第九話:焼き肉を食べよう
どれくらいそうしていただろうか。いや、あまり長い時間ではあるまい。
疲労困憊の息を荒々しく吐き出しながら、悠は天を仰ぐ。度々美しいと思っていた木漏れ日も、今はぼやけて何処か遠い場所のように感じる。
「──っはぁ! はっ……やったぞ……!」
強敵を打ち倒した悠は、ただ勝鬨を上げていた。
ただ疲労感に意識を落とされぬよう、気を強く保ちたかったのだ。
そうして上げられたのが、息を吐き出すかのようなか細い勝鬨だ。暴君を討ち取った鬨の声には少し小さすぎるものだったが、その叫びは確かに悠の身体を奮い立たせていた。
見下ろした地面には、狂暴な山の王が痙攣しながら血を吹き出させていた。グロテスクな光景だが、不思議と悠はこの光景に畏れを抱かなかった。
命を奪うというのは、案外難しいものだ。慣れているものでなければ──言い方は悪いが、殺される事が決まっていた家畜の命を奪うのだって、強烈な罪悪感に苛まれるだろう。
牛や馬が血を吹き出して痙攣している様は命が失われていくのを感じさせるし、どうしようもない切なさも思い起こさせる。実際に悠も最初に鹿を締める様を見た時には残酷だと思ったし、害獣であることを念頭においても罪悪感のようなものを覚えたものだ。
それでもこの山の主に対して、罪悪感を覚えなかったのは──殺さなければ殺される、自然の輪の中に組み込まれたからであろうか。
「ふぅー……」
命を奪った自分に対して、思いの外ネガティブな感情を抱いていないことを確認する頃には、荒れた息も落ち着いてきていた。
地面にはおびただしい量の血が広がっていて、ディアルクももう動かない。
勝ったのだ。その事実をようやく理解すると、今度は別の疑問が湧いてきた。
「そうだ、この剣……!」
ディアルクへの致命的な一撃を実現させてくれたこの剣を与えてくれたのは誰か、ということである。
強靭な毛と皮と筋肉を持つディアルクにダメージを与えるのは、石斧では適わなかった。まして徒手ではどうしようもなかっただろう。この剣がなければ、悠もクララも、死んでいた。
『詰み』の状況を救ってくれた剣の持ち主は、悠にとっては救世主だ。
せめて一言礼を言いたいと、辺りを見回す悠。すると、がさりと、落ち葉が音を立てる。
「!」
集中状態がまだ残っているのだろう、悠は驚くべき反応速度で音の発生源へと振り向いた。
そこにいたのは──地球人的な悠の感覚では一言で表しづらい衣装に身を包んだ、少女であった。
まず目に入ったのは、頭に載せるようにかけられたベールだ。そこから、山の中ではまず目にかかれない貴金属的な輝きを放つ金髪が垂れている。
身を包むのは、タイトな修道服……風の服だ。身体のラインを露わにした黒い衣服は腰の下あたりで裾になっており、その下からはスパッツのような──光沢のあるインナーが、腿の辺りまで伸びていた。
山の中ではあまりに異質な衣装に面食らう悠が、数秒を要して浮かべた例えは『戦うシスターさん』だ。
原始的な生活に、いきなりファンタジーの住人が現れたことで、悠は驚いていた。だが、それよりも驚いたのは、現れた少女の幼さだ。
まず、身長が小さい事が気になった。悠には少女の身長が正確にはわからなかったが、百五十センチくらいだろうか、と思い浮かべた。
実際その通りで、少女の身長は地球で言えば──上げ底の靴のぶんを除いて──百四十三センチであった。上げ底の靴を足して、ジャスト百五十センチだ。
顔も、その身長に見合う位に幼い。
せいぜいが中学二年生位といったところだろう。悠は童顔に見られやすい日本人の感性を持つ自分がそう思うのだから、少女の実年齢はもう少し下かもしれないと思った。
そんな少女が──何故、こんな山の中に?
考えていたお礼の言葉もすっ飛んでいた。悠の頭のなかにあるのは、混乱と、疑問だけになる。
「あの……」
それでもなんとか、悠は剣と命の礼を伝えようとする。
……だが、少女が一歩を踏み出すと、また別の思考が悠を支配した。
「あ、ちょ、おい!?」
少女が、片方の脚を前に出すと同時に、風に吹かれる小枝の様に揺れたのだ。
少女の身体はそのまま地面へと引かれていき──悠が慌てて駆け寄るも、その体を抱きとめることは叶わないだろう。
悠はスローになる景色、コマ送りの動画の中で、確かに聞いた。
「腹が……減った……」
その少女が言い残した、最後の思いを──いや、最後ではないのだが。
がさり、と乾いた落ち葉に抱きとめられる様に、少女は地に臥した。
「え、えええええぇ……?」
残された悠は、困惑を強めるばかりである。
巨大な獣に襲われるもののあらゆる要素を駆使してそれを打倒し、恐らくこの大討伐の立役者となった少女が現れたと思ったら、少女が倒れる。
生きている以上は放っておけないが、どうしたものか──
その答えは、直ぐに出ることになった。
悠の視界には、倒れる少女ともう一つ。
自分が討ち取った巨大な鹿のような魔物があったのだから。
◆
ディアルクの討伐からしばらくが経過して、夜が訪れた。
山の夜は早い。日本にいればまだ夕方位の時間ではあるが、もう辺りは真っ暗だ。
そんな山の中に、ぼうとした火に照らされて浮き上がった部分がある。
「ううう……ユウが無事で良かったよお……」
涙で潤んだ声を出すのは、戦いの傍らで悠の無事を祈っていたクララである。
悠の安全を確認したクララは脚を怪我しているのも忘れて飛びつこうとした程だった。
その際にも今と似たような事──悠の無事を喜ぶ内容の声を上げていたのだが。
「ははは、もう何回目だよそれ。大丈夫だって」
この言葉を繰り返すのはもう何度目か。流石の悠も苦笑が浮かぶ。
「だってえ……私なんか置いて逃げればよかったのに、あんな事するからぁ……」
「結果、ふたりとも助かったろ? あとなんか禁止な」
「あい……」
よほど自分のために悠が死ぬという可能性を受け入れられなかったのだろう。クララはこうして、先程の事を思い出しては泣いている。
自分以上に大切に思われている、というクララの気持ちは嬉しかったが、悠は初めての──恐らく、普通に生きていたらしないであろう経験に、戸惑っていた。
結果、こうして『私なんか禁止』を持ち出してクララを宥めるしかない。不等号を向かい合わせるように目をぎゅっと瞑り、勢い良く鼻水をすすっているクララを見ると、少なくとも怒る気にはなれない悠なのであった。
しかし、そんな空気を吹き飛ばす準備が悠にはあった。
「よし、デキタゾ……!」
それが──今日の夕飯である。いつもよりたっぷりと時間を掛けてこしらえた成果を葉の上に盛り付ける。あとは火にかけた石──岩と呼ぶ人も居るであろう大きめのもの──が熱されれば準備完了なのだが……
「うん、石の方も良さそうだ。……メシだぞ、クララ!」
石の熱され方も、いい塩梅のようだ。これで、ようやく食事にありつくことが出来る。
今日の晩御飯。それは──
「え? ……でも、まだそれ、生だよね?」
「やっぱりそんな反応だよな。クックック……いかにも、生だよ。けどこれはな、焼きながら食べるんだ!」
焼肉。嫌いだという者を見つけるほうが難しいであろう、肉の食べ方の大正義である。
今日の夕飯は、そう。ディアルクの焼き肉である。
一日の殆どをかけて悠が用意していたのは、この焼肉の準備だった。
まず大変だったのは血抜きだ。ディアルクの巨体を吊るすのは現代の知識と、新しく身についた怪力を持ってしても大変な労力を必要とした。
また、解体の方も慣れない作業で一筋縄では行かなかった。とはいえ、悠は鹿ならば解体を手伝った事がある。その経験がなければ可食部を綺麗に切り取ることは出来なかっただろう。
悠のそばにある肉の山は、そうして出来上がっている。寄生虫等のリスクも考えて出来る限り薄切りにした肉は、火に照らされて妖しいまでに美しく煌めいていた。
今のところは激しい獣臭もなく、程よく差し込まれた脂は霜降りのよう。……盛り付けた肉を冷静に分析する悠だったが、さすがにそろそろ我慢の限界のようだ。
薄切りにし、岩塩で揉んだ霜降りの肉。それを前にして空腹を我慢できる者は中々いないだろう。だが、悠には最後に一つやることがあった。
「おーい! 起きれますか! おーい!」
それは、そのディアルクを仕留める際に──あとついでに解体する際に──使用した剣を貸してくれた人物を起こすことである。
腹が減ったと言い残して倒れた少女は、まだ目覚めてはいなかった。このまま起きなければ、危ない事になるかもしれない。恩人に食事を振る舞いたいという思いの外にも、そんな危惧があり、悠が少女に呼びかけるのももう何度目かわからなかった。
……しかし、少女が起きる気配はない。
洗ったとは言え生肉を揉んだ手にはまだぬめりが残っているので、触るのも憚られた。
「ダメか」
「起きないね……」
謎の少女が命の恩人というのは、クララにも話している。
残念そうな声を重ねると、二人の間に微妙な沈黙が流れる。
「お肉を焼いたら、起きないかな?」
「はは、そうだといいな。ジタバタしても仕方ないし、とりあえずメシにしようか」
もしも少女が目覚めなかったら。それを考えるのが怖くて、二人は思考をそらすように食事を摂る事にした。
良く熱した石に、ディアルクの脂を敷いていく。熱された石の上に脂はするりと溶けていき、香りを立ち上らせる。木の実のような甘い匂いに期待が高まった。
準備を整えた悠は、ついに木の棒を削って作った箸で肉を持ち上げる。……細かにめぐらされた脂は、『山の主』たるディアルクの食生活が如何に豪奢であるかを物語っていた。
味は分からないが、少なくとも栄養はあるだろうと悠は最後の分析をする。
それを、焼き石の上に乗せると──
「おおお……! いい音……! これだよ!」
石が肉を焼き、脂が爆ぜる豪快な音が響き渡る。
聞き慣れた、しかし久しぶりの音に、思わず悠の声が興奮に上ずった。
「んー……! いい匂いだね!」
次いで立ち上るのは、肉の焼けるあの匂いだ。よく熱された石は薄い肉へあっという間に熱を伝えていく。ものの数秒で下にした面が焼け、メイラード反応を引き起こす。
水分と脂分に乗って鼻へと匂いが到達すると、食欲がぶん殴られたかのように湧き上がった。空腹の限界を更にブチ破るような感覚だ。限界を超えて、腹が減る!
「も、もういいかな」
「大分薄く切ったからな……よし、行ける!」
鍛え抜かれた調理の経験が、悠に『そのタイミング』を見極めさせた。
焦げるでもなく、生でもない。どちらかと言えば生によった、最高の焼き加減は香しい香りと至上の柔らかさを両立させている。『死んだ生物』であるはずの肉は今、一気に『活き』、料理として産声を上げた。もはや、その存在に抗える者はいないだろう。
「それじゃあ──」
「いっ……いただきます……!」
当然、それはこの食いしん坊二人も同じだった。
ほぼ同時に、悠とクララが薄切りのロース肉を口の中に収めた。
悠はガブリと、クララははむっと。同じモノを食べるにも、二人の仕草は対照的である。
絶妙な塩加減、そして山の栄養を独り占めにする王者の肉。
その二つが合わさった時──
「……!」
「!!」
二人の反応は、全く一緒だった。
「うっまあああ! 何だこれ……っ!」
「美味ひぃぃぃ……!」
味を分析するよりも先に、口の中で爆発した旨味が一気に体中を駆け巡り、言葉として出てくるような──思考を染め上げるような抗いようのない旨味に、悠とクララは悲鳴をあげた。
肉、肉、肉。肉だ。噛む度にじゅわりと脂が溶け、流れ出た脂は舌の上で旨味となって弾けだす。まるで濃縮していたモノを元の質量に戻すかのような旨味の爆発。味付けが塩だけというシンプルさ故に、その味は百パーセントで悠達の舌に伝わった。
『誘引』の能力で悠を餌として見ていたものの、本来ディアルクの主食は草食である。そのためか、雑食ではあるものの肉の『臭み』はまったくなかった。しかし、噛む度に溢れ出る力強い『香り』がある。それは今適切な焼き加減を得て、芳香として主張していた。
味の方は、野性味を感じさせる力強い味わいだ。だが、その脂の旨味はスゴい。甘く、それでいてクドくない、肉の理想だ。さらりとした質の脂は適切に火を通されることで程よく溶けかけており、口に残らない。その旨味は飽くまでも爽やかで、力強く、贅沢だった。悠はまるで山の幸を集めに集めて絞った一滴のようだと感じていた。
それだけではない。このディアルクの肉は、悠達が久々に摂る『脂』だった。山での食生活は、基本的にキノコや野草など、脂分の少ない食事になる。ぱさついていた身体へ一気に水が染み渡るような──欠けていたモノが満ちる感覚は、パズルのピースがハマったような充足感に導いていた。
気がつけば、悠とクララは、恍惚としていた。無意識の内に美味を叫んだ身体は、一瞬たりともその甘美な感覚を逃さぬようにと、味に集中していたのだ。
喉を鳴らして肉を呑み込む音で、ようやく二人は正気に返った。
顔を見合わせ、涙すら滲ませて。
「なにこれすっごく美味しいよ……! こんなの初めて……!」
「俺もこんなの初めてだぞ……考えるまでもなく、今までの肉と比較にならねえ」
『肉』は人類史で見ても、ポピュラーな食材と言えるだろう。それ故に、二人共肉を食べるというその事自体は珍しいことではなかった。
だが、口を揃えた様に、二人の感想は同じ『こんなのは初めて』だ。
今までの記憶を塗り替えるほど、その味は鮮烈だった。
「も、もっと食べようよ! まだたくさんあるし……!」
「そうだな! 次はモモだ!」
そして、その新しい経験はまだ終わっていない。
次に焼き石の上へと乗せたのは、ディアルクの腿の部分だった。
この部分はよく使っているためか、全体的に脂の乗ったディアルクの中でも比較的脂の少ない部分だ。赤身肉の良さがギッシリと詰まったモモ肉は、悠の好物の一つである。
……だが、悠は後悔していた。ディアルクの旨味は脂の部分に集約されている。脂の少ないモモの部分は淡白だろうと分析していたのだ。これならばロースの部分を後に回し、より淡白な部位から食べ進めていくべきだったろう。
「まだかなまだかなー♪」
「ハハ、すぐだよすぐ」
石の上の肉が快音を立てるも、悠はリズミカルに身体を揺らすクララほど、次の一口を楽しみには出来ずにいた。それでも、当然その『未知の味』には興味は尽きない。先ほどと同じように、肉が焼きあがると、クララと同時に口を含む。
悠は──油断していた。脂の少ないモモ肉は、霜降りのロースには及ばない。
そんな、肉の初心者の如き勘違いをしていたのだ。
「……ッ!」
その部位を口に含むと──悠は叫ぶのではなく、唸った。
そのギッチリと詰まった肉質に。噛むたびあふれる生命のエキスに感服した。山の王がその輝く角の次に信頼する宝物が、つまらぬものであるはずはなかったのだ。
旨味を押し込めて、押し込めて、束ねたような繊維質。しかしそれらは挟み込まれた脂が溶けることによってほつれ、噛みしめる度に解けていく。今度は逆に、脂がその肉の美味さを引き立てていた。
ディアルクの赤身には、強烈な旨味のエキスが封じ込められていた。煮立てれば濃厚なダシさえ取れよう、純粋な旨味。それを、上品なソースの如く甘い脂が彩っている。
悠は自分を戒めた。先入観に惑わされてただ漠然とそれを口に運んだ自分の愚かさを。
「うめえ……」
「まさか山に遭難して、こんなに美味しいごはんが食べられると思わなかったよ……」
クララの言葉に、頷く。
この味は、悠の人生の中でも間違いなく三指には入るだろう。いや、一位さえも十分にありえる味だった。それ故に、悠は解せない。
『食品』として品種改良を重ねられた高級な肉牛に勝るとも劣らぬ完成度の肉が、自然界に存在していることに。
「どうしたの? 次、焼かないの?」
お預けをされた犬のように悲しげな声がかかることで、悠はその思考から戻ってくる。
「あ、いや。焼くけどちょっと気になったことがあってさ」
「どんなこと? ひょっとしたら、私が知ってるかも!」
ひょっとしたら力になれるかも知れない。そんな期待を抱いて、クララはみぞおちの辺りに手を置いて、任せろというジェスチャーをする。
本当に頼られるのが好きなんだなと思いながら、悠は疑問を打ち明けた。
「いや……なんて伝えたらいいのかな。あんなに力強い動物が、こんなに柔らかな肉質なのがヘンだなって思ってさ。基本的に、強い動物ってまずいから──」
その疑問は、ディアルクの肉質についてだった。
通常、筋肉が発達した動物の肉は、不味い。好みはあるだろうが、筋肉質な動物の肉は筋張っていて食用には向かないのだ。
食肉の世界では、常識と言える知識だ。狩人が居るような文化に所属しているなら、ある程度は肉に対する知識もあるだろう。だが──
「……? なんで?」
クララは、当たり前のようにそれを話す悠に対して、言っている意味がわからないと首を傾げた。
あまりにもすんなりと疑問に疑問を返したクララの様子に、悠は根本とする常識が違う事を感じる。お互いがお互いの疑問をわかっていない。そのまま話が終わってしまいそうな沈黙が流れる。
だが、ふとクララは手を打った。
「……ああ、そっか! あのね、強い魔物はいっぱい魔力を持ってるから美味しいんだ……って、このあたりじゃ伝わってるよ」
悠が『この世界のことを教えてくれ』と言っていた事を思い出したからだ。
悠にとっての常識は、クララにとっての常識ではない。逆もまた同じだという事を、クララは思い出したのだ。
「ええと、魔力は全ての源なの。活力そのものとも言われてるよ。例外もあるけど基本的に魔力をたくさん持ってる魔物ほど美味しくて……だから、強い魔物ほどいっぱい魔力を持ってて、その分美味しいんだって。強ければ、他の魔物に食べられちゃう危険も減るから」
悠も、そのクララの説明で、ようやく理解する。
魔法が存在する世界には、魔法が存在する世界なりの理があるということを。
魔力は、旨味でもあるのだ。とりあえず、悠はそう理解した。
「なるほどな……ありがとう、クララ」
「えへえ、役に立てた?」
「ああ!」
クララに礼をすると、わかりやすくクララの顔がにやけた。
溶けるように脱力した笑顔は本当に嬉しそうで、悠まで嬉しくなってしまうほどだ。
だが、悠が嬉しいのはそれだけではない。
『強い魔物ほど美味い』という、この上なくロマンを感じる法則を教えられたからだ。
「(すげえなあ、多分ディアルクより強い魔物ってのもまだまだ居るんだろうな。……食ってみてえなあ)」
未知の味を追い求める悠にとって、冒険と食が結びつくというのは少年心をくすぐられる事実だった。
「ねえ……その、そろそろ続き、しない?」
悠の中に妄想の世界が広がっていくが、それもクララの言葉で打ち切られる。
確かにこの世界には未知の味が溢れている。しかしまずは目の前のごちそうを、新鮮な内に食べるのが大切だ。
「おう! じゃんじゃん焼くから、気になった部位があったら言ってくれよ!」
「うんっ!」
調子づいた悠は、どんどん肉を乗せていく。
『食』を追求するが故、ある意味必然とも言えるが、彼には焼肉奉行のケがあった。
焼肉という文化はまだこの付近にはないらしく、クララは何も言わず悠の熟練の焼き加減を楽しんでくれる。焼肉には大なり小なり個人ごとの『流儀』があるもの。長年の理論を最高の肉で存分に披露する機会に恵まれた今、悠はとても幸せだった。
だから、というわけではないが。大切な事を忘れていたのも、仕方がないことだろう。
焼き石に肉が乗せられ、三度凄まじく芳しい芳香が立ち込める。
最適なサシの入った肉が塩で引き締められ、焼き上げれられるその匂いは大いに悠とクララを楽しませたが──実は、この匂いに反応しているのは悠とクララだけではなかった。
「あ……う……にく……にくのにおい……」
まるで幽鬼のようなうめき声に、ゾッとする悠達。
特に、悠は肉を求め彷徨う映画ナイズな『ゾンビ』を連想し、肝を冷やす。
だがディアルクを倒した事が経験となったのだろう。
即座に気を引き締め、声の方向へと振り返る。
当然、そこにいたのはゾンビではなく──小柄な少女が、鬼気迫る瞳を向けていた。




