船上の一期一会
「あ、あの、もしかして、吟遊...。」
「うぉ」
声をかけられて振り向くと一人の少女が恐る恐るといった感じでこちらを見ていた。記録の様子を見られていたらしい。別段隠す必要もないのだが、吟遊詩人嫌いの俺としてはちょっと恥ずかしい。
吟遊詩人は国際資格だ。だが、これにはランクがある。最近のカメラと記録玉の発達のおかげで、下位のランクは大量にいる。結構、趣味で資格をとる人もいるくらいだ。ただ、このランクはほとんどの場合「吟遊詩人」とは見なされないくらいの素人だ。
カメラを使えば世界の記録は簡単で、特に意識するでもなく、魔素を捉えるレンズがついたカメラを構えてパシャッとすると一定の範囲の世界が記録玉に保存される。この記録玉を世界図書館にアップロードすればいい。ただ、カメラに写る範囲はベテランの吟遊詩人のよりずっと少ない。情報が少なくなるのだ。
カメラの使い方と、記録玉を世界図書館へアップロードできるだけの魔力があれば、このレベルの資格はすぐとれる。これは記録者の数を確保するための措置だ。"向こうの言葉"で言えばちょっとアクセス数のあるブロガーってところになる。または、故郷通信員。
中級以上はいわゆるプロだ。このあたりから世間に「吟遊詩人」として認められる。俺の嫌いな吟遊詩人はもちろんこっちだ。中でも吟遊詩人としての発言力の大きさや権力を傘に着て騒ぎ立てる勘違い連中は正直いって恥ずかしい。これは俺に限らず、一定レベルの"まともな"吟遊詩人にはそう思ってる人も少なからずいるようだ。
それとあわせて上級者になれば、国家機密レベルの情報を持ってることもあり、吟遊詩人を自称しない上級者も結構いる、と思われている。
ちなみに本物の超一流の吟遊詩人となると、もはや伝説というか、物語の世界の英雄級で、子供の憧れでもある。これはこれで「俺って勇者だぜ」って言っているようなものだ。そういう意味でも、普段から大声で吟遊詩人を自称してるとすると、ちょっと痛い子な感じがするのだ。
あまり上級吟遊詩人との交流がある訳じゃないし、上級の吟遊詩人業界の本当のところはよくわからんが、まあ、少なくとも俺は積極的に吟遊詩人を自称しようとは思わない。
そんなわけで、彼女になんと答えたものか、一瞬言い淀んだ。それを見て、声をかけた少女のほうがハッとしたように口をつぐんだ。
「あ、いえ。なんでもないです。す、すみません」
うーん?何だろう?何か勘違いされてるっぽい。ひょっとして、特殊な任務中の上級者と思われたとかだろうか?
実は、現代の吟遊詩人にそんな仕事が来ることはほとんどないから、これはこれでどーかとは思うが、わざわざ言い直すのもなぁ。
実は、ちょっと人に言えない秘密がないこともないんし。
そんなわけで、俺は必殺の営業スマイルで誤魔化すことにした。それにしても、世界の実態を伝える吟遊詩人そのものの実態が伝わって無いのは皮肉だな。
「改めてこんにちは。私,セリナっていいいます。冒険者になり損なって、村に戻ってきたんてす」
彼女は、ちょっと寂しそうにそう挨拶した。そして、
「正確には、保育師になりたくて田舎を飛び出したんだけど、やっぱりその才能はなくて、勉強の途中で歴史に興味がわいてやっぱり歴史学者になろうかなぁと思って学校にいってみたんだけど、こっちも結局最後までできなくて、それじゃあってことで、フィールドワークもかねて冒険者になろうとしたんだけど、実技が足りずに卒業冒険に出してもらえそうになく、そういうしているうちに田舎のおばあちゃんから戻ってくるように連絡があって、いい加減断れなくなってしかたなかく戻ってきた、というわけなんです」
とまくし立てた。話の勢いのまま前のめりによってくるから、いつの間にか彼女の顔が目の前に迫っていた。すぐ後ろが海だから、当然俺に逃げ場はない。
「いや、ちょっと、近い、というか」
なんで,俺が言い寄られている感じになってるんだろう?
「あ、ご、ごめんなさい。初対面の方にこんな話をして」
セリナは我に返って距離をとると、しょんぼりと肩を落とした。
「いや、別に構わないけど...。」
いろいろと溜め込んでいるらしい。何となくわかる。彼女も俺と同じで気軽に人に話せないものをため込んでるタイプだろう。
そんなセリナに改めて視界に入れる。長身というわけではないだろう、スレンダーというわけでもない。中肉中背だ。顔立ちはやや整っていて、ちょっとそばかすが残る。
かわいらしい少女という感じだが,うーん,目立たない感じ?
仮に彼女の話が本当だとすると(もちろんここで疑う理由はないけど)経歴的に年上の可能性が高い。ん?十中八九地雷だと思うから、確認はしないぞ。吟遊詩人といえども知らない方がいいことだってあるのだ。
「俺はシルベ。旅の出会いは一期一会だし、かえって気兼ねなく愚痴が言えることもあるよなぁ」
「すみません。さっきのすごいなぁと思ったらつい...。」
それにしても、保育師に冒険者、いずれも国際資格のある、吟遊詩人に並ぶ人気職業だ。“向こうの世界”の言い方をすると「医者目指してたけど、途中で弁護士に変えましたが、やっぱりだめでした」的な感じになるんだろう。
「なので、そんな残念なモノを見る目で見ないで下さい。」
ああ、別にそんな目で見てたつもりはないんだが。
「ところでシルベさんは何しにこちらに?」
「うーん?俺?何つーか、ロマンを探しに来た?」
「えっと、わ、私にきかれましても...。」
「ああ、それも...そうか?」
今度はセリナが不思議な顔でこちらを見ていた。どうも、向こうもこちらの残念さ加減に気づいた、かな?
と、しばらく見つめ合って、
「はは」
「ふふ」
思わず笑いが漏れた。益々親近感がわいてきた。船が着くまでにもう少し時間がある。少し、情報収集といくとしよう。