第十二話:カルパッチョ
「あ……! おかえりユウ、カティア!」
しばらくして。服を乾かした悠とカティアは、予定よりも若干遅れてクララの待つベースキャンプへと帰還した。
心細かったのだろう、二人の姿を確認すると、わかりやすく顔を綻ばせる。
微笑む二人の表情が誇らしげでいるのを見ると、クララの笑みも一層強くなった。
「えへへ、どうだった?」
「大漁! ……とまではいかないけど、今日は腹いっぱい食べられるぞ!」
悠の言葉に追随するように、カティアは木で編んだ籠を突き出した。
その表情は悠よりもなお誇らしそうで──ほぼない──胸を突き出している。
「見ろ、これが成果だ! フッフッフ、自分で食糧を調達するというのは、中々楽しいものだな……っと、すまない、降ろさないと見られないな」
ほんの昨日まで餓死寸前だった自分が、場所と方法を示されたとはいえ食材を調達出来たのが嬉しかったのだろう。
クララの元に腰を降ろし、籠の中身が見えるよう籠を下げるカティア。
クララの視界に降りてきた籠の中にあったのは──
「わあ、バブリンだ! 三匹も捕まえるなんて、凄いよ!」
同じ種類の、三匹の魚達。どことなく間抜けな顔をした、泡を出すあの魚だ。
奇しくも悠とカティアが獲ったのは同じ魚だった。内訳は悠が二匹、カティアが一匹だ。
「バブリンっていうのか、コイツ」
「うん、淡白だけど焼くと美味しいよ。臆病で危険が迫ると泡で姿を隠してからすぐに逃げちゃうんだけど……よく捕まえられたなあ」
その名前を聞き返すと、クララは『バブリン』という魚の情報を悠達に語る。
クララにとっては地元の魚だ、異世界に来たばかりの悠はもちろん、世間知らずな傾向のあるカティアよりも詳しいらしい。
「焼く以外の調理法ってあるか?」
「んー……あんまり聞かないかな。揚げ物とかすると、油を吸っちゃってべちゃべちゃになっちゃうらしいんだ。あ、でも蒸し焼きなんかは火が通りやすいって」
それならばとその食法についても情報があるはずと追加で質問を投げかける悠。
返ってきたのは「あまり食べ方にバリエーションがない」という事だった。
悠はそれを聞き、顎に手を当て、考えを巡らせた。
唸ったり、何かに気づいて表情を曇らせたり──百面相の後やがて思考に決着をつけると、悠は指を鳴らす。
「……ちょいとリスキーかもだが……ダメ元で試してみるか」
「おお、何か良い案が浮かんだか」
「まあダメだったらすぐやめるけど。その場合、無難なメニューになるかな」
悠の作った焼き肉を食べたカティアは、既にその料理の虜だ。期待を寄せるカティアに苦笑してから、悠は早速調理に取り掛かった。
ついてきたがるカティアを伴って川へと移動した悠は、カティアの持つナイフを借り、手際よく魚をさばいていく。
「手際が良いな。一流の料理人のようだ」
「慣れれば誰でも出来るさ。手順を覚えればそんなに難しいもんでもないよ」
その手つきに躊躇いもせず感心のため息を吐くカティアは、まるで魔法でも見るような顔をしている。この程度で感心されるとなんだかむず痒い。面映い心地ながらもそれを口にはせず、悠は作業を続けた。
「大きい肺だな。これで泡を出してたのか」
基本的な身体の構造が地球の魚と同じ故に、手際よくバブリンをさばいていく事ができた悠だが、その身体にナイフを走らせるたび見つかる発見に吐息を漏らす。
泡の素となっていただろう大量の空気を溜めておく肺。そして、開閉出来るであろう微細な孔の数々。
揚げ物に使うと油を吸ってべちゃべちゃになってしまう、というのはこういうことかと感心する。体中に開いた細かな孔が油を吸ってしまうのだろう。
「……ちょっとグロいな」
「どうした?」
「いやこっちの話」
その孔が作る紋様に、とある花の花托を思い出してしまい、悠は苦笑する。人によっては嫌悪感を与える形状を敢えてカティアに見せることもあるまいと、悠は質問に答えることなく受け流す。
作業に戻った悠は、一つの生態に感心するのもそこそこに、二匹目を捌き終えた。
その二匹を分け、最後の一匹を石の上に乗せる悠。
目つきを鋭くし、集中する悠の姿にカティアは僅かな違和感を覚えるも、その集中を邪魔しないようにと首を傾げるだけで言及はしなかった。
「(……やっぱり。よーく見ると『嫌な感じ』がする)」
作業を優先して知的好奇心を後回しにした悠も、三匹目が放つその『嫌な予感』だけは無視することはできなかった。
違和感の元はカティアが獲った、比較的小さめなバブリン。この一匹だけに、ごく僅かな『食用不適』のオーラを感じたのだ。
個体によって毒を持っている。メイルクラブの卵に毒があった事を思い出しながら、悠は最後の一匹へと包丁を走らせていく。
だが、悠はこの一匹だけが毒を持っているとは思わなかった。それよりも、メジャーな確率に思い当たりがあったからだ。
「(やっぱり寄生虫かあ)」
切り分けた身の中に見つけた『予感の素』は、注意深く見なければ見逃してしまいそうな、糸の切れ端の様な生物だった。
悠の予感通り、寄生虫である。その蠢きと同じように弱々しい『予感』ではあるものの、食用不適であることを語っていた。試しにそれを取り除いて見ると、『予感』は僅かに弱まった。どうやら、他にもひそんでいるらしい。
やっぱりこっちの世界でも居るよなあ。悠は心中でひとりごちた。
「……? どうした、やはりおかしいぞユウ。何か不都合があったか?」
「いや、本当なんでもないって。ちょっと疲れでボーっとしてただけだ」
集中を強めた悠の様子に、黙っていられなくなったカティアは再び問いを投げかけた。
だが悠が返すのはやはりなんでもないという否定だ。
……初めて狩りで獲物を得たカティアの喜びに、水を指したくなかったのである。
「(まあ、取り除けば問題ないしな。取り切れない分は──よし、叩いて予定通りつみれにしちまおう。残りの二匹は無事にアレができるな!)」
それに、寄生虫なら取り除けば問題はない。せいぜいその程度の話だったからだ。
試しに寄生虫を殺してみると、予感は引いていった。どうやらアニサキスの様に内臓へ物理的なダメージを与えるタイプの寄生虫らしい事を確認すると、悠は別段気にすることもなく調理を再開した。
そうなると、今度は一転して鼻歌交じりになる悠。コロコロと変わる悠の様子に、カティアは呆れながらも何処か楽しそうに息を吐き出した。
「(しかし、すげえ能力だ。まさか寄生虫の有無まで判るなんてな。本当にとんでもない能力に目覚めちまったもんだ)」
しかし悠が上機嫌なのは、予定していた料理が作れるからというだけではない。
自身が手に入れた能力の素晴らしさを再認識することが出来たからである。
寄生虫は、野の生物の肉を食べる上では避けては通れない問題である。注意深く観察していても時折『当たる』ものだ。調理の際に気を払うことで避けることが出来るとはいっても、それには労力も時間も要する。
本来必要なコストをある程度無視し、かつ安全に肉を食べることが出来る。何度か痛い目を見ている悠にとって、これはあまりにも画期的と言えた。
それだけではない。この力さえあれば──遭難中、サバイバル中というこの状況において、禁忌とさえ言えるとある料理を作ることが出来る。
「へへへ、今日の飯は期待してていいぞ~」
「おお! それは楽しみだ……! ユウの料理は、美味いからな!」
「ありがとな。んじゃ、キャンプからガリカの実だっけ? アレと油を取ってきてくれ」
「任された!」
悠はカティアに備蓄の食糧を持ってくるように要請する。
軽い足取りで姿を消したカティアを確認すると、機嫌を良くした悠の鼻歌に、小刻みなナイフの音が交じるようになったのであった。
◆
「おまたせ! 出来たぞクララ、カティア! といっても、後の一品は食べながら完成を待つ形になるけどな」
調理を開始してから時間が立つと、とある料理を完成させてきた悠がやってきた
その顔は先程から続く快活な笑みだ。
「おかえり!」
「ああ、ご苦労様、ユウ!」
キャンプに待機していたクララと、此処から先は手伝うこともないからクララと居てやってくれと一足先にキャンプに帰ってきたカティアが悠を迎え入れる。
二人は心なしか──いや、明らかにテンションが高い。
それというのも、料理が『自信作』であることを、他ならぬ悠自身がカティアに告げていたからだ。
「いやー、まさかこんな上手く行くなんてなあ。今回のはかなり出来が良いぞ」
期待が高まっている所に、帰ってきた悠がホクホク顔で言うものだから、二人の期待は最高潮である。
クララもカティアも、女の子だ。できれば自分を淑やかに見せたい気持ちがあり、はしゃいでしまいそうなのを抑えるのに必死だった。
葉の皿に乗せられた料理は、二人の位置から伺うことは出来ない。立ち上がって見たい気持ちを抑える二人の姿は、おあずけをされた犬のように映った。
「まあまあ焦るない。まず普通の方から出そうか。つみれ汁って言うんだけど知ってるか?」
悠は料理に期待する者を焦らして楽しむ趣味はない。まずはと焚き火に置いたのは、すり身を入れた弁当箱(加熱可)、つみれ汁だった。
「これは……魚のすり身か。それを汁物に?」
「丸いすり身は初めて見たかも。汁物にするっていうのも……」
「お、知らないか」
二人の反応は『自信作』への興味と未知への興味の半々だ。
『つみれ汁』はどうやらこの世界ではポピュラーでは無いようだ。焼き肉を知らなかったことと併せて、アジア系の料理には親しみがないのかもしれない、と推測する悠。
すり身になってしまえばバブリンにも異世界っぽい要素はなく、見た目は日本のつみれ汁そのものである。多分味の方も似てくると悠は予測していた。外見は強く食欲を誘う類のものではないが、火が通って食べられる段階になれば彼女たちもきっと気にいるだろう。
まじまじとつみれ汁を見つめる二人だが、悠はそんな二人をよそに不適な笑いを漏らす。
悠の笑い声で、クララ達も思い出した。これは『普通の方』──自信作は、悠の持つ皿の上にあるということを。
「そ、それで自信作とは一体どのようなものなのだ?」
「早く教えてほしいなっ」
この二人、中々結構食いしん坊なのか、期待はもはや限界値を突破しているようだった。
その期待に答えるように、悠は高らかに宣言する。
「ならばとくと見よ! これが我が自信作……『山海のカルパッチョ』だ!」
ギャルソンの様に流麗な動きで皿を二人の眼前へと下ろす。目を輝かせてクララ達が覗き込んだ、その先。そこに載っていたのは──そう、カルパッチョであった。
白いベールが控えめに己を恥じらったかのような、バブリンの刺し身が描く白と淡いピンクのコントラスト。そこに緑がかった実が砕かれて乗せられ、金のバレッタの様な柑橘系の皮と共に艶やかな果実油が彩る──山で見る機会はないであろう、繊細かつ美しい見事な前菜だ。
ドレッシングは果実油と、すりおろしたガリカの実──辛味はないもののニンニクによく似た臭い──に柑橘系の実の汁と削った皮を加えたもの。バブリンの僅かな臭みを消し、旨味を引き出す最高のものだ。
山の中でこれほどの料理を作るのは、容易いことではあるまい。見た目も匂いも、共に改心の出来。悠は、自慢げに一つ鼻息を吹き出した。
「え……えと……」
「まだ完成はしていない……んだよな?」
だがクララとカティアから返ってきたのは、暗い隙間を覗き込むような、恐る恐るの質問だった。
「ん……あれ……? これで完成だけど……?」
予想とのあまりの温度差に、悠は目を点にして冷や汗を浮かべる。
おかしい。こういうキラキラ系の料理は若い女の子にウケがいいのではないのか。
急速に場を包むやらかした感に、視線はクララとカティアを行ったり来たりする。
やがて、口を開いた二人から飛び出したのは──
「これから火を通すのではないのか!? い、いや確かに食べながらツミレの完成を待つと言っていたか……」
「な、生はダメだよユウ! お腹を壊しちゃう!」
困惑と心配。昨日合流したばかりのカティアはともかく、今まで食事に対して意見をすることがなかったクララも慌てている様子に、一瞬だけ悠の思考が停止する。
……だが、少し考えてみればその理由は悠にも分かった。
先程の思考もそのヒントになっていた。アジア系の食べ物に親しみがないと言う点だ。
魚のカルパッチョ。つまり──刺し身。それはまさに、諸国で受け入れられづらい日本食の代表の一つであった。
「ああそうだよな、刺し身がなくても当然か……!」
加えて言うのならば、カティアやクララのファンタジー然とした格好を見れば、この世界の文明レベルは中世辺りに準ずる独自な文化と想像できる。
そもそも生魚を食べるというのはハードルが高く、衛生的な学問の進んでいない世界では『何故生魚は危険か』も詳しくわかっては居ないだろう。
二人の反応も、まさにそこからくる──生魚への強烈な忌避感が現れたものだった。
ついでに言うのならば、生の魚は独特の臭気を感じさせるものも多い。この中世風の世界では、刺し身はまさにゲテモノの代名詞とも言える存在だったのだ。
「うわー……悪い。ちょっと考えが足らなかったわ」
悠はそこを失念していた。美味しい料理が安全に食べられるという点で、異邦の倫理観を忘れていたのだ。
地球でも宗教や衛生的な問題から、他の国ではポピュラーな料理を禁忌とする国も多い。二人の反応は、悠にここが異世界であるという実感を湧き上がらせるのであった。
「うーん、どうしようかな。じゃあ俺はこっちを食うから、二人はつみれ汁だけで済ませてもらうか?」
しかし、悠にカルパッチョを食べないという選択肢はない。
「危ないよ! こんな山の中でお腹を壊したら、大変だよ!?」
普段控えめなクララの、飛びつきかねない程の説得に、思わず苦笑いが浮かぶ。自分の身を案じてくれるのは嬉しかったが、刺し身に対する扱いが酷かったのがなんだかおかしかったのだ。
しかし知らないのならばそういうモノかと悠は思う。能力があるから安全だと判るけど、俺もサバイバル中に刺し身が出てきたら流石に怯むし、と怒りは湧いてこなかった。
「絶対大丈夫。俺の力についてはある程度話したろ? 健康の心配はないし、むしろ生魚を食べられれば栄養的に心強いしな……っと」
「あっ……!」
クララの静止を振り切り、バブリンのカルパッチョを一切れ口へと運ぶ悠。
此方へと手を伸ばす二人をよそに、悠は白身を口へと放り込んだ。
……味よりも先行して駆け抜けた匂いに、ふと息が漏れる。
柑橘系の爽やかな香りに、行者にんにくに似たどっしりとした主張が構えている。そこに魚の生臭みはなく、海の芳香が従者に守られるようにして奥深くに鎮座していた。
一度身に歯を食い込ませると、歯を迎え入れたのはシャッキリとしたシャープな食感。確かな抵抗を感じさせつつも、一度沈み込んだ歯は軽快に走る。これは、身に細かな孔が開いているためだろうか。
そうして白身を噛み砕いていると、淡白ながらも華美な旨味が溢れてくる。鯛によく似た見た目の期待を裏切らない、僅かな甘みさえ感じさせる繊細かつ上品な味。
どこか豪快だったこれまでの食事に比べ、これはまるで手の込んだ芸術品のようだった。全ての要素が複雑に絡み合い、味の次元を高めている──
自分で作った料理ながら、悠は高級なレストランで食べる食事と遜色ないと感じていた。実際悠の捌き方は見事で、カティアから借りたナイフの鋭さもあり、細胞を押しつぶさずに身を立てた刺し身の断面は見事であった。
「うまい」
料理が高次元だからこそ、出力される感想は簡素なものだった。
しかし短いからこそ──ソレがどのようなものであるかを、雄弁に語る。
「お、美味しい……の?」
「う……むぅ」
ガリカの実の力強さに負けないバブリンの旨味、くまなく入った孔による魅惑的な食感、そして臭みを消して匂いを引き立てる柑橘系の香り。
その完成度は、クララの問い掛けにこう答えさせる。
「美味い。……もしよければ、試してみないか?」
大事なことなので二回言いました。多くは語らず、ただわかりやすい答えを。そしてそれを試してみろと。
押し出すように皿を差し出すと、クララとカティアが同時に身じろぎをする。
ごくり、とつばを飲んだのは、尻込みしたというのもあったが──それ以上に、信頼する悠が見せた満面の笑みが、食への興味を掻き立てていた。
「わ、私はユウを信じるよっ」
「私もだ!」
もう、二人にはそのカルパッチョが先程まで悠が見る嫌な予感のような──渦巻く暗黒の瘴気を纏っているようには見えなかった。
どころかよく見ると実に美しい。躊躇いながらも二人は顔を見合わせて、カルパッチョを口へと運んだ。
示し合わせた様に目をつむり、綱渡りをするように緩慢な動作で刺し身を咀嚼していく。
「!」
「っ」
目を見開くのもまた、同時であった。
「んむぅ……っ」
「これは──!」
その驚愕が良いモノであるということを、悠は確信していた。
「ちょうどよい塩気にほのかな脂の甘み……! なんて繊細な味わいだ……!」
「全然生臭くもないよ! むしろ綺麗で、いい匂いっ」
たまらずと言った様子で飛び出す称賛の声に、悠は満足気に腕を組んだ。
「へへへ、改めて言おう。これは魚のカルパッチョって言うんだ。元は魚料理じゃないんだけどな」
文化の違いを超えて料理を受け入れてくれた事に、思わず心が暖かくなる。それは自分自身をもみとめてくれた様な気がしたからだ。
事実彼女たちもこれが悠の料理でなくば、彼自身の反応を見ていなければ、手を付けようとはしなかっただろう。自分を認められた気がした、というのは決して間違いではない。
「むう……まさか生の魚がこんなに美味いなんて。お腹が減っていても食べられないくらい生臭いものだと思っていたのだが」
「それどころか、とてもいい香りだよね。どんどん食欲が湧いてくるみたいな……」
「ソースが良いのか? デボナ……柑橘系のフルーツと魚の相性がここまで良いとは」
生魚の味はどうやら大きな衝撃を与えたらしい。信じられないことが起こったという驚愕を隠しもせず、二人は意見をぶつけ合うように味を分析している。
白磁の様な肌に朱が差している様を見ると、よほど興奮しているようだ。
二人の喜びを見て、悠は穏やかな微笑みを浮かべる。
新しい料理の発見は、新しい星の発見よりも人類を幸福にする──という言葉がある。悠はその言葉を尤もだと思っていたし、何よりの趣味は新しい味覚を発掘する事だった。
……とはいえ、それは現代ではともすれば食い意地が張っているだのと、鼻で笑われがちな嗜好である。笑われる事を苦痛と思ったことはなかったが、それでも。
「いや、この味を知らずに老いてしまうと言うのは恐ろしい事だな。ユウ、礼を言う」
「この美味さがわからないなんて人生を損してる……なんて言うけど、本当だよね。美味しかったよ!」
それでも、その気持ちを共有できるのは、とても素晴らしいことに思えた。
「……ああ! そう言ってくれると、こっちも作った甲斐があるよ」
見知らぬ世界で孤独を感じたこともあったが、少なくとも今は喜びを共有できる仲間がいる。悠は上手くその気持ちを言語化することはできなかったが、知り合いの居ない世界で確かな仲間の存在を感じられるのは、嬉しかった。
「さあ、まだつみれ汁もあるからな! どんどん食ってくれよ!」
ついつい気のいい飲み屋のおっちゃんの様になってしまう悠。まだまだそのジョブに就くには人生の経験値が足りていないが、こうなってしまうのも仕方のないことだろう。
山の中でのささやかな宴は、魚介を肴にして進行していくのであった。




