第2話
「どういうことだ! 秘密の通路に間者が待ち伏せていたのか? どうやって!」
「それが……知り合いがいると言って王太子がとつぜん駆け出していってしまい……」
「知り合いだと? どんな?」
「さあ……」
「さあではない! 早く城内を、いや街中を探すのだ!」
「「「はいっ!」」」
な、な、なんと!
あのバカ王太子はこんな大事なときに知り合いと出掛けちゃったのかよ!
しかも秘密の通路から!
んっ?
秘密ってあの、らせん階段があったとこか?
だったら!
わたしはオーランの腕の中からいきなり立ち上がった!
――ぐわぁんっ!
――バタッ!
「「「わああーっ! オーランさま!」」」
「んっ? 頭になんか当たった? まあ、いいか、今はそれどころじゃない!」
――タタタタッ、タタタターッ!
「シャーロットさまー! どちらにー! オーランさまが……」
いそいで王宮のバルコニーへ向かった!
あそこに秘密のらせん階段への入り口があった。
ということは、劇場からバルコニーまで秘密の通路が繋がっているということだ。
一目散にバルコニーへと走りこみ、いそいで隠し扉を探した。
「ハアハア……たしかこのあたりに秘密の入り口があったはず……あった!」
――ギイッ。
石垣で巧妙に隠されたドアを開けると、足元に何かがふれた!
「なんだ……?」
拾い上げてみるとそれは、ピエロの衣装とマスクだった!
「ピエロ……そういえば、あの脅迫状のサイン! ×2コはピエロの目で、○1コは口なのでは? たいへんだわ! 父上に報告しなきゃ! ピコ太郎! ピー! ピューッ! おい! ピコ野郎! さぼってないで、はやくこんかい!」
――ピューッ!
空の彼方から1羽の黄色いインコが飛んできて、肩にピタリと留まった。
『シャーロットさま! お呼びですか?』
「ピコ太郎! 気取ってる場合か! 呼んだらすぐこんかい! 父上に王太子が誘拐されたと報告しろ。それと脅迫状のサインの意味はピエロだ。そのピエロが犯人だと伝えろ」
『チッ! なんだ任務失敗かよ! 尻拭いなんてやなこった! ピーッ!』
――ヒュンッ!
ピコ太郎の黄色い姿は空の彼方へと消えていった。
「おい! 貴様、いま舌打ちしただろ? 鳥の分際で生意気な! ちゃんと父上に報告しろよ! このバカインコー!」
「シャーロット殿! どうなされました? そのようにひとりで暴れて……」
「はっ? オ、オーランさま!」
なんとうしろにオーランと仲間たち(衛兵)が立っていた!
やばい!
まずい!
ピコ太郎との会話を聞かれたか?
われらが忍びだとバレてしまう!
そ、そうだ!
「オーランさま、たいへんです! これを見てください!」
ピエロの衣装とマスクをオーランに差し出した。
「こ、これは……! ここに落ちていたのですか?」
「はい!」
「ところでシャーロット殿はなぜこのバルコニーへ? 高いところは苦手なのでは? われわれはあなたを追ってここまで来たのです。そういえばいま黄色い鳥が飛び立っていきませんでしたか?」
「まずい、ピコ太郎が見られてる! そうです! わたしはそのクソ生意気な鳥ちゃんを追ってここまで来ました!」
「シャーロット殿が鳥好きとは知りませんでした。ではあの歌姫のカナリアと勘違いしたのですね?」
「へっ? カナリア? ピコ太郎はそんな高価な鳥じゃありませんよ! しかもあいつは野良の雑種で……ああ、はい。捕まえて王太子に差し上げようかと……」
「ピエロは歌姫を刺したあと籠の蓋を開けてカナリアを逃がしました。そのあと秘密の通路を抜けて王太子を誘拐したと思われます。変装道具が落ちていたということは、王太子を連れてこのバルコニーのドアから逃走したのでしょうね」
そのとき1人の衛兵が駆け込んできた!
「オーランさま、たいへんです! どうやら王太子さまは城外へ出てしまわれたようです!」
「なんだと!」
「城外へ出るための秘密の通路に王太子の上着のボタンを落ちていたのです!」
「それはいかん! すぐに行ってみよう!」
――ギイッ。
バルコニーの隠し扉から、皆で秘密のらせん階段を下りていった。
――カンカンカンカンッ。
――カンカンカンカンッ。
どこかに明かり取りがあるらしく足元がよく見える。
らせん階段を下りてしばらく進むと道が4つに分かれていた。
「右が王の間、左が劇場、今来た道がバルコニー、まっすぐ前にある道が城壁の外に繋がっております」
「そこに王太子のボタンが落ちていたのだな? 彼の物に間違いないのか?」
「はい! 王家の紋章と王子のイニシャル入りです。間違いございません!」
「では、行ってみよう!」
「はい!」
わたしたちは秘密の通路をまっすぐ進んだ。
5分ほど行くと明るくなり、生垣に隠された鉄のドアが大きく開けっ放しになっていた。
そこはすでに城壁の外だった。
「まずいぞ……すぐそこに馬車の走る大きな街道がある。外国にすぐ逃げれる!」
「オーランさま、どういたしましょう!」
「街道を封鎖しろ! この付近で男の2人連れを見なかったか聞き込みを開始しろ! 大道芸人は絶対に城外へ出さないように! 王にはわたしからご報告する。以上だ! いそげ!」
「「「はい!」」」
「オーランさま、大きな建物がたくさんありますね?」
「シャーロット殿、街道の近くなので宿屋が軒を連ねているのです」
「では、この中に潜んでいるかもしれませんね」
それとも誘拐犯は王太子とすでに街道を通って逃げてしまったのだろうか。
もし王太子が殺されでもしたら、死んでお詫び申し上げねばなるまい。
城内に戻り部屋で一息ついた。
夕暮れが近づいていた。
――ココン、コンッ!
誰かが窓をノックした。
あのリズムは父上だ!
カーテンを開けると案の定、父上が立っていた。
難しい顔をしている。
――キイッ。
「父上!」
「シャーロット……覚悟はよいな」
「はい……死は恐くありません。ですが王太子の安否を確かめるまでは……」
「なにやつ! シャーロット殿と何をしている!」
――ザザザザッ!
なんと中庭からオーランが現れた!
窓の前に立つ父上めがけて突進してくる!
ヤバイ!
「父上! はやく逃げて!」
「逃げるたって! わあっ!」
「あれっ? 父上? とつぜん目の前から父上が消えたわ! いったいどうやって! さすが忍び……」
「シャーロット殿! いま怪しい男が窓の外に!」
「え? そうですか? まーったく気がつきませんでしたことよ! オーホッホッホッ!」
「そうですか……?」
「ええ! わたくし美しい夕陽が沈む姿を見ていましたのよ! ほら、あちらに!」
「はあ……そうですね……」
オーランとしばらく沈む夕陽を堪能した。
ふーっ。
われながら素晴らしい演技力で切り抜けた!
まったく、オーランは神出鬼没だ!
手強いヤツめ!
「オーランさま、ピエロは見つかりましたか?」
「ピエロはまだですがカナリアは見つかりました。ですが、劇場主がちがうと言い張るのです。一緒に来て見てもらえませんか? シャーロット殿も舞台をご覧になっていたので、同じ鳥かどうか確かめていただきたいのです。それと……刺された歌姫は亡くなりました」
「それは気の毒に……。わかりました。こう見えてわたくし鳥には詳しいんですのよ。すぐに参りましょう! それえっ!」
「ああっ! シャーロット殿! そんな風に窓を飛び越えたら、危なーい! シャーロット殿ー!」
「ふーっ……やっと行ったか! まったく! 誰じゃこんなところに落とし穴を掘ったのは! 危ないじゃないか!」
わたしとオーランは王立劇場の楽屋へやってきた。
劇場主が鳥籠を前に衛兵と言い合いをしている。
おや?
あの鳥は!
「どうした! 何を揉めておる!」
「オーランさま! 劇場主がこれはカナリアじゃないって言うんですよ!」
「なぜだ? 黄色い鳥はみなカナリアであろう?」
『バーカバーカ、ハーゲハーゲ!』
「誰が若ハゲだ! 劇場主、ちがうのか?」
「オーランさま! これはカナリアではありません! もっと下等な鳥でインコと申します。しかもこのインコ雑種で羽色がよくありません!」
『殺す殺す殺す殺す……』
「聞きました? 言ってる内容も凶暴かつ下品きわまりない! この鳥の飼い主も下劣な極悪人に決まっています!」
「なんだと貴様! ピコ太郎の悪口は言ってもいいが、このわたくしのことをそのように言うなど許せん! 殺す!」
「シャーロット殿、どうされました? やはりあなたから見てもこの鳥はちがいますか?」
「オ、オーランさま……! ウォッホン! オーランさま、この鳥をご覧ください! カナリアとは似ても似つかない粗悪な鳥です! たぶん飼い主がとてもやさしい心の持ち主でこんな鳥でも訓練すればどうにかなるだろうと思って飼っているのでございます。すぐに放して……」
『カナリアは王太子と一緒、宿屋ブルームーン』
「なんだと! 今この鳥は、王太子がブルームーンという宿屋に居ると申したな!」
「オーランさま、インコは人が言ったことをそのままくりかえすだけです。意味などなしていません」
「いいや! この鳥はさっきから会話をするかのごとく言葉を発している! 天才かもしれん! 劇場主! この鳥を借りていっても良いか?」
「何度も申し上げておりますが、このような下等なインコはうちの鳥ではございませんのでご自由にどうぞ。ちなみに舞台に出ていたカナリアもうちの鳥ではございません。歌姫が持ち込んだものです」
「なんだと? では、飼い主が亡くなった悲しみのあまりカナリアは飛んで逃げたのか?」
「飼い主は死んでいませんが?」
「はっ? お主はいま、カナリアは歌姫が持ち込んだと申したであろう?」
「ですから、もう1人の歌姫が持ってきたカナリアなんです!」
「なんだと? 歌姫は2人いたのか?」
「はい。昨日の歌姫と今日の歌姫は別人です。化粧が濃くて同じ衣装を身につけているから見分けがつかないだけです」
「そんなことが……劇場主! そのもう1人の歌姫はどこにいるんだ?」
「それが……朝から見当たらないんでございますよ!」
「それは怪しいな……」
「オーランさま! とりあえずブルームーンという宿屋に行ってみましょう!」
「シャーロット殿……そうですね。行きましょう! 劇場主! カナリアを持っていくぞ!」
「……インコだってば」
わたしとオーランはピコ太郎の入った鳥籠を持ち、例の秘密の通路から城外へ出た。
あたりはすっかり暗くなっていたが、目の前にあるブルームーンという宿屋の派手な看板だけが目についた。
「オーランさま! なんだかケバケバシイ宿屋ですが、すぐに参りましょう!」
「シャーロット殿! お待ちください! あの宿屋は令嬢がみだりに入るような場所ではございません!」
「なぜですの?」
「それは……! とにかくここにいらしてください! わたしはこの黄色い鳥を連れて行ってまいりますので!」
『鳥目だってば! 夜間営業停止!』
「なんだと! この役立たずめ!」
『カナリアとインコの区別もつかないクーズ!』
「オーランさま! 鳥相手にやめてください! わたくしが行ってまいります!」
「衛兵、すまない。頼んだぞ!」
オーランの部下が宿屋ブルームーンへ入っていった。
「おい、ピコ太郎! 本当にこんな派手な宿屋に王太子がいるのか?」
『おまえとちがってセクシーな女と一緒』
「なんだとー! 簡単に捕まるような鳥忍に言われたくないわ!」
『王太子を誘拐されたおまえが悪い』
「シャーロット殿! その鳥はいま王太子が女と一緒だと言いませんでしたか?」
「はい。そういえば、おかしいですね。王太子はピエロにかどわかされのだから男といるはずです。ああっ!」
「どうされましたか!」
「オーランさま! 今ピカッとひらめきました! ピエロの正体は歌姫です! 隠し扉の前に落ちていたマスクと衣装は秘密の通路から出るときに脱いだのではありません! 入るときに脱ぎ捨てたものです!」
『バーカバーカ大バーカ! いまごろ気がつく大バーカ!』
「なんと! では王太子は歌姫と逃げたのですか? でも、どうしてもう1人の歌姫を殺したのでしょう?」
「それは、わかりませんが……」
「オーランさま! たいへんです! 王太子さまが見つかりました! ケガもなくご無事です! 相当に酔っていらっしゃいますが……!」
「おおっ! そうか! それはよかった! 酔ってる? 女は? 歌姫はどうした!」
「女は黄色い鳥と一緒に逃走しました!」
「なんだと! シャーロット殿、ここは危ない! すぐに避難してください!」
「オーランさま、わたくしのことより王太子の保護と歌姫の追跡を優先してください! とりあえずわたくしは鳥籠を持って宿屋へ事の次第の確認にいってまいります! わたくしのクビがかかってるんで……」
『どんなときでも自分の保身がいちばんの女!』
「シャーロット殿! お待ちください! こんないかがわしい宿にあなたを入れるわけには! シャーロット殿……あなたは、そこまでして王太子のことを……?」
オーランが切なげな瞳でわたしを見た。
なんだか知らないがこんな大事なときにわたしなんかに係ずらわってるようじゃ騎士として失格だな。
それと、さっきからみんなやたらとあの派手な宿屋に入るのをちゅうちょしているが、ブルームーンの中にいったい何があるんだ?
『歌姫! 歌姫! カナリアと一緒!』
「なに? あっ! 皆の者! あのマントの男が黄色い鳥を肩に乗せているぞ! 捕らえろ!」
「「「はいっ!」」」
「ピコ太郎……鳥目じゃ?」
――待てーッ!
――バタバタバタバタッー!
衛兵たちがマントの男を追いかけはじめた!
男は大急ぎで逃げていく!
敵はかなりの俊足だ。
重い装備を身につけた衛兵たちではとても追いつけない。
「う~ん、追いかけたーい! わたしのほうが足は速いのに~!」
「シャーロット殿、だめです! 危ないことはお止めください!」
わたしはと言えば、オーランに腕をがっちりとらえられ、身動きができないでいた。
「オーランさま! 王太子殿を運び出してきました!」
「おお、そうか! はやくこちらへ! 王太子!」
「スピー! クーッ!」
「よく寝ている……」
「すっかり酔っ払っちゃってます」
「秘密の通路から王宮へ運びこめ! このことはくれぐれも内密に!」
「「はいっ!」」
「まったく……皆がこれほどまでに心配しているのに、本人は呑気に酒を飲んでいたとは……。こんな奴のために命かけていいのかな?」
「シャーロット殿、部屋までお送りいたしましょう。不審な男がまた来るといけないので、3階のわたしの部屋の隣へ荷物を移しておきました。これからはそちらで寝泊りしてください」
「ええっ! それでは落とし穴が掘れない……! もう決定事項なのか? 抵抗しても無駄か……はい、わかりました」
『職権乱用!』
「このカナリアは夜になっても鳴くのをやめませんね? これではあなたも眠れないでしょう? その辺に捨てて……」
「あの! 待ってください! この鳥のお蔭で王太子の居場所が特定できました! わたしに飼わせてください!」
「この鳥をですか? 構いませんが……うるさくないですか?」
「いいえ! ピコ太郎は普段はそんなにおしゃべりしませんのよ? 忍びは口がカタイんです!」
「忍び? ピコ太郎? シャーロット殿はその鳥を前からご存知だったんですか?」
「いえいえ、そんなことは! 旬の名前がいいかなって……」
「ピロ太郎? ピエロみたいな名前ですね? こんな鳥のどこがいいのかわかりませんが、気に入ったのならあなたの元でお育てください。こんな美人に飼われてよかったな? ピー太郎!」
『物覚えの悪い男だぜ! ホントにこいつ騎士団長かよ? 目も悪いみたいだし!』
「これ! ピコ太郎! オーランさまは目だけはいいぞ!」
「シャーロット殿、そろそろ戻りましょう。極悪人が逃走中で物騒ですから」
「はい……」
『捕まえる気ゼロ!』
翌日わたしはオーランさまの隣の部屋で目が覚めた。
窓を開けるとオーランさま!
ドアを開けるとオーランさま!
食堂に行ってもオーランさま!
これではプライベートが無くなってしまう。
忍びとしての任務が遂行できない!
カナリアと一緒に城内に逃げ込んだピエロを朝から皆で手分けして探した。
だが、どうしても見つけることができなかった。
『カナリア鳴く! メスに鳴く!』
「なるほど! グッドアイデアだ! ピヨ太郎! おまえメスだったのか!」
『オメーホントにバーカ!』
「オーランさま! ピヨ、いえピコ太郎はオスですがカナリアではありませんので使い物になりません! どこかでオスのカナリアを調達できませんか?」
「だったら王立の鳥類研究所から借りてきましょう! 誰か! カナリアのオスを借りてきてくれ!」
「はい!」
「シャーロット殿、バルコニーを詳しく調べたところ崩れるように細工がしてありました。危なかったですね」
「どうしてピエロは秘密の通路を知っていたのですか?」
「それは……王太子が歌姫に教えたからです。王太子は昨日、劇場から通路内を逃げる途中で歌姫に遭遇しそのままブルームーンまで逃走したそうです」
あんのバカ王太子め!
ますますやる気が失せるわ!
「もう1人の歌姫が殺された理由はわかりましたか?」
「そちらはさっぱりです。劇場主もこころあたりがないそうです。逃走した歌姫はつい最近入ったばかりの流れ者でカナリアは彼女が連れてきた鳥です」
「オーランさま! カナリアを連れてまいりました!」
「さっそく放してくれ!」
「はい!」
「あっ! オーランさま! どうやって追いかけるのですか?」
「えっ?」
『バーカ、カーバ、バーカ! おれを放してみろよ!』
「そうだわ、ピコ太郎! オーランさま! ピコ太郎に追わせましょう!」
「おおっ! そうだ! さあ、行け! ピー太郎!」
『ピーッ!』
――バサバサバサバサーッ!
ピコ太郎がその小さな体を羽ばたかせて大空に舞い上がった!
「あーっ! あの鳥、フンを落としていきやがった! なんだってんだよ!」
「さあ! 皆でピコ太郎を追うぞ! いざ!」
「オーランさまって他人任せなとこありますよね……」
皆の気がピコ太郎にそれている間に単独で行動することにした。
ピコ太郎とわたしは長年の修行によりテレパシーで会話ができるのだ。
走りながらピコ太郎に話しかけた。
「ピコ太郎、ピコ太郎、応答せよ!」
『ピーピーエーピー……』
「おう! ピコ太郎か? いまどこにいる?」
『アイハブアペン、アイハブアアッポー……』
「んっ? ペン? りんご?」
『ペンパイナッポーアッポーペン!』
「おい! クソ太郎! ふざけんじゃねえぞ! ちゃんと応答しろ!」
『王太子の部屋』
「へ? 王太子だって?」
半信半疑で王太子の住まう王宮へ向かった。
中からカナリアの声が聞こえてくる。
「シャーロット殿! ここにいらしたんですね!」
「へっ? あれ? オーランさま!」
オーランが部下と一緒に向こうから走ってくる。
「ハアハア……ピコ太郎がここまで飛んできたので追いかけてきました!」
「では、やはりカナリアはこの王宮に?」
「王太子の部屋に行ってみましょう!」
――ドカドカドカドカッ! バンッ!
皆で一斉に王太子の部屋へとなだれ込んだ!
「王太子! 無事ですか!」
「ど、どうしたのだ! オーランではないか!」
「王太子……その鳥は?」
「おう! これか? ノラがカナリアを連れていたから、真似して飼ってみようかと思って動物園から借りてきたんだ! そうしたら、窓から1羽のカナリアが飛んできたんだ! すごいだろう!」
えらそうに胸を張るバカ王太子の前には、籠に入ったカナリアに良い声で求愛するもう1羽のカナリアの姿が。
そのうしろに、やれやれといった感じで窓枠にとまるピコ太郎。
「王太子、ノラとは誰ですか?」
「歌姫の名前だ!」
「シモシモーとか言ってました?」
「おや? そちらのお嬢さんは、たしか……」
「行儀見習いのシャーロット・ヘルキャットでございます。ノラの苗字はなんとおっしゃいますか?」
「苗字は知らないよ! でも、本名は知ってる!」
「王太子! 犯人の本当の名をご存知なのですか? なんというのです!」
「ウイッカだ! 楽屋訪問したときもう1人の歌姫がノラをそう呼んでいた!」
「ウイッカ……そうですか」
それ以上の収穫は無さそうなので、わたしたちは王太子の部屋を出た。
誘拐騒ぎがあったわりには王太子はいたって元気でノーテンキであった。
「オーランさま! カナリアはメスを求めて飛びまわります! ウイッカのカナリアがオスだった場合、今回のようにオスの鳥を放してもそこには飛んでいかないのでは?」
「なんと! そうであったか! それは気がつかなかった……。では、城内にメスオス両方のカナリアを配置せよ! もしもウイッカのカナリアがオスならば、メスを求めて鳴くであろうから」
「はいっ!」
『バーカ! バーカ!』
いつの間にかわたしの肩にとまったピコ太郎がオーランに向かって毒づいている。
それにしても。
ピエロの本名はわかったが行方はようとして知れない。
もう1人の歌姫はピエロの正体を知っていたから殺されたのだろうか。
「シャーロット殿、明日から3日間の舞踏会です。今日はもう部屋に帰って休みましょう」
「舞踏会ですって? 開くつもりですか? 不安じゃありませんの?」
「なにがですか? はっ! もしや着ていくドレスがないのですか? ご安心を! すぐに用意させますので!」
「いえいえ、ドレスはご心配なく! そうじゃなくて、極悪犯が潜伏中ですのよ! 不特定多数が参加する舞踏会は危険です!」
「いいえ! わたくしはシャーロット殿と踊るため毎夜ダンスの特訓をしてまいりました! なにがなんでも開催します! 警備はご安心を! わたくしどもがねずみ一匹もらさぬほどの厳戒態勢を敷いて臨みますので!」
オーランが胸を張って自信満々に答えた。
その厳戒態勢でまんまと王太子を誘拐されたんだろうが!
アホ王太子もアホ王太子だけど従者もアホだわ。
明日から思いやられる。
『アホー! アホー! アッポーペン!』




