第二十八話2:ポテチ 後編
「おおー、こんなふうになるんだ。確かにこれは見たこと無いかも」
悠に促されたクララは、早速ポテトチップスを手にとった。まじまじと見つめるそのさまには関心が見て取れる。
が、いままで悠の料理を見てきたクララにとってそれは些か衝撃に欠けるものだった。
なにせ、芋をただ揚げただけだ。予想もつかないような悠の料理を見て、食べてきた彼女にとって、揚げた芋という存在はあまりにも馴染みが深すぎた。
だが──見るものが見れば、判る。
たった二三工程を足しただけの揚げた芋が、『たったのそれだけ』でフライドポテトからどれほどの変化を遂げたのかを。
クララ、店主、そして悠。三人が全く違う意識で、同時にポテトチップスを口に運ぶ。
すると──魅惑的な食感が、快音を伴って弾けとんだ。
「……!」
「わあ……! 何これ! すごい食感……っ!」
パリッ、そしてサクッ。上質な焼き菓子に歯を立てたような食感が、ポテトチップスを噛む度に訪れる。
この世界でこの食感を味わおうと思えば、菓子職人の努力が必要となる。それほど上等な食感が、次々と押し寄せる。
そして、心地よい快音の後にはほんのりと香るような芋の甘味がやってくる。それを適度に振られた塩が引き締め、油の濃厚さが幸福を伝えてくる。
塩と油。人間は、この組み合わせに幸福を感じずにはいられないように出来ている。
科学でぶん殴るようなメランコリックな魅力。それがポテトチップスだ。
「こ、これは凄い。少し手を与えただけだというのに、全く新しい料理だ……!」
「あんなに簡単だったのに、初めて食べるよっ!」
ある種の『最適解』の衝撃は、この世界の人々には凄まじいものだったようだ。
予想以上の反応に、悠は若干たじろぐ。
「はは……喜んでもらって何よりだよ」
「いや、本当に驚いた! これほどポピュラーな素材と塩だけでこんなにも斬新な料理を生み出すとは……! 君は天才だ!」
店主の賛辞は人の手柄を横取りするような気持ちを思い起こさせたが、手放しで褒められるのはやはり悪くない感覚だ。
「んんー! 重ねて食べるとまたちょっと違った味わいがあるね! でもちょっと罪悪感が……」
その隣で、クララは早くもポテチの流儀にたどり着きつつあった。
やはり異世界の人でも重ね食べには妙な罪悪感を覚えるのだろうか。悠は苦笑する。
ふと気がつくと、屋台の周りにはまばらに人が集まってきていた。
クララと店主の反応を見て、気になった人々が近づいてきているのだ。
「ともかく、これがポテチっす。多分もう、店主さんも作れますよね?」
「あ、ああ……そのはずだ。しかし、何故? これは確実に売れるぞ。どうして初対面の私にここまで?」
このままでは人混みに捕まるかもしれない。そうなってしまうと、カティアを訪ねるのが遅くなってしまう。
ポテチを作るマシーンにされる前に退散しなければ、と足早にさろうとする悠は、しかし店主の言葉に脚を止めた。
「本当に、芋煮が美味かった。それだけなんです」
困ったように笑ってから、悠は続ける。
「ポテチってこれでも俺の国じゃ新しいなんてこともない、かなりポピュラーな菓子なんすよ。人気があったから爆発的に広まって──でも、簡単すぎて扱いはあんまり良くないんです」
周りは徐々に喧騒を増してきている。
そんな中でも、店主と目が合うと、不思議と世界が静かになる気がした。
「それでも、愛され続けてるんすよね、ポテチって。ありふれても、時々馬鹿にされても、ずっと売れてて、食べられてるんすよ」
悠が思うのは、先程の芋煮だ。
この市場には新しいものが溢れている。悠にとっては新鮮も新鮮な気分だ。
それでも──
「だから、良いものって多分残っていくと思うんですよね。オジサンの芋煮は、間違いなく良い料理でした。なんて言ったら良いか……それが、後に残る手伝いをしたかったんですかね」
今日悠が食べた中で一番『美味かった』のは、この芋煮だったから。
この世界からすれば異世界人である悠が、クララと一緒に懐かしさを感じられる様な料理。それが認められないのが、悲しかったからなのかもしれない。
「んじゃ、俺達そろそろ行きます! またしばらくしたら来ると思うんで、もし繁盛してたら芋煮奢ってください!」
「……! ああ! 待ってるからね!」
店主の男に発破をかけて、悠はクララと共に市場を後にした。
不思議な衣服に身を包んだ少年が消えた後、店主の男はポテトチップスを見つめるようにうつむいてから、勢いよく顔をあげる。
「よし……! 私もこうしてはいられないな!」
教わった料理を再現し始めると、辺りには徐々に人だかりが出来始める。
ポテチが揚がる頃には、先程のクララの様に鍋を覗き込まんばかりの人もいた。
「さあさあ、全く新しい料理──ポテトチップスの出来上がりだよ! 是非食べてみておくんなさい! 芋煮も美味いよ!」
声を張り上げる店主の顔には、先程までにはなかった活力が満ちていた。
──あるいは、そんな風に沈んだ顔も、芋煮が売れない理由だったのだろうか。
「そのポテトチップスってのを一つくれ! ……ついでに、芋煮も貰おうか」
生まれ変わった気分の店主にとっての、お客様第一号。
その幸先は、良いようだった。




