第二十一話:ユウのチカラ
「さて……ではそろそろ聞かせてもらおうか。あの戦闘中だけでも、聞きたいことはいくつもあったのだが」
ようやく落ち着いたクララを座らせた一同は、野営の準備を進めていた。
最大の脅威も取り除いてしまったので、疲れた今日はもうゆっくりしてしまおうという腹積もりである。
距離的には元のキャンプに戻ってもよいのだが、そこまでは運べない大荷物があるため、野営という形になった。
その大荷物というのが──近くに転がるドラゴンの肉である。
ドラゴンの肉は持ち運ぶにはあまりにも多く、運搬を諦めた結果、ならばこの場で野営をしてしまえばいいという結論になったのであった。
「んー……気になるか。俺としては肉のほうが気になるんだけどなあ」
ドラゴンの肉を捌きつつ、悠はどうでも良さげに生返事を返す。
どうでもいいと言うわけではなく、むしろ先程の『チャージ』については悠自身大いに気になっていたのだが、今はそれよりも……
「夢にまでみた『ドラゴンの肉』! まさか現実にこの舌で味わう日が来るとはなあ!」
ただただ、目の前の存在、夢が具現化した肉に興味を奪われていた。
先程までは悪夢の象徴でも、こうなっては『悠の夢』そのものだ。
異常なハイテンションでいながらも、悠の瞳は光り輝き、純真な笑顔を浮かべている。
「うおっはぁ~! スゴイぞ……! しっとりと吸い付くような肉質! 生肉の時点で僅かに香る甘い芳香……! 肉食の動物がなんでこんなに芳しいんだ……!」
焼く前から、その肉質は悠を魅了していた。
不味いはずがない。当たりハズレが多く、実際に焼いてみたら臭かった……なんてことも多い『変わり肉』に悠が焼く前からこうまで期待を持つのは、久しぶりのことだった。
「むう、これは何を言ってもムダか……はあ。今ユウは肉食と言ったが、正しくは雑食だ。特にマナの豊富なハーブ類を好んで食べるらしいから、良い匂いがするというのなら、それが関係しているのかもしれないな」
「へえ、なるほど! 天然のハーブ牛ってわけか」
その巨体を動かすにハーブばかりを食べている訳はないだろうが、芳しい香りの理由を知ることが出来て、悠は素直に感心する。
カティアから借りたナイフでドラゴンの肉を切っていくと、発達した筋肉に依るものだろうか。魅惑的な感触が手を伝わってくる。
不思議なことに、死んだドラゴンの肉は生前よりもずっと柔らかくなっている気がした。というか、それは実際に事実である。
人間を含むこの世界の生き物は、その運動能力の一端を魔力によって担っている。
これによって、僅かな筋肉量で想像もできぬほどの運動性を生み出しているのだ。
このため、生命活動を停止したドラゴンの肉からは魔力による強化が打ち切られ、柔らかくなるという現象が発生していた。
薄々、悠はこの世界の『魔力』という法則がどのようなものか理解しつつあった。
「んー……可食部が意外に少ないな……っと。やっぱり手足は強靭なだけあって食えないかもなあ。スネなんか煮込めばいいダシが出ると思うんだけど、調理器具もないしなあ」
ぶつぶつと言いながら、悠は一旦下ごしらえを打ち切ることとした。
晩飯の分は確保ができたからだ。
「一段落したし、質問の方に答えるよ。俺も確認しておきたいことがあったしな。と、その前に川で手ェ洗ってきていいか?」
だから、今度は先程の戦いを共にした仲間の疑問に答えることにした。
今日の夜は長そうだ。沈み始めた太陽を見て、悠は静かに笑みを浮かべた。
「ではまず、何故ドラゴンの炎を受けて平気だったのかを聞きたい。竜のブレスは様々な種類があるが、中でも炎のブレスは『冥府の火炎』とさえ呼ばれる強力なものだ。一瞬触れるだけでも危ない炎の中で、なぜユウは平気だった?」
「そうだよ! ほ、本当に死んじゃったかと思ったんだからあ……」
スパイスが肉に馴染むまでの時間、悠はカティア達の疑問に答えて待つことにした。
隠しきれない興味に問い正す様な口調を被せ、カティアは悠の目を真っ直ぐに見据える。
先程の状況を思い出して段々泣きそうになるクララが泣き出す前にと、悠は答えた。
「アレに関しちゃ結構俺も賭けだったんだけどな。『泡』を使ったんだよ」
「それは、知ってるんだけど……なんで、あんな泡なんかでドラゴンの炎が防げたの?」
泡なんか、という着飾らないが故の純粋な言葉に、ちくりと心を刺される。
あの時はたまたま命を繋ぐ防護壁となったが、本来泡を出すだけの力に使い道はない。
だというのに、先程ピンポイントでそこまでの効果を発揮したのは──
「泡の中に空気があったからだよ。……空気って、結構熱を通しづらくてな。小さい泡をたっくさん重ねると、かなりの断熱効果があるんだよ。俺の国だと、泡状のウレタンって素材を断熱材として家に使ったりするんだ」
「空気……泡。成る程、そういうものなのか」
悠の説明に、カティアとクララは唸るのに合わせて首を動かした。
……実際には、それだけで防げていたはずのものなのか、悠にもわからない。
だが実際に防げているからには、『魔力』という異世界の法則が関わっているのかもしれない──と、悠は心中で推測している。
「では二つめ。あの『チャージ』の力は? 目覚めることはなかったのではなかったのか?」
「アレについては、俺もよくわからない。……ただ、今もそうだけどアレを使った後はすっげぇ疲れたから──こう、今までは単純に魔力が足りなかったんじゃないかなって」
二つ目の質問は、悠もまた気になっている事であった。
ディアルクの焼き肉を食べた次の日、悠は早速『チャージ』を使える用になったか試してみたことがある。結果は、不発に終わったのだが。
一見能力を持つ食材を食べても能力が宿らないというのは珍しいことでもなかったので、その時は悠もそういうものかと思っていた。
「けど……あそこで頑張んなきゃ、って思ったら急に力が湧いてきてさ。なんかコレなら行ける! って確信があった。あとは……多分、アレも関わってる」
だが、悠の魔力が一定以上に達した時、その力は目覚めた。
喩えとして彼女たちの前に出すことはできなかったが、悠はこれを『消費MPが足りない』状態だと思っていた。
実際に、それは的中していた。そして、もう一つも。
「それって……ディアルクの角の槍?」
「槍……ってかよく見たら両刃剣みたいな? それはいいんだけど、なんかあの力を使おうとしたら……響き合ってるっていうか、ディアルクの角が体の一部みたいな気がしてさ。もしかしたら、その能力を使うために必要なモノがあるのかもしれないって思ったんだ」
それこそが『鍵』となった『光角の両刃剣』である。
ディアルクを倒した時、悠はその肉を食す他に、角を戦利品として収集していたのだ。
コツコツと加工して、武器にしたのがこの光角の両刃剣だ。
悠の感覚は、大雑把だがまさにその通り。チャージの力は悠の身体の中に眠っていたのだが、それを引き出すためには魔力ともう一つ、力と響き合う『鍵』──―能力の持ち主の象徴が必要となるのだ。
もちろん、今まで使ってきたもののように何も無しでただ己の力と出来る場合もある。
だがディアルクは少しばかり特殊な区分に居る魔物なのだ。
「そういうもの、なのか? ううむ、考えれば考えるほどユウの力はよくわからんな」
「我ながらそう思うよ。……けど、しっかりメシ食って、魔力を増やしといて良かったよな。これで魔力が足りなかったら、どうなってたか分からなかったしさ」
悠の能力は、本人自身判っていない所が多く、推測がほとんどだ。興味津々だったカティアも、そのデタラメさに深く考えることをやめたらしい。
自分もそう思う。そういって悠が冗談めかして笑う。
……すると、カティアとクララはぴたりと動きを止めた。
「え、あれ? どしたん……?」
問い返すまでもなく漂う神妙な空気に、悠も笑ってはいられなかった。
二人共、呆れるような、信じられないモノを見たような眼をしている。
悠だけが、自分の言った言葉の意味に気づいては居なかった。
顔を見合わせた二人は、躊躇いがちに互いの顔を見てから、頷いた。
そして──
「あのね、ユウ。食事で魔力が増える……っていうのは、飽くまでも『回復』するってことなんだ」
「つまり、食事で魔力を増やすというのは空いた器に足りない水を注ぐようなものだ。……お前が言っているのは『増加』だろう? 食事では、器そのものが大きくなることはないんだ」
「なな……ま、マジか……?」
悠にとっては衝撃の事実。この世界の常識を告げた。
そう、悠は食事をするたび強くなってきた──魔力の絶対量を増やしてきたが、この世界では本来それはありえないことなのだ。魔力の絶対量は厳しい修業によって魔力を使うことで、その使用量や自然回復などに応じて『コレでは足りない』と身体が判断した時に増えるもの。言わば筋トレのように使えば使うほど僅かに増えていくものなのだ。
それを、悠は食事という形で増やすことが出来る。……これは、悠の価値観で言えば圧倒的なまでの『チート能力』に当たるレベルのものだった。
「もしかしなくても、俺ってヤバい……?」
恐る恐るという様子で悠が聞くと、カティアとクララは呆れ気味に頷いた。
食えば食うほど、身体能力が上がり、特殊能力を得て加速度的に強くなる。それは、毒物の鑑定や食材の探知などでさえ霞むような『チート能力』だと言えるだろう。
「お……おおふ……って言われても、どうしたもんかわかんねえよ……」
しかし悠は、それを背負うには少し欲がなさすぎた。
……いや、持てる欲の殆どを食欲に振ってしまったと言うべきだろうか。
その気になれば世界をも獲れる怪物が平和主義者だったのは、この世界において幸運だったかもしれない。
「まあ、そうだよね。実はなんかおかしいなーって思ってたんだけど、言い出せなくて」
「本来有りえん事だからな。とはいえ、大層な能力を持ちながらそんな様子で居るのもユウらしくて私は好きだぞ」
いや、あるいは。
ユウが最初に出会った人間がこの二人であったことこそが、なのだろうか。
うまい飯と気のいい仲間。とりあえず、それさえあれば悠は満足だったのだから。
「あ、そうだ。さっきドラゴンを倒した時に首から火が出てたと思うんだけど……アレも、ユウの力なの?」
「いや、あれは多分──あの辺りにブレスの素になる粉を溜めておく器官があったんだ。そこに鱗から散る火花が引火した……とかじゃないかな」
「解体している時に気づいたのか? よく見ているな……」
それにこの世界はわからないこともまだまだ多く、こうして知的好奇心を満たせるというのも中々楽しいものだ。
何よりも、悠にとっては──
「さて、と。それじゃあそろそろメシにしますか!」
そのわからないことの中には、異世界の魔物たちの『味』が含まれるということだ。
──恐らく、今日はこの世界にやってきてから最高の食事に出会えることだろう。
疲れも吹き飛ぶ興奮で、軽い身のこなしで立ち上がった悠はそう宣言する。
「まってました!」
そうすれば、こうやってノリを合わせてくれる仲間がいる。それでいいじゃないか、と悠は一人笑う。
思えばとんでもない力なのだ、ということはひしひしと感じていた。『騎士』とやらが五人十人集まっても一筋縄ではいかない怪物を、たった二人で、大した被害もなく倒してしまったのだ。
既に、悠の『力』は個人レベルとしては破格に成りつつある。
でも、悠はこの二つだけを望めれば良かったのだ。
仲間と食事。その食事のほうが──並外れたレベルで──豪華だというのは、彼が保つ力に比べたらご愛嬌というものだろう。
この世にある『解き明かされた』料理の中でも最高峰とされる料理。
「今日は、ドラゴンのステーキだ!」
盛大に花火を打ち上げるようにその名を叫ぶと、たった二人の大歓声が巻き起こった。




