中のけいかいは、わたしが引きうけます」

「おお! 助かる!」


 こういう人間もいるのか。

 アリシアは驚愕したが、そんな素振りを隠して睡眠中の番を引き受けると、この期に及んで問いかけの意味を理解していない悠に呆れつつ──また、無意識の内に口角をつり上げた。

 今度ははっきりと自分が悠のような人間を好ましく思う事を自覚しながら、アリシアは柔らかなベッドに体を預ける。


「では、わたしはまたねます。何かあったらこえをかけてください」

「わかった。おやすみアリシア」

「……」


 おやすみ。寝るのが当たり前だった自分にそんな言葉をかける者は、久しぶりだ。

 閉じた瞼の暗闇の中で、アリシアはその言葉を反芻する。


 不思議と、眠るのがいつもより心地よく感じた。


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