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風の章1 『リンゴ村』

くそっ なんでこんなことに……






ーーーー


その日、俺は空を見上げていた。しかしながらその時、俺は空そのものを見上げていたのではなかった。村の中心にある大きなリンゴの木。その木に実る、今にも落ちて来そうな赤い果実を見上げていたのだ。


「リンゴ……食べたいな」


リンゴはこの村の名産品だ。アイリス女王国とゲイルザー王国の国境を跨いでいるこの村では、どちらの国にも分け隔てなくリンゴを送り出していた。


形が悪かったり、色味が悪かったり、傷がついたものは村人たちで食べていた。だから、この村の子どもたちはリンゴを食べたいだなんてあまり言わなかった。収穫期にもなれば毎日、毎朝、毎晩、これでもかと言うくらいリンゴを食べさせられた。


他の村、町、国では、毎日でも食べたいと称されるリンゴも実際に毎日食べていたら飽きてしまう。けれども、命の恵みを無下にはしたくないと言う、炎谷村長の意向で、食べられるリンゴは一切無駄にしていなかった。


そう。これらの話は全て過去形だ。


もう何ヶ月前だろうか。この村にゲイルザー王国の騎士団が攻め入ってきたのは。

彼らは逆らう者全て、子どもだろうと女だろうとペットだろうと、全て切り捨て、この村を領地に変えた。


その日以来、丹精込めて作られていたリンゴは、効率重視に作られるようになり、見た目の悪いモノは問答無用で全て捨てられた。

さらに、大量生産するために繁殖力の強い品種を掛け合わせ、質よりも数を優先し、味もどんどん落ちていった。

昔は世界で最高峰のリンゴと称されたリンゴも、今では殆ど家畜の飼料としてしか出荷されていない。


「あのリンゴ……食べたいな」


しかし、村の中心にあるリンゴの木は一切手を加えられていない。だから、あの木になるリンゴは未だに『世界で最高峰』だ。

もちろんそれらは全てゲイルザー国王へと献上されるため、一般の村人が触りでもしたら首をはねられても文句は言えない。


「リンゴ……」


リンゴを見上げていた俺の、3回目の言葉と同時に突然風が吹いた。

風はリンゴの木を撫で、枝を揺らし、葉を騒がせ、そして赤い実を落とした。


それはとても運が悪いことだ。


やばい。

そう思って早くこの場を離れようとした時には、もう遅かった。

王国兵が此方に向かって、四方八方から押し寄せてくる。


「貴様! 国王へと献上するリンゴに何をした!」


ぶっちゃけると何もしていない。けれども、同じような罪で牢に叩き込まれた人を今まで何人も見てきた。きっと言い訳なんて聞いてもらえない。


「リンゴ泥棒め!」


そう言うと、兵士は手に持っていた鉄の棒を振り上げ、俺を叩いた。

ガン、ガン、ガンと。最初の痛みを感じる前に、次の痛み。次の痛み。次の痛み。

額は割れ、辺りに血が飛び散る。

腕は、じんじんして動かない。

脚は、いつから立つことを放棄していたのか。

そんな状況になっても兵士はまだ鉄の棒で俺を叩き続ける。きっと気を失うまで、反応がある限り殴られ続けるのだろう。


「く……そ」


口の中が腫れているのか、自分のものとは思えない声が、しかしながらそれは確実に自分の口から、漏れ出した。


「なんで……こんな、ことに」


その言葉を最後に、少年、風夢了也は気を失った。

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