第十九話:焔戦線
「さて、とは言ったものの……どうするかな」
まるで電流に晒されているかのように衝撃を伝えるドラゴンの咆哮を前に、冷静になったカティアは呟く。
笑みを浮かべてはいるもののその温度は冷たく、真剣そのものだ。
「防御力じゃ、多分俺の方が上だ。俺が前に出て気をそらす」
「確かに、そうだろうな。だがそれではユウが危険だぞ」
斬りつけんばかりに二つの眼光を向けてくるドラゴンから一時も目を離さぬまま、悠とカティアは作戦会議を進めていく。
二人が会話を交わすことが出来ているのは、ひとえにドラゴンが動きを見せないおかげだ。ディアルクよりもさらに格上の種族でありながら、油断ない二人の様子を見て警戒をしているのだ。……それは、付け入る隙のなさをも示していた。
「承知の上さ。でもまあ、他にいい方法も思いつかないんでね」
「それが最良かもしれないな。守るべき市民に危険な役を押し付けるのは心苦しいが」
「なら問題ない。俺は多分、一般的に『市民』じゃ通らない身分だからな」
悠達を観察するように、周囲を回るドラゴンに追従して視線を動かす。
悠の言葉の意味が気になったカティアだが、聞き返す言葉を飲み込んで、小さく頷いた。
「ユウ」
「どうしたクララ」
ちょうど作戦が決まった所で、自分の名を呼ぶ声に悠は返事のみを返す。
すると──とあるモノを支えに立ち上がったクララが、横に並び立つ。
「これ──ドラゴンと戦うなら、必要でしょう? ずっと作ってたモノ」
今は恐怖よりも、怪我による力の無さで、震えながら立つクララは悠に支えにしていたモノを差し出した。
──そう、これは、悠がキャンプを出る時に持ち出した唯一の『この世界のモノ』だ。
それは勲章であり、この世界で生き抜く力の証でもある。
悠は、クララに手渡されたそれを眺める。
一筋縄では加工ができなかった堅木の柄。その両端にしっかりと固定されているのは──光り輝く刃。
「ディアルクの、槍」
そう、これはディアルクの角から作り出した、槍。いや、その形状を鑑みれば『両刃剣』とでも言うべきだろう。
悠にとってそれはこの世界で初めて困難を乗り越えた際の記念であり、初めて敵に打ち勝って生きる力があることを示した証であった。
「あまりあてにはならないかもしれないけど、私の魔術で柄の方は『強化』してあるから。……これくらいしか出来ないけど、頑張ってね」
柄を握りしめる悠の手に、クララはそっと手を添えると、自分の足で歩いて戦闘の邪魔にならない場所へと移動する。
その手は冷たかった。恐怖で震えてもいた。そんな中で、クララは自分に出来ることをしたのだ。
「頑張らにゃ、ならんだろうが」
その存在が、悠にたまらなく力を与える。
もう、震えはなかった。その手には、この世界で生き抜く力の証があるのだから。
「ゴアアアアアッ!」
悠の戦力が増強されたのを見て、これ以上待つことを得策でないとしたのだろう。
ドラゴンがその強靭な脚で石の地面を蹴り砕く。
それを合図として戦闘が開始すると、悠とカティアは襲い来る剛爪を避けるため左右に別れて跳んだ。
「予定通り俺が引きつける! カティアは機会を!」
「承知したっ!」
自分たちが居た地面をドラゴンの爪が砕き、礫が舞う。
破壊力の恐ろしさに意識を引き締めると、着地した先で悠は両刃剣を回し、構える。
「来いっ! 俺は敗けない、俺は生きる! この世界で食べていくのが、俺の力だ!」
強く、強くそう宣言すると、不思議と力が湧いてくる気がした。
この世界では、心の強さが魔力という力を呼び覚ます。簡単な魔術の基礎しか習っていない悠はごく僅かな魔力しか練ることがなかったが──この世界で摂った良質な食事は今心の強さに反応し、爆発的な魔力を生み出していた。
「(……凄まじい力だ。これならばあるいは──!)」
静かにそれに驚いたのが『神殿騎士』のカティアだ。
実を言うと、カティアはドラゴンを狩った経験がある。しかしそれはこのドラゴンより一回り小さい亜成体のドラゴンを、他五人の騎士と──という話だ。
今悠が持つ魔力は、その時居合わせた他の騎士たちの合計を上回っていた。それは、カティアをも僅かに上回るほどで──
「凄いぞユウ! これなら行けるかもしれん!」
「それなら嬉しいけどな! 油断はするなよ!」
カティアに確かな勝機を感じさせるほどだった。
しかし現在目にしているのは成体のドラゴンだ。最低限の戦力に届いたからといって油断ができる相手ではない。短く交わした会話で、カティアは悠の言葉の通りに油断を捨てた。悠もまた、カティアの言葉に士気を揚げられていた。
武器を構え『誘引』と『硬質化』の力を発動する悠。ドラゴンが悠へと飛びかかっていくのは、同時のことだった。
今度は飛びかかるのではなく、突進を選択する。大質量の直撃は『硬質化』の力を持ってしても手痛いダメージを受けるだろう。
重厚な動きで巨体を揺らしながら迫るその様はまるで重機。それが、凄まじい速度で襲い掛かってくるのだ。重圧はディアルクを遥かに上回っている。
加えて、その表皮は硬い鱗に覆われている。硬く、重く、速い。悠は、これ以上無くシンプルに数字が殴りかかって来るような錯覚を受けた。
「っとォ!」
巨体故にやや遅く錯覚するが、その速度はディアルクと比べても遜色ないものだ。
それでも悠は軌道を見切り、軽々と横へ跳ねて突進をかわす。
この結果は明確に悠の成長を示していた。そこそこの重量がある光角の両刃剣を持っていながら、ディアルクと同程度の速度を持つ突進を軽々と避けたのだ。
だからこそ──ここで、終わらなかった。
「っ」
小さく息を飲んだのは、突進を停止させたドラゴンがその爪を振りかぶるのが見えたからだ。咄嗟に、悠は両刃剣の柄を構えた。そこへドラゴンの爪がやってくる──!
「ぐぎっ……!」
金属の棒を打ち付けた様な音とともに、蟻が這い回るかのような痺れが手に奔る。
重い──! 倒れた電柱がのしかかってくるような重圧をただシンプルに感じながら、歯を食いしばる。
その衝撃が身体を突き抜けて地面へと散るまで、悠は僅かにその動きを停止させた。そこに、またドラゴンが爪を振り上げる。この状態でもう一発は不味い! 舌打ちという気持ちで不利を表現すると同時、落下させる様にドラゴンが爪を振り下ろした。
しかし忘れてはならない。この場にはもう一人脅威となりうる戦士が居ることを。
「させるかッ!」
ドラゴンの背後から、悠よりも更に小さな影が飛び出る。剣を振りかぶったカティアだ。
その殺気にドラゴンの注意が、カティアへと移る。それを『脅威』と感じたからだ。
「せぇああッ!」
裂帛の気合をこめ、少女が剣を振るう。
ドラゴンはその瞬間に攻撃をやめ、背後へと振り返ろうとした。
結果的には──これは、ドラゴンにとって正解を選ぶ結果になった。
「ゴアゥッ」
カティアの剣は竜の首、急所に成りうる箇所を正確に狙っていたのだ。
しかしカティアの脅威に気づいたドラゴンが背後へと振り向くために身体の向きを変えると位置がズレ、カティアの剣はドラゴンの背と翼に浅い傷を負わせる結果になった。
「ちぃっ、浅い!」
反撃に向かわされた噛みつきをバックステップで逃れると、カティアは悪態を吐いた。
ドラゴンの背からは僅かに血が噴き出し、直ぐに収まった。
これでは運動能力を奪うまでにも至っていないだろう。だが、その結果はカティア達に二つの情報を与えていた。
「(しかし、通じるぞ! 今の私の魔力ならば、龍の鱗を斬れる!)」
それは、現在の『攻撃力』でもドラゴンを打倒しうるという事だ。
実際にそれを行えるかはどうとして、傷を付けられれば殺せるという算段である。悠が悪質な武器しかもたなかったが故にディアルクに『傷を付ける』事ができず、敗北を目の前にしていた事を考えればそれはとても重要なことだといえる。
そして──もう一つ。
「ドラゴンの血は赤いのか……緑とか紫じゃないんだな」
ドラゴンの身体から噴き出した血は、鮮やかな赤だったという点だ。
別に血が青だろうと紫だろうと、戦闘には関係ないように思える。
ところがそれは、彼にとっては大問題なのだ。実際、戦闘には関係がないのだが。
「青や緑じゃ食欲が減るからな……赤で、良かった」
いざ食べる時に食欲がなくなる色味というのは、頂けない。二つの意味で。
悠が心配していたのは、ドラゴンに勝った後のことだった。
……別に、既に勝ったつもりでいるわけではない。だが悠にとってそれは戦闘とイコールで、後に紐付けされているものだった。
死にたくないから、生きる。生きるから勝つ。勝つから、食べる。悠にとってはドラゴンを食べるまでが『生きる』ことなのだ。
「く、くく……! キミらしい……!」
「重要だろ? それより──どうする、アイツ大分怒ってるみたいだけどさ」
再び隣に並び立ったカティアと、静かに話す悠。
お互いにまた緊張がほぐれたようだ。
だがいいことばかりでもない。ドラゴンは静かに怒り、悠達を脅威と認めたのだから。
これからはより慎重に、本気で悠達を殺しにかかってくるだろう。悠達にもまた、これまで以上が求められている。
「ゴゴゴオォッ!」
確かな怒りを咆哮に滲ませ、竜はまた駆ける。
「今まで通りだ、行くぞ!」
「あいよっと!」
悠達もまた、二手に分かれてドラゴンに獲物を選択させる作戦だ。
先程悠に襲いかかった際カティアに不意打ちをされ、その威力が無視できなかったことを覚えているのだろう、ドラゴンが次に狙うのはカティアだった。
「ッガ……!」
しかし、ドラゴンがカティアに向かおうとするも、強烈に自己を引きつける『何か』がそうさせてくれない。
アレを一刻も早く食らえ──そう『命じる』のは悠の力となったチャームツリーの能力だ。罠と判っていても抗えない、食欲という最も原始的で強烈な誘惑が、自然の支配者であるドラゴンをも縛り付ける。
「(これ、結構強力な能力だぞ……まあ使う俺は怖いけど、っと!)」
カティアに向けていた殺意を悠へと向け直し、駆けるドラゴン。
それでも未だ背後への警戒は断っていない。カティアは斬りかかることができず、悠は此方へ向かってくるドラゴンと真っ向から向き合うことになる。
そう、この誘引の力──強力なのだ。
デメリットはあるものの、ドラゴンさえ操る支配力というのは、常識外れもいい所だ。
ドラゴンの進路に集中し、悠は内なる力を高める。
すると──『何か』が失われる感覚と共に、足元から芽が出てくる。
悠はそれを確認すると即座にドラゴンから距離を取った。
獲物が背を向けて逃げたことに、ドラゴンの狩猟本能が更に刺激される──!
速度を増し、悠へと迫るドラゴン。もう少しで追いつくという所に、それは潜んでいた。
「ッグゴォ!」
──罠の芽だ。ドラゴンが巨体でそれを踏むと、地面から二本の棘が突き出してきた。
目にも留まらぬ速さで突き出た棘はドラゴンの脚を貫くまではいかずとも、浅い部分までは突き刺さっている。
突然の痛みと物理的な固定に、ドラゴンの巨体が動きを止める。
生半な獣ならば、これだけで『終わり』かねない強力な一撃だ。しかし流石のドラゴン、戦意を失うどころかその眼にはより熱く燃える怒りを滾らせて、悠を睨みつける。
その『圧』に思わず畏怖を覚える悠。しかしドラゴンの背後に、先程と同じくカティアが迫っているのをみると一瞬だけ頬を綻ばせる。
……直後、ドラゴンの口から炎が漏れ出ているのに気付くまでは。
火、というよりは火花と言ったほうが正しいか。だが、悠にはそんなことを気にしている暇はなかった。
「カティア! ダメだ引け!」
「なっ!?」
悠の反応は早かった。殆ど反射でそれを行ったと言ってもいい。
考えるよりも早く悠が叫ぶ。だがカティアもさる者、警告を聞くと咄嗟に足を止めた。
それとほぼ同時。ドラゴンが背後へと首を向けると、カティアの眼前を、頭上を。真っ赤な炎が立ち上っていった。
「──っ」
凄まじい熱が、熱気となってカティアの前髪をかき上げる。
景色が歪むほどの熱気はカティアの喉を焼き──その熱さをもってなお、背筋を冷え上がらせた。
僅かに香る硫黄の香りは、髪の先を焼かれたからだ。
「(一瞬……! 一瞬悠の、私自身の反応が遅れていたら、危なかった……!)」
空気が揺らぐほどの熱はまだ少し残っていて、乾いた暑さが立ち込めている。
だというのに、カティアはいっぱいの冷や汗を流して、大きく距離を取った。
拘束中のドラゴンをおいて、悠がカティアの元へ駆けつける。
「大丈夫か、カティア!」
「あ、あ……ありがとう、助かった……!」
幸い、カティアは無傷だった。だがあと一歩踏み込んでいれば、体中を焼かれて死亡……とまではいかなくても重傷を追っていただろう。
そうなれば、たとえドラゴンを倒せても、山を降る前にどうにかなってしまう可能性が高い。治療が満足に行えない状況での火傷は、危険なのだ。
「どうするか、アレは厄介だな……」
「そうだな。早いし、熱い。ユウの硬質化でも防げるかというと怪しい……よな」
「残念ながら。……幸い、注意深く見てりゃ気付けるが、なんとかしないとマズイ」
静かに脚の棘を抜くドラゴンから眼を話さずに、二人は作戦会議を行う。
……作戦会議、と言うよりは現状の確認に近かったが。
それほど、強烈なモノだったのだ。ドラゴンの吐く炎──『ブレス』は。
「今まで通りの戦法で行けそう……か?」
「俺の方はなんとか。けどカティアの方がキツいはずだ」
「む……」
反撃に転じるまでのスピードが極端に早いことで、先程までの定石が使えなくなった。
悠とカティアは、冷静にそれを理解していた。……悠は、自分が思ったよりも俊敏になっていた。ドラゴンの攻撃を躱し続けるだけなら、まだしばらくは続けていられるだろうと言えるくらいに。
だが悠にはドラゴンの攻撃を交わしつつ、攻撃を加えるため肉薄するカティアのサポートまでをする余裕はなかった。
「……一つ、やってみたいことがある」
ないからこそ──代案が一つ。耳を傾けるカティアに、簡単に作戦を説明する。
「危険だ。推奨出来ない。それだったら私がユウの役を代わる」
「だからこそ、ってのもあるだろ? このままじゃ共倒れだぜ。それにわかってるだろ、俺がやるから前提が成り立つんだ」
悠の説得に、カティアは非常に味わい深い百面相を浮かべた。苦いと思えば甘かったり、かと思えば渋かったり──総合的に苦虫を噛み潰した様な表情が八割だった。
少しの間そうしていると、ドラゴンが棘を刺したまま脚を上げ、罠が破壊される。
どうやら、迷っている暇はないそうだ。猶予のなさに一つだけため息を吐き出すと、カティアは悠の手を叩く。
「無理はするな」
「善処するよ」
言いつけが破られる未来を見つつ、カティアはなし崩し的に構えた。
顔のスロットは結局苦々しい表情で止まったままだ。──対象的に、悠は自らを鼓舞するように口角をつり上げた。
「来るぞ!」
掛け声と同時に、散開。
今回違うのは、ドラゴンがいきなりブレスを吐き出そうとしている所だった。
狙いは──カティア。しかし悠は強引にそれを自分へと捻じ曲げる。
誘引の力に抗えず、ドラゴンは悠に向けてブレスを吐き出した。
戦闘開始からほぼすべての攻撃を向けられる悠は消耗を感じつつも、まだ軽やかな足さばきで炎を避ける。
「あぢいっ! なんつう熱だよ……!」
が、炎の熱気が肌を焦がす。思った通り、硬質化の能力は物理以外の接触を防げないようだ──と悠は歯噛みした。これに気づいたのは、硬質化の力を発動した状態で風を感じたときだ。今回は、それが熱波となって悠の肌に触れていた。
「ァアアアアガッ!」
本来ならばとっくに亡きものにしているであろう悠は、未だ舞うようにしてドラゴンの攻撃を捌き続けている。思うようにいかない苛立ちが、咆哮となって空気を轟かせる。
「──っ!」
鼓膜を突き破るような音に、悠は顔を顰めた。
その一瞬、僅かに視界が塞がった瞬間を狙い、ドラゴンは爪を振りかぶる──
「隙有りだッ!」
当然、そこにカティアが攻撃を加える。しかしもう三度目の攻撃だ。ドラゴンは既にブレスの充填を済ませており、勢い良くカティアへと振り返る。
だが、ドラゴンの予測する箇所にカティアは居なかった。
「嘘は本来好ましくないのだが、な」
カティアの攻撃は──声だけだったのだ。
所謂、フェイント。ドラゴンが『考えて』戦っていたからこそ成り立つ奇策だった。
だがこの作戦の本題は、ここからだ。
「おォらァ!」
役の交換。悠の作戦はシンプルそのもので、カティアに気を取られているドラゴンを悠が攻撃するという、今まで逆の形に変えるだけのものだった。
しかしその効果は抜群だ。カティアの方を向いているドラゴンにはブレスでの迎撃もできず、前足での攻撃も遅すぎる。
二度の失敗を経て、三回目のコンビネーションに慣らされ切ったドラゴンには、その一撃は実に効果的だった。
悠の持つ光り輝く両刃剣は、ディアルクの角を加工して作ったもの。そこに悠の身体能力が加われば、確実にドラゴンの鱗を貫き、肉を裂くだろう。
──だが一つ、この作戦には問題がある。
それは、ドラゴンの『反撃』を考慮していないことだ。悠がドラゴンの攻撃を避けられるとはいっても、それは避けに徹していたからの話。流石の悠も、ドラゴンに深手を負わせる程の攻撃は容易ではなく、すぐさま回避行動に移ることはできないだろう。
だから、この策を成り立たせるにはとある要素が必要となる。
相手の次を奪う『一撃必殺』が。
「ゴガアアアアアッッ!」
両刃剣を突き刺されたドラゴンが、その低く轟く声には似つかわしくない悲鳴を上げた。
悠には──一撃必殺の、アテがあったのだ。
着目したのは、このドラゴンが所謂西洋竜──四足のドラゴンだったという点だ。
悠は鹿や猪に始まり、四足の動物の急所、すなわち心臓の位置を知っている。
それは大まかに言って前脚の付け根の辺りだ。幻想の象徴たる竜が、地球にも居る動物と同じ身体の構造をしているか。これは悠にとっては賭けだったが、悠は恐らく同じだろうという確信をもってこの『賭け』にベットしていた。
何故ならば──同じようなシルエットを持つ動物の構造はある程度似てくるという前例をたくさん知っていたことが一つ。
何より、悠は此方の世界で実際にそれを目の当たりにしているのだ。獣を、魚を捌くことによって『地球の生物と体の構造自体は大差ない』という事実を知っているのだ。
悠の突き出した光角の両刃剣は、防御行動を取れないドラゴンの左前脚の付け根辺りへ深々と突き刺さっていた。
シカやイノシシならば、違わず心臓の位置。通常の生物ならば、絶命は免れない──
しかし。
「……ダメ、か」
カティアを睨んでいた瞳が緩慢な動作で戻ると、海底の火山のように昏く、濁った感情を湛えて悠を睨みつけた。
怒りを通り越した憎悪が悠の体を貫く。震え上がりそうになりながらも、悠はもう一突き槍を奥にやろうと踏み込もうとする。
「こるるるるッ」
槍は僅かに押し込まれ、ドラゴンに呻き声を上げさせるも、そこから先へ進まない。
そこに悠は岩盤のように強靭な筋肉を見た。
……結論から言えば、悠の見立ては間違っていなかった。両刃剣は違いなくドラゴンの心臓を目指していたし、狙った位置へと確かに突き刺さった。足りなかったのは、距離だ。分厚く堅い筋肉に阻まれて、急所まで届かなかった。それがこの顛末である。
眼差しに激しい怒りを乗せたまま、ドラゴンが口を開く。
これはもうダメだろうなあ。悠の身体を諦めが支配すると、力が抜けていった。
明確な『死』を突きつけられて『生』を根幹とする柱が崩れ去ったような気分だった。
けれどまあ、頑張ったほうだ。あと一歩までドラゴンを追い詰めたのだから。
自分が死ぬことへの言い訳を残すと、ドラゴンの口から炎がほとばしるのが見えた。
「ユウぅぅぅぅっ!」
だが。どうやらまだもう少しだけ諦めてはいけないようだ。
怒声にさえ聞こえるカティアの声と、悲痛なまでのクララの叫びが、炎よりもほんのすこしだけ早く悠の耳へと届いた。
それでも回避は間に合わないし、超高熱の炎を浴びる未来は変えられないだろう。
だから、悠はまた賭けた。勝てないかもしれないと思いつつ、無意味かもしれなくても。
先程とは違って、何処までも分の悪い賭けに、自分の命をベットした。
覚悟は決めた。そして──炎が、悠を包み込んだ。




