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第二十八話:ポテチ 前編

「ねえねえ悠、ぽてとちっぷす、ってどういう料理なの? ポテトは、芋だよね?」


 芋煮の屋台を少し離れ、市場を歩く二人。

 ポテトチップスを作るには、大量の油が必要になるためだ。

 市場を廻りながら、よい油はないかとくまなく視線を這わせる悠に、クララが聞いたのはこれ以上無くシンプルな質問だった。


「んー? 料理、っていうと俺の故郷じゃ首を傾げるような人もいるだろうなあ。そんな感じの、すっげえ簡単な料理だよ。ポテトを使うのは間違いないぞ、っと。これでいいかなあ」


 対して悠が返したのは、その本質的に触れているかというと微妙な、何気なしの日常会話の域を出ないものだ。

 望んでいたものとは違う答えにクララはぷうと頬をふくらませる。悠が敢えて『ポテトチップス』の全容を話さなかったことに気がついたからだ。


「ま、あとのお楽しみってな。簡単すぎて拍子抜けするかもしれないけどさ」


 そんなクララの頬にも気づかないでもないが、悠はあっけらかんと油を物色する。

 選んだのは種から採ったというオーソドックスな油だ。

 匂いはクセも無く、これなら芋もよい具合に揚がるだろう。


「気になってるみたいだし、あっちに戻るか!」

「はーい!」


 市場で買った二三の商品を手に、悠達は芋煮の屋台へと戻った。

 戻ってきてもやはり客は居ない。


「ああ、戻ってきたのかい。君も律儀だねえ」

「ええまあ。それじゃ、ちょっと調理器具借りてもいいですか?」

「使ってくれ。どうせこのままじゃ今日はもう使わないだろうからね」


 店主はどこか疲れを感じさせるなだらかな肩で、笑いかける。

 自嘲的な態度と言葉を見ていると、近く店を畳む予定だったというのは本当なのだと、再認識させられる。


「でも、なんだって見ず知らずの私のために此処までするのかね。それこそ、売れるかもしれないというのなら自分で店を開くことも難しくはないと思うが」


 手を洗い、芋をスライスし始めた悠の姿を見上げるように、店主は問いかける。

 クララや男性の反応を見る限り、ポテトチップスはこの世界においてまだ先進的な料理なのだろう、と悠は思う。

 それならば、ポテトチップスがこの世界に流行を巻き起こす可能性は十二分にあるだろう。


 だが、悠にはそういった商売っ気はなかった。

 大金を見れば、目を輝かせるだろう。成功したい、認められたいというごく当たり前の欲求だって、あるにはある。

 それでも──


「オジサンの芋煮、無くなっちゃうのは惜しいなって思ったからッスかね。それにアレな話ですけど、こっちにはまだ来たばかりで。もう少し遊んでたいんですよ」


 悠こそ、自分の不器用さを笑うように。ごまかすような理屈を並べて、歯を見せて笑った。


「そうかあ……」


 つられるように微笑んだ男性の笑顔の意味は、悠にはわからなかった。

 当の本人も、どうして笑ったのかはよくわかっていない。強いていうのなら、悠が眩しかった。それだけはわかっていた。


 こうしている間にも悠はてきぱきと準備をすすめる。

 薄切りにした芋を冷水にさらし、油を温めるなどすると、準備は出来上がる。


「よし、じゃあこっからだな」


 確認するように呟くと、鍋を覗き込むようにクララが近寄り、店主が腰を上げた。

 鍋に綺麗に薄切りにされた芋が投入されると、雨のような音を立てて泡が弾け始める。


「えと……これでいい、の?」

「そう。簡単だろ?」


 そのあまりにもシンプルな工程に疑問の声をあげたのはクララだ。

 芋を揚げただけ。それだけの料理ならば此方の世界にも『フライドポテト』は存在するのだ。

 変わったところと言えば、あげるまでの工程が少し違うだけだ。薄切りで、水にさらして、その後で水気をきっただけ。

 口には出さなかったものの、その眼には僅かな失望──というと大げさだが──が交じる。


 しかしこの世界にはまだ『それだけ』の工程を加える芋の揚げ料理が存在していないのだ。

 その結果がどうなるか──店主だけが、それを厳粛な眼差しで見守っている。


 悠はというと、慣れ親しんだ菓子を自分で作っているだけだ。簡単な調理方法ということもあり、鼻歌交じりで作業を進めていく。


 程よく芋が揚がってくると悠は火の勢いを強め、油の温度を上げた。火吹き竹のような器具を使ったのだが、初めての経験はなんとなく楽しく感じる。


「よし、こんなもんだろ」


 強められた火勢によって芋はからりと揚がったようだ。

 すぐさま芋を取り出し、紙を並べた上において油を切る。

 肘を立て、手首を曲げて、摘んだ塩を指でこするようにしながら、腕の裏側に当てて落としていく。一時期こんな塩の振り方が話題になったなあと、肉を焼く男性を思い浮かべた悠は実に均等に塩を振りまいた。


「油が切れれば……完成! ささ、二人共食べてみてくれ」


 これで、ポテトチップスは完成だ。

 特別な調味料もなく、特別な工程もなく、ものの数分で出来上がったのはこの世界ではまったく新しい『料理』であった。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] ポテチは最強の酒盗ですのでエールやワインと出そう この世界に焼酎があれば、ジュースで割ると女性にも 人気が出そうだな!芋煮と串揚げもいいかな? やはり酒盗だが?串カツをパンに挟んでカツサンド…
[気になる点] え?なんで芋煮をしてる屋台に油あるの?笑 てか、油って高くないのか。この世界。そういえば、以前食べてた揚げ物の油って、どこから手に入れてるのだろう。
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