風の章3『対話』
「お前……どこから」
深緑の衣を纏った男に対し、了也がそう呟く。それを聞いた緑の男は、口の端を歪ませた。まるで了也を嘲笑うかのように。
「こちらの質問が先なのだ。『不幸』ならば諦めるのか?」
緑の男は立ち上がる。腰に剣を2本さげ、全身緑の服。更に今は被っていないものの、帽子も持っている。髪は銀色で、髪の隙間から覗く瞳はまた、深い緑だった。
その姿は捕われた者でない事を物語っていた。
「『不幸』だから諦めるのか? 『不幸』でなければ諦めないのか? 『幸』なら諦めないのか?」
男はこちらの答えを聞かずに矢継ぎ早に言葉を続けた。わざとらしく手を広げ、まるで了也以外にいるであろう囚人にまで語りかけるような口調で。
「そんなはずは無いのだ。『幸』ならば、そもそも諦めを考えないはずなのだ。『不幸』だから、諦めるのではなく、諦めるための言い訳を『不幸』と称しているだけなのだ」
そう言って男はにやりと笑った。最初は逃げ出せると思った了也の心を読んだかのように。そして、自分なら逃がせると言わんばかりに。
しかし、その男の自信とは裏腹に、了也の心に希望はなかった。
この場所を知っている、抜け道もわかっている、逃げ出せる事もわかっている。けれども。けれども、抜け出した者が村で殺されたのを、何度もこの目で見てきたから。
「抜け出して、何になるんだよ……」
辛うじて絞り出せた声には、怒りが混じっていた。
その声を聞いて、男はなにかまたありきたりな返しをするだろう。生きていればなんとでもなる。そんな事は抜け出してから考えれば良い。ここに居るよりは遥かにマシだ。
そんな綺麗事を、堂々と述べるのだろう。
そう思い、了也は男の目をじっと見つめた。さあ、何か言い返してみろ。それに対する反論は既に考えてあると言わんばかりに。
しかしながら、男は何も言ってこなかった。それどころか、了也に言われた事に対し、きょとんとした表情をしている。
「な、なんだよその……表情は」
返される事を前提に強く出たため、沈黙は、しかもわけがわからない事を言っていると思われているような顔でされたそれは、了也の心に強く突き刺さり、つい目をそらし悪態を吐いてしまった。
その後暫く、暫くよりずっと永く、沈黙が場を支配した。
ような、気がした。
「……風夢、了也殿で間違いないのだ?」
先に口を開いたのは、男の方だった。
「あぁ、間違いないよ」
了也はこの男の事を知らない。しかしながら男は了也の事を知っているようであった。
「風夢神風殿のご子息、了也殿。なのだな?」
まだどこか納得のいかないような調子で、男は再度確認した。その言葉を聞いて、了也は男を睨みつけながら、ゆっくりと頷いた。