第三十話:ディミトリアス
「先程は、申し訳ございませんでした……っ!」
カティアと共に神殿の入り口へと戻ると、悠達を待っていたのは門番二人の深々とした謝罪だった。
片膝をついて頭を下げる、最も自分を低く見せる最上位の謝意は、悠にとっては此方が申し訳なくなるほどのものだ。
「い、いや! 気にしてないんで気にしないでください!」
本当は少しは気にしていたのだが。
こうまでされるとついそう言ってしまうのは日本人の性か。謝罪の目的がこれである以上は、どこに行っても変わらないのかもしれないが。
「まったく、君らは少し頭が硬すぎるぞ。私を訪ねてくる者など少ないのだし、それでなくともいずれ客人が訪ねてくるかもしれないとは伝えておいたろう。取り次ぐぐらいはしても良かったと思うが」
だが反面、カティアは言葉の端々に僅かな怒りを滲ませながら滾々と説いている。こういう所を見ると、やはり悠は本質的には気弱なのかもしれない。
「ま、まあまあ……ホラ、その大司教様? も俺を呼んでるんだろ? ならさっさと向かったほうが良くないか?」
「む……それもそうか。君らももう少し柔軟な対応を心がけるように。直接会わせたりはともかく、話を取り次ぐぐらいは禁止されていないだろう」
「は、はい!」
最後に一つ小言を漏らして、カティアは悠達の一歩前を歩き始める。
「あの二人は仕事熱心なのだが、どうも融通が利かなくてね。業務内容に無いようなことは絶対にしようとしないんだ。禁止されていないことくらい、気を利かせても良いと思うのだが」
小さくため息を吐きながら頭に手をやるカティア。そんな所を見ると、こういうトラブルは一度や二度ではないのかもしれない。
カティアに連れられこの先──あるいは一生?──入る機会がないかもしれない神殿内部を見回しながら歩く悠は、よそ見を続けながら返す。
「こういうところだし、ある程度は仕方ないと思うけどな。忙しいだろうしさ」
「忙しいのは否定しないが、騎士である前に私達も人間だからな。一つのことに思考を縛られるのは良くないと私は思う。その分仕事熱心ではあるのだがね」
恐らくは部下に当たる先程の門番達をそう評するカティアの口ぶりは、まさに上司のものだった。
相応に偉いとされる立場にいるのだろう、と感じ取る悠とクララにとっては、門番達の態度もわからないものではなかった。
「でも、カティアって偉かったんだね。私、今まで失礼なこととかしてない……?」
ザオ教の中でもそれなりに地位の高い本部勤め。そんな彼らが敬うカティアとは一体どれほどの──という考えが浮かび始める。
実際、カティアは相応の地位に立っていると言えた。
生まれもよく、このザオ教の中でも剣の腕で実績を立てている。
「確かに役職で言えばそれなりのものではあるが……失礼なことなどあるものか。私は君たちとは対等な友人同士だと思っている。だから強いることは出来ないが、今までどおりに接してくれると嬉しい」
しかし、そんなものは彼女にとっては些細なことだ。
隠していたわけではないが、必要以上に丁寧に接されるのは、辛かった。
「マジ? いやー、焦ったよ。そういってくれるとありがたいわ」
「……ありがたいのは、此方もだよ」
「じゃあ、今までどおりだね! 改めてよろしく、カティア!」
その点で、悠やクララの反応はカティアにとって救いだったといえる。
変にへりくだることもなく、遠慮することもない友人同士。
規則や規律を重んじる場所で生活してきたカティアには、それが新鮮だった。
「さて、着いたぞ。ここが大司教の御座す所だ。わかっているとは思うが、此方では一応礼節を正すように」
「わかってるって。自慢じゃねえけど、結構小心者なんだぜ、俺」
「あはは、本当に自慢じゃないね……」
軽く冗談を言い合うのは、謁見の間の前。
扉からして既に豪奢な部屋の前での冗談は、悠とクララの緊張をほぐした。
二人の心持ちが整ったことを確認すると、カティアは扉に備え付けられたノッカーを鳴らす。
「失礼致します、カティア=フィロワです。例の者達を連れてまいりましたが、如何なさいますか」
本来であれば、事前の報告無しに謁見の間を訪れることはありえない。
だがそれを出来るというのは、カティアの地位の高さを暗に物語っていた。悠とクララはそれに気がつくことがなかった。
「入りたまえ」
カティアの声に返されたのは、低く静かに響く落ち着いた声だった。
声に導かれるままきらびやかで重いドアを押し開くカティア。
そこに広がっていたのは、悠にとっては文字通りに異世界の風景だった。
天井や壁に施された金細工、煌めくようなシャンデリアの光。そして──正面、二人の従者に挟まれた、優しげな風貌の青年。
傍らの二人を立たせ、中央に座すという構図はそのまま彼らの地位を示している。
ならば、中央の彼が──
「ユウ」
跪いたカティアが、小さく悠の名を呼ぶ。
見ればクララも同じ様に跪いており、悠は慌てて二人に倣った。
「よく参られた客人殿。どうか楽にしてほしい」
悠が跪いたのを確認すると、座る青年は穏やかな頷きを返して、そう告げる。
立っていいと言われたことを理解すると、悠達はせわしなく見えないようゆっくりと立ち上がる。
「私の名はディミトリアス=ランドール。まずは騎士カティアを助け、ドラゴン討伐の手助けとなってくれたことを感謝したい」
ディミトリアスと名乗った青年は、平坦でありながら温かみのある声で礼を述べた。
「あ、いや……此方こそカティア……様、には助けていただき、ありがとうございました」
大司教。それがどれだけ偉いのかは悠にはわからなかったが、山が高くとも見ただけですぐには標高がわからないのと同じように、漠然と目の前の人物が偉大であることだけを理解しつつ悠は頭を下げた。
実際、彼──ディミトリアスはこの国、いや世界でも上から数えたほうが圧倒的に速い地位の持ち主だ。あわてながらも公的な場ということでカティアに様とつけたのは、見事だったといえるだろう。
「この度は急な呼び立てになってしまってすまなかった。個人的な用になってしまったのだが、どうしても君に会いたかったんだ」
おそらくはそんな悠の心境を見抜いたのだろう。微笑ましげに鼻を鳴らすと、ディミトリアスは二人の側近を交互に見やる。
「ここからは個人的な話になる。少し外してくれないか」
「……はっ」
問いかけるようでいて、その声には有無を言わさぬ命令が含まれていた。
わずかな逡巡を見せながらも、側近の二人は肯定を返す。
自分の存在を顧みる悠は、気の毒やら悲しいやら、不思議な気分だった。
「騎士カティア、後は頼む」
「ああ、任せておけ」
その存在こそが最低限の譲歩なのだと言外に語りつつ、側近達は豪奢なドアを開いて部屋を出て行った。
足音が遠ざかっていく中、悠は思う。
「(それにしても──なんかこう、オーラが違うってこういうことなのかね。大体、大司教って割には若すぎるような……)」
相当なやり手だったんだろうな──と、いうところまで考えが至るころに悠が思い浮かべたのは『ラスボス』だった。
大体からして、ファンタジー世界の司教だの大司教だのというのは、悪役と相場が決まっているのだ。現実とは反対に。
しかし──
「……はあ! やっと行ったか。まったく困っちゃうよなあ、僕が個人的に会ってみたかったから呼んだ、って言ってるのにアレなんだからさ」
静寂を打ち破る若い男性の声に、そんな考えも吹っ飛んだ。
「へ?」
「えっ」
思わずそんな素っ頓狂な声を上げたのは、悠とクララだった。
この場に男性は二人。だがこの場で悠がそんなことを言うはずも言える筈もなく。
となれば、そんな事を言いうるのはこの場で一人。視線を集めるその青年が悠とクララの視線に気がつくと──青年、大司教ディミトリアス=ランドールは舌を出して笑い、カティアは頭を押さえてため息を吐き出した。
「いやー、悪いねユウくん! ホントは僕のほうから会いに行きたかったんだが、彼らが許してくれなくてね」
極めて快活に笑いながら、ディミトリアスは悠へと近づき、手をとった。
千切れんばかりに腕を振るう様はまさしく陽気の一言。
「改めて、よろしく! 僕の名前はディミトリアス=ランドールだ。まあ、こんなナリでもザオ教の大司教を努めさせてもらってる」
年相応ではあるが、地位にはふさわしくないまでのフレンドリーさで、ディミトリアスは改めて名を名乗る。
……なんだか、先ほどとはまた違う由来の頭痛が襲ってくるような気がした、悠だった。




