表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/101

第二十三話:終わりと始まり

 真上から降り注ぐ日光が山の木々の中を温める、じっとりとした蒸し暑さのある日だった。標高の高さからかたまに吹く風は頬を引っ掻くように冷たく、暑いような寒いような、気持ちの悪い気候を生み出している。

 そんな気味の悪い空気の中を、悠達は歩いていた。


「はあ……はあ……」


 その中には、しっかりと自分の足で歩くクララの姿もある。

 ドラゴンの肉というマナに溢れた食材を摂取した結果、治療が進んだためだ。

 歩けるようになったとは言っても、クララの脚はまだまだ完治したとは言いづらい状態だ。しばらく動けない状態だったこともあり、体力の消耗は激しい。


「大丈夫か? 肩なら貸すから、遠慮しないでいいんだぞ」


 息を切らすクララをみとめた悠が思わず声をかけるが、クララは首を横に振る。


「うん、大丈、夫。自分の足で、歩きたいんだ」


 疲労を隠すほどの余力は無くとも、クララは笑みを浮かべて答える。

 悠やカティアのおかげで、クララの脚が治るスピードは予定よりもずっと早かった。本来ならば脚を骨折した時点で彼女の運命は決まっていたようなもので、仮にここまでなんとか食いつないでいたとしても脚は治っていなかっただろうし、ディアルクやドラゴンなどの存在があった時点でこうして生きていることもなかったろう。

 だが現実にはそうはならず、こうして自分の足で山道を歩けるまでになっている。そんな状況だからこそ、クララは自分の足で歩かなければバチがあたるとさえ思っていた。


「そっか、でも無理はするなよ。自分で歩きたいっていうなら休憩でもなんでもとるから、早めに言ってくれ」

「それはお願い、する、かも。ありがと!」


 クララの思いがどんなものか、悠は詳しくは知らなかったが、なんとなくわかっていた。彼女の思いを尊重した案を提示して、再び歩きだす。

 暑くて冷たくて、行道は険しい。悠やカティアにはなんてことないが、病み上がりのクララに取っては辛い道のりだ。

 だが、だからだろうか──クララの頑張りに答えるように、ふと視界が開ける。


「む、あれは! ユウ! クララ! 見ろっ」


 僅かに前を行っていたカティアが声を張り上げ、急かすように先を指差す。

 息も絶え絶えなクララに合わせながら、悠がカティアへと並び立つと、指差す先に広がっていた光景には──


「村……わたしの、村だぁ……っ」

「おお……! 村、か……!」


 森に草原、そして、悠達が立つ山の麓に村が見える。

 滲むクララの声にはもう二度と帰れないとさえ思っていた場所が直ぐ側にある感動がこめられていた。

 悠もそうだ。もしかしたらこの世界には人が居ないんじゃないか。クララ達と出会う前にはそれさえ覚悟したが、人が住む地を実際に見ると安堵のような、懐古のような──不思議な感情が溢れ出してくる。


「あと少し、だな」

「うん……っ」

「無事人里に帰れると思うと、やはりほっとする」


 細かな気持ちは三人それぞれだったが、共通するのはやはり『これで助かった』という安心だ。

 ただ一人、自分のみ『帰る』のではないと思うと悠の心には一抹の影が差したが、それでも無事安全を確保できるとなれば瑣末な問題の様に感じた。


「ようやく、終わるんだなあ。生きるか死ぬかのサバイバルもしばらくはいいやって感じだ……」

「全くだ。……ふふ、クララが大変なのはこれからかもしれないがな」

「あう……そうだよね。ちょっとだけ気が重いなあ……」


 今はもう、孤独を感じるほど周りが静かでもない。

 茶化す様にクララを覗き込むカティアの言葉は、荷物を背負わせたかのようにクララの背中を落とさせた。

 それでも、無事帰れる事に比べたら大したことはないのだろう。


「じゃ、行こう!」


 生まれ育った場所を目前にしたクララの足取りは少しだけ軽くなっていて。

 悠とカティアは顔を見合わせて笑ってから、先導するように歩きだすクララを追い始めた。

 村はもう、眼の前だ。


 ◆


「あれほど一人で山に行くなと言ったろう、こん阿呆が!」

「うううー! ご、ごめんなさいっ」


 山を降り、ようやく村へと戻ったクララを待ち受けていたもの。それはやはりクララへの叱責であった。


『へあっ!? お、お前、クララか……!?』


 村へ帰ると最初に悠達を迎え入れたのは驚愕だった。文字通り幽霊を見たような顔でクララの名を呼ぶ村人の声はその顔のように引きつっていた。

 それはそうだろう。少し治癒の魔法が得意なだけで、特別な技術を持たない普通の村娘が、山へ行くとだけ告げて三週間あまりも失踪していたのだ。死んだと思って当然……というのは言い過ぎにしても、そう思った所で責められるいわれはないだろう。

 何分、狭い村だ。最初の村人の一声で、村中から人々が集まってくるまでには時間は要らなかった

 そうする内に圧倒言う間に悠達は取り囲まれ──村の長からの怒鳴るようなお叱りが、先の言葉である。


「ロージィさん達がどれほど心配しとったかわかっとるんかお前は!」

「ごめんなさい! ごめんなさい!」


 村人の中でもやや高齢な者達の説教は、しばらく終わることはなさそうだ。悠達はクララを気の毒に思いながらも、人々の言っていることが正しく口を挟むことが出来ない。

 それを苦々しい笑みで見ていると、悠とカティアの元に二人の男女がやってくる。


「あの……あなた達がユウさんとカティアさん……でしょうか?」

「はい。ええと、お二人は……」

「私達はロージィとレシタ。クララは私達の娘です。あの子の話によれば、遭難している間お二人に命を救われたそうで……なんとお礼を申し上げたら良いか」

「ああ、クララの! いえ、此方こそ娘さんのおかげで頑張ろうと思えたくらいで……」


 聞けば、二人はクララの両親だという。

 深々と頭を下げる二人に、自然と悠の腰も低くなる。

 頭を下げ合う悠達を見て、こんな場面に慣れているカティアは一人苦笑を深く刻み込むのであった。


 ◆


「ふふいー……いっぱい怒られちゃったよう……」

「仕方がないだろ。本当に命がかかってる問題だったんだしさ」


 空が真っ赤に染まるころ。村人達の説教からようやく開放されたクララが、テーブルに突っ伏す様に身体を伸ばした。

 村についたのが昼過ぎならば、もう暗くなっていくだけの空を見れば四、五時間が経過したことがわかる。

 歩き通しからの説教は、ようやく村へと帰ることが出来て元気いっぱいのクララでさえ疲労困憊にさせたようだ。

 それでも甘んじて説教を聞いたのは、村の人達の想いが理解できたからだ。自分の事を想って言ってくれているというのがわかっていたので、クララはただ真摯に村人達からの叱責を受け止めた。


「でも……安心したなあ。山の夜って、暗くて、色々な音がして……ユウ達に会わなければ、孤独だけで押しつぶされちゃったたと思う」

「……ああ。私も、夜の山があんなに恐ろしい場所だとは思わなかった」


 しかしそれが、彼女たちにとって『現実への帰還』の実感となっていた。

 家の中は火が灯されて優しい明るさを湛えていて、人々が生活する気配がある。外へ出ても生活の光りが灯されていて、歩くことくらいならば難なく出来るだろう。

 その点で、山の中は正しく異界だ。数メートル先も見えない闇の中にあって、闇には何が潜んでいるかもわからない。気候も心地よいとはいえず、肌寒かったり蒸し暑かったりして、独特のにおいが満ちている。

 直ぐ側に見えているはずの場所なのに、ヒトの住む家と山とでは、共通している感覚のほうが珍しいくらいだった。


「その点、悠の食事には勇気づけられたよ。食べたことがないモノばかりなのに、温かくて、どこか懐かしくて……あの食事がなければ、心が折れちゃってたかもしれない」

「そうだな。特に私は、ユウ達の助けがなければ何が食べられるかもわからず餓死していただろう。改めて礼を言うよ、ユウ」

「な、なんだよいきなり。こっ恥ずかしいだろ」


 そうした中で、唯一彼女たちが持つことが出来た日常とのつながりが『美味しい』という感覚だった。

 紛れもなく、悠の『料理』は、クララ達の命を繋いだのだ。


「いや、決して大げさではない話だ。もう少しキミは自分の力を誇ってもいいな」

「そういうもんかね……」

「そうだよー。本当に、ありがとうね」


 特にひねくれたところもない悠にとって、賛辞を受けることに悪い気持ちはしない。

 何故だか恥ずかしそうな悠を説得するように、二人は畳み掛ける。

 すると、一つの話が終わって、短い沈黙が流れる。

 しかし、長くは続かない。


「そういえば──ユウ。キミは、この後どうするんだ?」


 沈黙を破ったのは、カティアだった。

 突然の問いかけにも、悠は驚くことはなかった。自然と、考えていたことだからだ。


「そうだなあ、カティアは?」

「私は明日にでもモイラスに帰ろうと思っているよ。ドラゴンの一件を報告しなければならないのでな」


 声は笑いつつも、悠の顔は笑っては居なかった。するりと交わすようにカティアへと同じ質問を投げると、悠は一つ頷いた。

 小さくタメを作ってから、悠は真剣な瞳で語りだす。


「俺は、極圏に行こうと思う」


 その答えに、カティアは視線を鋭く研ぎすませて、悠へと向けた。

 クララが胸の前で、手を握る。


「まあ、なんだ。俺って、結構複雑な事情があってさ。この世界に故郷ってモンがないんだ。だから帰る場所がなくて──近いうち、旅に出るつもりでいた。そんで何処に行こうかなって思った時、いつだか話してくれた極圏ってのが忘れられなかったんだ。極圏には強い魔物が居て──強い魔物は、美味いって聞いたからさ」


 悠には、その答えがカティアにとって望ましくないものであることがわかっていた。

 だが、カティアも悠がそう答えることはわかっていたのだろう。黙して聞くカティアからの無言の催促に、続きを話す。


「俺には人に誇れる趣味はなかった。技術だって、料理なんか珍しいもんでもないし、剣を振ったりは正直苦手だ。でもさ」


 悠は目を瞑って、今までの自分について語る。

 しかし──でも、と前置きをして開いた瞳には、確かな輝きが満ちていた。


「今なら胸を張っていえる。誰も知らない味を探求したい、見たこともない食材を使って美味いメシを作りたい、って。そんで──『こっちの世界』には、聞いたこともないような、夢みたいな食材がいっぱいあるんだってさ。世界中の『味』を探求する。それが今なら胸を張っていえる、俺の夢だ」

「ユウ、それは──」


 『帰る場所がない』『こっちの世界』。悠の言葉に、カティアは何回も聞き返したくなった。

 荒唐無稽な言葉だ。それらを整理すると悠は『違う世界』から来たことになる。

 だが、カティアは聞き返さなかった。質問を飲み込んで、輝く瞳を真正面から見据える。

 命の恩人を、命を預けあって戦った親友を信じたからだ。


「いや、多くは聞くまい。……正直に言うと、極圏行きは反対だ。神殿騎士という仕事の関係上、私はそこにはあまりいい思い出がないのでね。だが、そういった明確な夢があるのならば──友として、キミを応援する」


 様々な思いを漉し器にかけて、カティアが絞り出したのは、激励の言葉だった。


「ただし、極圏に行く前には十分な準備をすることを約束してくれ。方向性こそ多様なものの、極圏の過酷さは山の比じゃあない。荷物の準備……は私が言えた事でもないが、渡航の許可等もしっかりな。そういった手続きを助けることは、出来るだろう」

「……! ありがとう、カティア!」


 自嘲的な言葉を混ぜながら言うカティアは、苦々しくも笑っていた。

 正式にカティアからの応援を貰ったことで、悠は顔を綻ばせる。

 ──反面、曇った顔をしていたのはクララだ。

 友の門出を見送れない、というわけではない。単純に、悠との別れを辛く思ったからだ。


「さて──では、クララの方はどうするんだ?」


 カティアは、そんなクララに気づいていた。

 俯かせていた顔をはっと上げ、クララは悠とカティアを交互に見る。

 悠は疑問符を顔に浮かべていたが、問い掛けたカティアはどこか得意そうな顔をしていた。


「なにか言いたい事があるのならば、今言っておかなければ後悔するんじゃあないのか。経験から助言するが、極圏を行き来する者と連絡をとるのは大変だぞ」


 そこまでいえば、皆まで言っているのも同じだろう。クララは一瞬だけそんな風に思ったが、だからこそカティアがそれを言う勇気をくれていることがわかった。

 まだわからないという顔をしている悠に、強く振り向いて、クララは視線を結ぶ。


「お、おお? どうした……?」


 半ば睨みつけるような視線に、悠は言葉を詰まらせながら聞いた。


「私も、私もユウと一緒に行きたい! 今度は、絶対に脚を引っ張らないからっ!」


 クララが悠に返したのは、桶を逆さにするような思いの吐露だった。


「……クララ、それは」


 極圏は危険な場所。夢を抱きつつもそれだけは忘れていなかった悠は、諭すように語りかける。


「何も考えなしで言ってる訳じゃないの。……私も、本当はこの村の生まれじゃないんだ」


 そんな悠の言葉を遮って、クララは自分の髪の毛を摘んで見せた。


「私は、拾われた子なの。……ユウは何も言わなかったけど、銀色の髪って凄く珍しいんだよ。銀色の髪は、もう居ないって言われてる種族の人達くらいしか、持ってなかったんだって」

「マオル族、か」


 銀色の髪を見やり、カティアは重々しく呟いた。カティアの声が如く、クララはしっかりと一度、頷いた。


「成る程、それでか。……骨折の治療を早める程の治癒魔術の使い手はそうはいない。その銀色の髪と併せて、まさかとは思ったのだが……実際に、この目で御伽噺の存在を目にしていたとはな」


 冷静な語り口ながらも、カティアの顔色は明るくない。それだけ動揺しているのだ。

 しかし悠はこの世界の伝説など知らず、話についていけない。

 悠が話をよく理解できていないことを察して、クララは悠に説明した。


「マオル族っていうのは、昔この世界に居たって人達のことでね、とっても魔法が──特に、治癒の魔法が得意な人達だったんだって。でも、昔どこかの国の王様が不老不死を求めてマオル族の人達を攫ったり……色々なひどいことをしちゃったから、マオル族の人達は絶滅したって伝えられてるの。でも──」


 大きく息を吸い込んでから、決心を伝えるように、クララは悠の瞳を見据える。


「マオル族の人達は人が住めないような過酷な環境──極圏に散り散りになって逃れたって話もあるんだ」


 ──そのことを話すのは、クララにとっても非常に勇気がいることだった。

 なにせ、自分を絶滅した人種の生き残りかもしれない、と伝えるのだ。まして、絶滅の理由が『不老不死を求めた王』である。広く知られればどうなるか、想像には難くないだろう。

 しかしクララはそれを話した。悠だけでなく、カティアが居るこの場で。それは信頼の裏返しに他ならない。


「お父さんとお母さんは、大好きだし──本当の両親の様に思ってる。だけど、何処かに自分のほんとうの姿が在るのかもしれないって思うと、小さな棘みたいに気になってた。……多分、いまここでそれを探しに行かなければ、私はもう静かな村のクララとして一生過ごすと思う。それが悪いこととは思わないけど──私は、自分の姿を、ユウと一緒に探しに行きたいと思う。……だからお願い、ユウ! 私を、一緒に連れて行って!」


 思いもかけぬ告白に、悠は思わず頭を抑えたくなった。

 絶滅した種族、不老不死──語られるこの世界の伝説はまさに『ファンタジー』だ。

 だが、悠はそうしなかった。誰かに助けを求めたくて、カティアと目を合わせたくなった。でもそれもしなかった。


「……親御さんには、それを話したのか?」


 悠は、この場にいない者の存在を示して、クララに問う。


「ううん、まだ。でも、私が拾われた子だっていうのは、もう聞いてる。……その時にもしかしたら、ってお話もしてる」


 思いの強さを語るように、クララは真実だけを話した。

 付き合いは短いが、悠はクララをとても気に入っていた。まだそれは恋や愛といった感情ではなかったが、共に旅が出来ることならそれはきっと楽しいだろうと思っている。

 だからこそ、悠はクララを危険な目には合わせたくなかった。『ドラゴン』が極圏から流れてきた生物だというのならば、極圏にはドラゴン級の危険が溢れているのだろう。それを考えると、大切に思う友を極圏につれていくというのは憚られた。


「……親御さんから、しっかり許可をとるなら──いい。うん、一緒に行こう、クララ」


 それでも、悠はクララの申し出を承諾した。

 この世界に故郷がない自分と、その姿が重なって見えたからだ。

 厳密には、それは違うだろう。悠は自分が生まれ育った場所を知っているし、クララは生まれを知らずともずっと過ごした温かい場所がいまここに存在する。

 むしろ、真逆と言ってもいい。それでも──何処かにある遠い故郷を求める気持ちは、同じだった。

 悠の微笑みに釣られるように、クララの顔が花開くように笑顔を作る。


「ありがとう、ユウっ!」

「ま、待て待て! 許可を取ってからって言ったろ!」


 感極まって抱きつくクララを真っ赤になりながら諌めると、その様子を見ていたカティアが穏やかに笑う。


「どうやら、道は決まったようだな」

「カティア……うん、ありがとう」

「私は手助けをしただけさ。恩は返せる時に少しずつでも返したいのでね」


 思いを打ち明ける手助けをしてくれたカティアへ礼を言うと、カティアとクララはしっかりと目を合わせて微笑んだ。

 悠はそれを見て、女子には女子しかわからないコンタクトがあるのかもしれないと、疲れた顔をする。首を傾げる悠を見て、二人は笑った。


「では──まずは身体をしっかりと休め、ご両親に許可を取り付けるんだ。いいか?」

「うん!」

「おう」


 ひとしきり笑うと、悠達は三人で顔を見合わせた。

 その顔は、皆一様に不適な笑みを浮かべている。


「私は明日、一足先にモイラスへと帰る。キミ達は旅立つ準備を済ませたらまずモイラスへ向かい、騎士団を探して私を訪ねてくるんだ。色々と便宜を図ろう」


 悠とクララの強い意志を感じ取ると、カティアは優しく微笑む。

 カティアは神殿騎士として、命を落とす者が多い『極圏』にはあまり良い感情を持っていない。それでもその笑みは、旅立ちの始まりを祝福していた。

 悠達もそれを悟ると、しっかりと一度頷いた。


「よし、ならば──別れの挨拶には少し早いから、これは約束だ。いずれ、モイラスで」

「ああ、また会おうな!」


 拳を突き出したカティアに習い、悠達もまた拳を合わせた。

 相変わらず、幼い外見の割に凛とした仕草だと思う悠だが、それに慣れてきて違和感がなくなってきた事をおかしく思う。


「願わくば、二人揃って訪れる事を祈っているよ。あるいは、クララの両親に許可を貰うことが最初の冒険かもしれないな?」

「う、うう……それもまた気が重いなあ……」


 カティアがいたずらっぽく片目を瞑るが、クララは本当にそれをプレッシャーに感じているようだった。

 俺の両親は、旅に出たいなんて言ったら怒るだろうか? それとも背中を押してくれるだろうか。今は顔を見ることが敵わない、ごく普通の両親を思い浮かべながら──悠は、異世界での旅立ちに思いを馳せて、大声で笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ドラゴンの肉はもったいないので明日村人総出で 回収に行こうか?マナが多いから内蔵以外は 持つかもな?村から荷馬車と背負子を借りて総出で行けば かなりの素材を回収できるでしょう?ウロコや革も!…
[気になる点] クララは遭難中怪我でキャンプ地から動けなかったんだよな? つまり食っちゃねしてた訳だ、クララの体重は約半月でどれだけ増えたんだろうね?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ