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第三十一話:スキル

「おお、う、よろしくお願いします……?」

 

 世界最大宗教の、大司教。

 その肩書きを持つ者が、満面の笑みで激しい握手を求めてくる。

 想像を超えた現実に、頭がパンクしそうになりながらも悠はなんとか返事を返す。


「いやいや、せっかく部下を下がらせたんだし、もう少しフランクにお願いするよ。そこを踏まえて、自己紹介のほう行ってみようか!」

 

 しかし、どうやら混乱状態精一杯の丁寧な返事は、ディミトリアスは気に召さなかったようだ。

 この世界にのことには疎い悠も、大司教と呼ばれる存在に対して、要求されたとはいえフランクな接し方をするというのが不敬にあたることだというのはわかる。

 できればこのまま、最低限の丁寧語で接したい。救いを求めるべく、悠はカティアへと視線を送る。


「諦めてくれ。私も最初は抵抗があったが……これを拒否すると、今度は権力を使ってくるぞ」

「わかってるじゃあないか! さ、遠慮はせずに自然体で来てくれ」


 が、駄目。

 光を失ったカティアの目には、代わりに諦観の念が湛えられていた。

 どうやら、腹を据えるしかないらしい。


「それじゃ普通にやらせてもらうけど、俺は上総悠。趣味は料理と、食べること。このあたりの人間じゃないんで、いろいろズレてることが多いけど、よろしくな」

「ああ、よろしく! 君の事はカティアから少し聞いていてね。名前だけは知っていてずっと会ってみたかったんだが……ようやくそれが叶ってうれしいよ!」


 簡単でぶっきらぼうな自己紹介を終えると、ディミトリアスは無邪気なまでの喜びを表する。

 とりあえずは、自分の対応が正解だったことを知れて心中で胸をなでおろす悠。

 

「ええと、じゃあ其方の女性は?」

「ひゃい……! わ、わたしはクララですっ! よ、よろしくお願いします!」


 だが、クララはまだこの世界についていけていないようだ。

 この国のことを悠よりもずっと詳しく知っているからこそ、この空気の「異世界感」はクララが抱えているもののほうがずっと大きい。

 フランクに、という部分はおろか、返事さえまともにできなかったクララを見て、ディミトリアスは苦笑いを浮かべる。


「うーん、まあ緊張しているのは仕方がないか。よろしくクララ、次はもう少し慣れてくれると嬉しいね」


 しかしそれ以上は追及することも要求することもなく、ディミトリアスは頷いた。

 握手を求めなかったのは、クララの心境を汲んでのことだろう。冷静になって、一歩引いた視線から状況を見る悠は、感心の息を漏らす。


 先ほどまで玉座に鎮座していた厳かな大司教の姿は見る影もなかったが、底抜けに陽気な青年はその端々に知性をにじませていた。

 ディミトリアス=ランドールという青年に対し、自分が興味を持ち始めていることに気がついた悠は、これが一種のカリスマなのだろうと思った。


「カティアは君たちもよく知っているから紹介は必要ないだろう。じゃあ自己紹介も終わったところで本題に戻ろうか」


 だが、ここからは気おされているばかりというわけにも行かない。

 大司教と呼ばれる彼が、わざわざ自分を呼びつけた。その動機が気まぐれであろうとも、そこにはしっかりとした意味がある。そう、悠は気を引き締める。


 果たして──ディミトリアスには、確かな目的があった。


「ユウ、この場に君を呼んだのは、ほかでもない。君の持つ力について、私が個人的に興味があったからだ」


 一部の者にしか知られぬ、悠のその本質。

 ディミトリアスの目的は、それだった。

 底抜けに陽気なディミトリアスの空気に飲まれていた悠だが、ディミトリアスが目的を告げると、その眼は狩人の様に鋭く細められた。


 最上位の秘密としているわけではないが、「食」の力は異質なため喧伝しないほうがいい。

 悠は、自分の力を漠然とそのように捉えていた。

 また、ザオ教という宗教も、その本質は知らない。魔物の力を自分のものとする、という存在が、異端とされ弾劾の対象にならないとも限らない。

 ディミトリアスと出会った時とはまた別の緊張、争いの気配に、僅かな敵意が漏れる。


「おいおい勘違いはしないでくれ。言ったろう、個人的な興味だと。恐らく君が考えているであろうことはないよ」


 悠の考えを感じ取ったのか、ディミトリアスは大仰な動作でそれを否定する。

 わざとらしいまでの、ホームドラマさえ思わせるような動きに、毒気を抜かれる悠。


「うん、わかってくれたのなら嬉しい。出来るなら僕の方から会いに行きたかったって言うのは本当でね。それくらい個人的な用事なんだよ。だから呼び立てるのは悪いと思ったんだが、そうでもないと一生機会なんて訪れないのでね」


 だが一瞬で悠の思惑を見抜き、敵意を感じとり、敵意を削いだ手腕は本物だ。

 念を押しているあたり個人的な用というのも嘘ではないらしい。

 ディミトリアスの言葉に警戒を薄める悠。

 争いの気配が去り、ディミトリアスは頷いた。

 

「では話を進めよう。ユウ、そしてクララ。君たちは『スキル』という概念を知っているかな?」


 そしてようやく再開するディミトリアスの話。

 ──スキル。地球では聞いた、しかしこの世界にはそぐわない言葉に悠は驚き、そしてクララと顔を見合わせた。

 クララの顔を見れば、その言葉はクララでさえ聞いたことが無いもののようだ。

 

「いえ、知らないです……」

「俺もだ。そのスキル、ってのは?」

「知らないのも無理はない。スキルという呼称も便宜上のものでね。まだ正式な名前はないんだ」


 悠とクララの反応に、ディミトリアスは満足げに頷いた。


「説明をさせてもらいたいのだが、名前も決まっていないくらいだ、僕達も詳しいことはわかっていなくてね。ただそうだな、技能や能力、という意味を持つ言葉である以上はこれもそういった類のものになる」


 ディミトリアスが語るスキルという存在は、ひとまずは名前の通りのものであるらしい。

 謎が多いという点を中心に、話は回っていく。


「例えるのならば、魔物達が持つ力に似ている。魔法では再現できない不可思議な力、それがスキルだ。しかしこれを持つ者は少ない。ある日突然目覚める者もいれば、生まれつき持つ者もいる。スキルに目覚める者はあまりにもバラバラで、発現の条件はよくわかっていないんだ。ただ、その個人の生き方がスキルの発現に関係しているというのは間違いが無いと言われている。例えば、剣豪が剣に関連する能力を得たり、なんてね。……とにかく、不思議な力ってことさ」


 ディミトリアスが語るスキルの説明を聞けば、悠も何を言いたいのかわかった。

 

「俺の力も、そうだっていうのか」

「恐らくはね。食べられるモノを察知し、毒の有無を見極める。素晴らしい力だと思う。この力さえあれば、ほとんどの場所で餓死する心配はなくなるだろう。それこそ──極圏でさえも」


 自分の持つ『食』の力。

 それがディミトリアスの言う『スキル』という存在なのだと。

 同時に、そこまで教えられて、悠は思わずカティアを見た。

 申し訳なさそうに眉を潜めているが、疑問を込めた視線に彼女は首肯する。


 どうやら、カティアが喋った悠の力は『食物の察知、可食性の確認』だけのようだ。

 最も重要な力の吸収、増幅の点については伏せられているらしい。

 心中で感謝を述べて、悠はディミトリアスに視線を戻す。


「しかしスキルの所持者はまあ、極稀な存在ではあるが居ないことはない。だが実用性があるスキルの所持者はまだ多くは発見されて無くてね。ユウ、君ほどの能力を持つ者はそう居ないだろう」

「あ、ああ……ありがとう、でいいのか?」

「ああ。誇って良いことだよこれは!」


 胡散臭さはあるものの、自慢の能力を誉められれば悪い気はしない。

 しかし気が緩むのは良くない。カティアの視線に気づくと悠は口角を真っ直ぐに直した。


「私は君の能力に強い興味を持っているといったね。だからこそ、僕は君のスキルをもっと知りたい。その行き着く先を」


 反対に、ディミトリアスは見てわかるほどの興奮に口角を吊り上げて、悠の瞳を見据える。


「そこでだ、一つ提案がある。君は極圏に興味があるのだろう? 僕はそのサポートをしたい。極圏に行く際の渡航の手続きや、金銭をザオ教として正式に全面的なサポートをしよう。代わりに一人、カティアのほかに、君たちの旅に同行させたい少女がいる」


 そうしてディミトリアスが告げたのは、その様な取引であった。

 金銭や手続きのサポート。何よりも正式にカティアと旅に出られる許可。それは非常に魅力的な提案だといえる。


「なんで、そこまでするんだ? 言ったらなんだけど、俺みたいな得体の知れないヤツにさ」


 だがだからこそ、その提案は悠にとって不気味でもあった。

 当然、その不自然でさえある様子は、ディミトリアス本人も気づいていたのだろう。

 巡るように部屋を歩くと、ディミトリアスは玉座に腰掛けた。


「得体が知れないからこそ、さ。未知の力、スキル。それは人の持つ可能性そのものだ。生まれつきのものはともかく、その在り方に其の者の生き方が関わっているのは確実だろう? 言い換えれば、努力の結晶と言っても良い。努力に寄って導かれる人の力、可能性。それはとても素晴らしいことだと思う」


 どこか遠い所を見つめるように、ディミトリアスは天井へと視線を動かす。

 その眼には何が映っているのかはわからない。しかし──


「もちろん、スキルは様々だ。一見して役に立たなさそうなモノから、人を傷つけかねないモノもある。だがユウ、君のその力は、より良い未来へと向かう意思そのものだ。あらゆる生物にとって切り離せない『食』を見極める能力、障害となる『毒』を感知する能力。それは、そのまま試行錯誤を繰り返して食という文化を築いた人間の歴史そのものだと思わないか?」


 その眼には、段々と紅く燃えるような熱が蓄えられていくのがわかった。

 赫々する鉄の様に、力強く眼が輝いていく。


「未知! 未来! それは人が人である以上は切っても切り離せないモノだ! より良くあろうとしてきたからこそ、人はこうして栄え、文化を形成するにいたった。だからこそ、僕らはそういったモノに惹かれる、ロマンを感じずにはいられない!」


 それは、少年の瞳だ。

 ディミトリアスの眼は未知の食材を見つけた時、それらが未知の味覚をもたらした時の、悠とよく似た輝きを放っていた。


「熱くなってしまったが、何を言いたいかというとだね……こんな立場だから大きくは言えないが、私も男の子だってことさ。未知の土地、未知の冒険! 結構じゃないか! 私には人々をより良い方向へ導くという目的がある、だからこういう職に、地位に就いている。それに不満はない、けれどね」


 言葉を一旦打ち切ると、ディミトリアスは悠にその熱い瞳を向ける。

 そうなれば、もう言葉は要らなかった。

 ロマンに燃える少年二人、そこに難しい理屈は必要ないだろう。


「未知の探求に燃える気持ちは持っているつもりだ。近くにそんな存在がいるなら憧れるし、手伝いという形でも関わってみたいだろう?」


 大司教。そんな肩書を持つ熱い青年がニヤリと笑ってそう締めると、悠もまた笑わずにはいられなかった。

 ディミトリアスは立ち上がり、悠へと歩み寄る。

 そして──固い握手を握り交わす。今度は、悠もその手を強く握りしめた、本当の握手を。


「ああ……! わかるぜその気持ち!」

「わかってくれて嬉しいよ! と、ここからは細かい話になるのだけれどね。ザオ教のディミトリアスとしては、君たちの極圏探索のサポートは、調査の依頼という形で行おうとしている」


 ここに、男二人の熱い協力関係が結ばれたのだ。

 さて、こうなると置いていかれたのは女子二人である。


「え、ええー……こんな感じで大丈夫なの……?」

「う、む? どうだろう……職権濫用なのは確かだろうが……」


 何やらトントン拍子に話が進んでしまっているが、それはバカ二人が独自の世界で行った交信によるモノだ。

 男のロマン、この世界の一般的な女性がそれを理解するのには、まだもう少し時間がかかる。

 やいのやいのと話し合う悠達はまるで十年来の付き合いがあるように見えて──


「そんな簡単な話でも無いと思うのだがな……」


 カティアの苦言は、誰にも届かず聞き流されるのであった。

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