第二十六話:加工屋
「こ、ここでいいんかな?」
「えと、もらった地図には、そう描いてあるけど……」
火柱の発火事件から数分後。
悠とクララはとあるドアの前で声を潜めて会話していた。
声を潜める理由の一つは、おそらく火柱の元に駆けつけているであろう騎士達から隠れるためだが、それだけではない。
目の前にしているドアが、予想よりも数段ボロかったからだ。
腕利きの加工屋ということで紹介されてきたものの、そこにあったのは今にも外れそうな木作りのドア。
絢爛豪華を期待していたわけではないが、これではあまりにも──というのが、二人を困惑させている理由だった。
想像よりはるかにボロい! というのは、このドアの奥にいるのが加工屋だろうとそうじゃなかろうと、持ち主には聞かれるわけにはいかないことだろう。
「あ、開けても平気かな?」
「ノックしても反応がないしなあ……ん、よく見れば表札が付いてた跡があるし、たぶんここだろ……」
しかし、ここでこうしていても話は進まない。
意を決して、悠はドアノブに手をかける。
締め付けるような不快な音とともに、ドアが開いていく。
すると──
「お、おおお……!」
そこには、男子の夢が広がっていた。
「す、すっげー!」
明らかに骨を削りだして作ったと思われる大剣、赤く光る金属の刃──朽ちかけたドアの向こうに広がっていた空間は、紛れもないファンタジーであった。
俺は一日中でもここにいられるかもしれない。急速に悠の瞳に輝きが宿っていく。
「なんだァ騒々しい。……客か?」
先ほどまでの訝しげな会話など忘れて、大声ではしゃいでいたものだから、店の奥にいた者も気づいたのだろう。
面倒くさそうに頭を掻きながら、中年の男性が現れる。
「あ、ハ、ハイ! 換金所の人からの紹介で来ました!」
「ちっ、またヘンリーの奴の紹介か」
男性の応対は、お世辞にも丁寧とは言うことができない、無骨なものだった。
だが、それさえも悠のテンションをあげる一因にしかならない。
理由は、男性の姿にある。
低めの身長、しかし筋肉がギッシリと搭載された骨格。そこに、豪快なヒゲときたものだ。一言で言うのならドワーフの鍛冶屋である。無論、そこまで極端に身長が低いわけではなく、男性は普通の人間だが。
そんな風貌の男性が無骨な言葉遣いでやってくるものなのだから、見るからに鍛冶屋という雰囲気が生み出されていた。
「……だがまあ、アイツに言われてくるってこたそれなりのモンを持ってるんだろ? どれ、見せてみな」
「うっす! これっす!」
加えて言うと、ぶっきらぼうではありながらも仕事には誠実そうだというのもあっただろうか。
こんな奥まったところにあるボロ屋も、今の悠にとっては隠された秘密の鍛冶屋だ。先ほどの心配はどこへやら、すっかりと男性を信頼しきっている。
しかし──悠がここへ来る理由となったドラゴンの爪を差し出すと、男の目の色が変わる。
「……っこれは、ドラゴンの爪か!」
気だるそうにしていながらも鋭かった瞳は見開かれ、打ち上げた鉄のような輝きを宿す。
男の反応を見て、いまさらながらにドラゴンの爪というものがどのような存在なのか、悠はどことなく感じる事となった。
「お前さん、こいつはどこで……?」
「えっと、山に来てたはぐれドラゴンを狩って……あ、聖堂騎士の人もいたんですけど、それで状態がいいヤツをとってきたんです」
剣呑な雰囲気さえ漂わせながら眼光を強める男に、困惑しながら話す。
クララと顔を見合わせ「言ってよかったのかな?」「でも嘘はつきたくないし」などと話し込む悠達を見ながら、加工屋の男は思う。
「(こんなガキどもが、聖堂騎士の力を借りてとはいえドラゴンを? ……にわかには信じられん)」
それもそのはず、外見的には屈強ともいえない──悠は発育状態がいいためかこの世界においては長身気味であるが──普通程度の体格の少年少女である。どこか気の抜けた雰囲気といい、それほどまでの実力者とは思えない。
しかし。
「(それでも、嘘を言っているとも思えん。とぼけちゃあいるが、こいつらには何かがある)」
加工屋の男は、悠たちに言いようのない存在感を感じていた。
その視点は、魔物の素材から完成系を掘り出す目利きとでも言うべきか、加工屋ならではの審美眼であった。
それに、なによりもだ。
「まあ、いい。ドラゴンの爪なんてえ大物を扱うのは久しぶりだ。……おい小僧、気に入ったぞ。十日待ちな、飛び切りのナイフを作ってやるぜ」
ドラゴンの爪。全加工屋が垂涎する素材を前に、滾らぬはずがない。
加工屋の言葉に、振り向く悠。その言葉の、不適な笑みの『らしさ』に、瞳が輝く。
「あ、ありがとうございまっす!」
「見積もりはこんなもんだ。払えねえなら分割でもいいが──」
「これなら大丈夫っす。ひとつは、ドラゴンの爪を売ってきてるんで」
「ふん、もったいないことをする、が……俺のナイフが一本ありゃ十分だな。よし、十日後にまた来な。度肝抜いてやる」
興味のある素材を提供されたからか、口調こそぶっきらぼうなものの、加工屋の態度は知らぬ間にやわらかくなっている。
悠を気に入った、というのも本当なのだろう。はしゃぐ悠を見てニヒルに笑う加工屋。なんだか楽しそうだなあ、とクララは思う。
「あ、そうだ、もし可能なら付けてもらいたい機能があるんですけど……」
「なに? お前さん、なかなか面白いことを考えるな」
「……それにしても……男のコだなあ。ちょっぴり、羨ましいかも」
出会ったばかりの男性と、年齢の差を越えて楽しそうに話す悠を見ると、羨ましくなる。
『男のロマン』を理解できずに苦笑するクララは、なんだか少し寂しそうなのであった。




