「夢幻:2017yourself」
おはこんばんは。
ananです。
本は好きですか?
私は好きです。
それではどうぞ。
私は本が好きで、暇な日は裏山に登って木陰で読みふけったりしている。
今日は狂った男の殺人を綴った本だ。
昨日は催眠術をかけられている男の話だったな。
本が好きだからといってアクティブじゃないだとか友達付き合いが悪いだとか、そんなこと言われる筋合いはない。
(先ほどクラスメイトから罵られたので愚痴を記す。)
今日も今日とて裏山にせっせと登り、昼にでもと思って握ってきたおにぎりをほおばりながら、今日の読書ポイントを探す。
ちなみにおにぎりは、鮭、梅、昆布の三種類。無難なのが好きだ。
今日は少し暑いから影の多そうな、少し深いところまで入ってみよう…
しばらく歩くとだいぶん涼しくなってきた。このへんは大きな木が多く、木陰も深い。
うん、ここはいい、今日はこのへんで…
木の根元に座り込んだとき、手奥にある大木達の隙間に赤黒く光るものが見えた。タイルかなにかのようだ。
それにしても高いところいあるな。
建物の外壁だろうか。
こんな田舎の山になんだろう。
少し見てくるか。
一旦座り込んだ腰を持ち上げるのには多少の躊躇はあったが、おにぎりの欠片をほおばり、それと立ち上がった。
まるで異国にでも来たような心地だ。
小説で読んだことしかないほどの立派で荘厳な古びた豪邸。屋敷、と言った方がしっくりくる。
あの赤黒い光は屋敷の上部にある小さな時計塔の屋根だった。(もちろん時計塔なんてものも初めて目にする。)
屋敷の周りに生える、鬱蒼とした木の隙間から、テラスのようなものも見える。
赤黒く古い屋敷と、黄ばんだベージュのテラス、新緑の緑に囲まれたその風景は絵画のように美しかった。
ふと、中に入ってみようと思った。不思議とためらう心はなく、歩を進めた。
苔むした石畳の上をわざとらしく歩き、入口にたった。
扉の近くには火の灯らぬランタン、鍵穴は想像に易い、照る照る坊主のような鍵穴だ。
扉は、見た目より軽く開いた。
天井には豪華な傾いたシャンデリア、大理石と思しき柱に、虫食われた西洋画。
大階段を進むと、ところどころ色は禿げているが黄金色の扉があった。
一呼吸おいてゆっくり扉を開けると、ずっと下方に向かう巨大な螺旋階段、円状の壁面はすべて棚になっていて、その棚いっぱいに黒い本がぎっしりと詰められていた。
壮観だった。
おそらく本好きの私だからではないだろう。
これほどの勢いと静けさにまみれた景色は人生に一度見るか見ないかだ。
手近にあった本をそっと引き抜く。
黒の外装に白で、
「:」と表紙に書いてある。
隣の本の表紙にも、そう記してあった。
なんだ?
開いてみたが全くの白紙だ。
ここは何のための場所なんだ?
それにこの本は…
カタと、本を戻す拍子に少し遠くの本が揺れた。
「夢幻:2017yourself」
この本が、すべての本の中で唯一表題の記された本のように思えた。
ここまできて読まないわけにはいかないだろう。
しっとりと冷たい表紙を開き、ページをめくる。
冒頭には、この本は門外不出であること。
どうやら日本の南方にある土地の「若早」という地域に根ざす「黒鐘家」の持ち物であること。
そして、他人に見られないよう、厳重に保管すること、が、記されていた。
他人の自分が読むことに背徳感を覚えつつも、ゆっくりとめくるその手は止めなかった。
高級な紙でできたページは手触りがいい。
めくり、触っているだけでも心地よいもので、どんどんと読み進めていった。
太字で記された文が目に映る。
「史実を集め、後世に伝える」
史実を集める?
歴史などを書き記したものか?
少し進むと腐食で見られない箇所が多かった。
「…の本の中身………決し…黒鐘家のみならず、他の……史実を繰り……この書…………異端として…………」
それにしても本当に古い本だ。
それに、厳重に保管してあった割には保存状態が悪い。しかしこの、黒ずんでいる箇所は意図的に見えなくしているようにも……
つぎのページは黒ずみがすくなかった。
この本を知るには、読みやすいページで本の内容を推し量るしかない。
「…珈琲の入れ方が多くあるように、史実や歴史の集め方には様々な方法が存在する。中でも珍しいのが、本が物語を自ら作り出す方法である。」
自ら物語を作り出すとは、月並みではあるが、なんともロマンチックな文言だ。
しかし、本がハナシを作るとはどういう……
「世界に二つとないその本は、土地や物に姿を変え、物語の主人公となるべき人物を惹きよせる。
本は、不思議な土地や物の中を歩き回らせ、物語を作るのだ。そして最後には、その本、自らが主人公の前に姿を現し、ことの顛末を説明する。そしてその意味を理解したその時」
読みながら理解した。しかし、拒絶していた。
そんなことが起こるはずもないと思いながら、自らの体験があまりにも当てはまるこの説明は、明らかに、私を主人公にする、という意味合いであろう。
主人公にされた人間がどうなったのかまでは記されていない。しかし、ろくなことではないだろう。
こんな屋敷の深くまでわざわざ誘い込んだのだから。
私は最後の行を読まずに震える手で本を投げ出した。勢いよく部屋のドアを開け放ち、階段を駆け下りた。
このままでは、もしかして、私は物語の、
恐怖と混乱が脳髄を満たす。
入口のドアに体当たりするように、洋館から逃げ出した。
つもりだった。
その後、私は人並みの幸せと家庭を手にして、人並みに幸せに暮らしている。
趣味の読書はいつの間にかしなくなっていた。安定した会社員になった私は、美人とまでは言わないが、素敵な女性と結婚した。
息子は今年で三歳になる。
特に不自由はなく、本当に幸せな家庭だ。
しかし、私にはわかる。
この感覚はつきまとう。
あのとき扉から飛び出したその瞬間、
自分のいた世界とは違う世界だと感じた。
私は、今、
あの本の中に生きる主人公だ。
どうでしたでしょうか。
また作中の記述に関してはまた子作品として派生させる可能性も無きにしも非ず。
今日は焼肉を食べました。
それではまた。