第十五話:住
「じゃあ、ありったけこういう葉っぱを集めて、キャンプに運んでいってくれ」
「わ、わかった」
悠は一番簡単な仕事をカティアに命じると、鼻息を吹き出した。
「よし! 始めるか!」
こうして、作業が始まった。
いそいそと葉を集めるカティアを横目に、悠は細くしなやかな若木を集めていった。
厳密な規格はなく、長さは後で揃えればいい。しかし材質にだけは注意をする。
それが済んだら、今度はツタ集めだ。数本で終わらせた若木と違い、此方はめいっぱい集めていく。
カティアから借りた刃物の具合も良く、資材はあっという間に集まった。
「ただいまっと」
「おかえり。早かったねー」
「カティアも居てくれたからな。あー、悪いんだけど、カティアは木材を集めてもらっていいかな。なるべくキレイなやつで、太さはこれくらい」
「ああ、分かった」
この頃になると、もはやカティアも聞き返すことはしなかった。悠を信頼している事を思い出し、あれこれ考えるよりも悠に従ったほうが良い結果になると気づいたからだ。
「なんか、すごいね。私も手伝えることがあればいいんだけど」
「今回はあるぞ~。こういう作業は多分女の子の方が得意だから、頼りにしてるぜ」
「……! 任せてよっ!」
てきぱきと働く悠達をみて寂しそうにするクララだったが、悠にそう言われると儚げに沈ませていた顔を別人のように明るく変える。
「こんな風に、葉っぱを真ん中から割いていってくれ」
「わ、ほんとだ。簡単に裂けるんだね」
「この形の葉っぱは便利だからな。覚えとくといいぞ。まあ、もうこんな機会ないかもしれないけど」
悠がカティアに集めさせたのは、ヤシの葉の様な形のものだった。
真ん中の茎から互い違いに長い葉が生えているのだ。茎は繊維から簡単に裂け、葉をちょうど半分ほどに分けられる。
「取ってきたが……足りるか?」
「多分足りるかな。サンキュー」
そうこうしているうちに、帰ってきたカティアが木材を下ろす。
黙々と葉を裂く悠達に怪訝な目を向けるも、行動の意味を問う事はしない。
「じゃあカティアもこっちかな。葉を裂くだけでいい」
「分かった」
命じられるまま素直に行動へ移る。
三人で葉を割いていると、加工済みのものが沢山出来上がった。
「じゃあ──一旦これは置いといて、と」
「まだ葉っぱは残ってるけど、いいの?」
「それは後で別の使い方をするからな。カティアは木材をこのくらいの長さに切りそろえといてくれ」
「任された!」
腰を上げ、材料の調達を終えた悠はとうとう家造りを始めた。
地面を均してから円を描くように若木を等間隔に差し込んでいき、円の内側へと曲げていく。そうして曲げた若木を中央で結んでいくと、円錐状の骨組みが出来上がった。
もう既に、家……というと無理があるが、小屋と言われればその骨組みに見えるだろう。
「これ貰ってくなー」
そこで、先程全員で裂いた葉の出番がやって来る。
悠は葉を数本まとめて、骨組みの根本へとしゃがみ込んだ。葉の付いた方を下に向けて、蔦で骨組みへと結んでいく。
数回それを繰り返すと、骨組みから輪郭が浮き上がってくる。
「わ、すごい。こんな風になるんだ」
「なるほど。原理は簡単だが見事なものだ……」
「だろ?」
「よし、私も手伝おう。隙間がなくなるよう注意すればいいんだな」
木を切り終わったカティアを加え、小屋はあっという間に輪郭に肉付けされていく。
そうしてしばらくすると──一面を葉に覆われた、見事な小屋が完成する。見てくれは悪いが、隙間がなくそれなりの空間を備えたそれは、立派な機能性を持っていた。
既に住居としては完成していると言ってもいいのだが、そもそもの目的──カティアの希望を反映するにはもう一つ二つの作業が残っている。
「次は──と」
悠はカティアの取ってきた材木を使って、簡易的なベッドを二つ、作り上げた。カティアとクララの二人分だ。これは寝具としての働きだけでなく、地面から身を離すことで、虫が直接登ってくるのを防ぐ役割がある。
「あとは、この中で焚火をして、束ねた葉っぱで取り外しのできる戸を作れば完成だ。おつかれさん! 日没までに間に合ったな」
「おお……! いや、凄まじいな……! 本当に『家』を作ってしまった……!」
完成してもなおそれは家と呼ぶには心もとない『小屋』だったが、カティアの目には輝かんばかりの家に映っていた。
だが、確かにそうだろう。重ねたことで隙間をなくした壁兼屋根は雨風を完全に防ぎきり、当然虫の侵入も阻む。中にはベッドが有り、地面に身体を触れずに眠ることが出来る。
中の体積は大きくないが、身体を横たえるだけなら気にはならない。数日の滞在には十分すぎるほどで、なんだったら『住める』ほどだ。
「しかし、中で火を焚くのは何故だ? かえって虫を寄せ付けてしまうのでは」
「まあ夜はな。でも夜になりゃ火は消すだろ。それに、虫って結構煙を嫌うんだ。だから、入り口を開けてれば勝手に出ていくくらいさ」
「なんと……!」
更に、虫除けの効果がある煙で虫を減らす。
これだけの要素が揃えば、眠ることが出来る人はぐっと減るだろう。
「凄いなあ……ユウってなんでも知ってるんだね」
クララからみても、その手際は見事の一言であった。
美味しい食べ物に、様々な分野の知識。彼女たちにとって、ユウは賢人だ。
「いや、知らないことばっかさ。ただ、ちょっとクララ達と視点の場所が違うだけだよ。多分、こういう家ってクララ達のご先祖様も作ってたと思うんだよな。けど、必要がないから知ってる人が少なくなった……俺は、そういう一見使えなさそうな知識を結構知ってるだけだ。まあ、昔の人達が作ってたやり方よりは効率的だったり、出来が良かったりするとは思うけど」
しかし悠はそれを否定する。
それらは殆どが、現代の日本では必要とされない技術だったから。
悠のそれは趣味であり、殆どが受け売りである。
「それでもユウは凄いさ。私はこんな家の作り方など知らないし、虫の避け方などしらないし──何より、キミに救われている」
だが──それでも、ユウの知識は確かに自分自身の、そしてクララやカティアの助けとなっている。現代の日本では雑学に過ぎなかった知識は、今確かに悠達の生命線として存在しているのだ。
「だから、ありがとうユウ! キミは、私の恩人だ。私は、深くキミを敬愛している」
カティアは顔を綻ばせて、外見相応の少女のように笑う。
常に肩肘を張っていた彼女が心の底から笑うのを、悠は初めて見た気がした。
「ああ──そうだな」
所詮、悠の知識は趣味だ。探検家などが扱う程本格的なものではない、聞きかじりの中途半端な知識──
だからこそそれが必要とされる、役に立つこの状況は、嬉しかった。
「そろそろ暗くなるし、メシにしようか! 簡単なモノだけどすぐ作るから、待っててくれよな!」
いくら異世界とは言え、山の中だ。人によっては何もないところだと思うかもしれない。実際、まだ悠は此方の世界のことは何も知らない。どんな文明があるのかも、どんな建築物があるのかも。娯楽なんてない場所だし、衣食住さえ自分で作らなければ保証されない。
それでも、地球に居るよりもずっと満たされていた。
自分の趣味が生き抜くための力となるこの世界で、今日も彼は生きていく。




