第1話
「王太子は鳥のヒナに興味をお持ちになったようだ。昨日の歌姫が舞台上でカナリアの籠を使用していたからそれを真似して飼うおつもりだな……。ならば早々に鳥の卵を……きゃああーっ!」
――バキッ! バキバキバキバキーイイッ!
「助けてー! 落ちるー! 死ぬーっ!」
高い木の枝から落っこちてしまった!
思わず目をつぶった。
衝撃に備え身を硬くさせて身がまえた!
だが――確実に次にくるであろう次の衝撃はやってこない!
どどど、どうしてー!
――パチッ!
思い切って目を開けてみた。
目の前に迫る黒曜石のような大きな瞳!
オーランだ!
「シャーロット殿! 大丈夫ですか!」
「だだだだっ! 大丈夫です!」
たくましい腕の中から飛び降りる!
「ですが、枝があのように……」
彼と一緒に上を見上げた。
真上に広がるうっそうとした木の枝がバキバキに折れている。
「おーほっほっほっほっ! どうしたのかしらあの枝? わたしはこの通り! なんでもありませんわ!」
クルリと一回転してみせた。
「あのっ……シャーロット殿……その……」
たちまちオーランの顔が真っ赤になった。
どうしたのかしら?
わたしってば、なんかおかしい?
いそいでひっつめ髪のおくれ毛をなおしたり眼鏡のレンズを日にかざして確認した。
異常はないようだ。
彼はうつむいたまま騎士のマントを脱ぎわたしの背中にかけた。
「どうかなさいました? わたくし寒くはなくてよ?」
「シャーロット殿! その……あの……」
じゃまなマントをはずそうとすると、オーランがあわててその手を押さえてきた。
「ななっ、なんでしょうか?」
と、殿方と手を!
「す、すみません! シャーロット殿、これは決してやましい意味ではなく!」
オーランがひどくあわてている。
なんだというのか?
「とにかく! ぜーったいに、そのマントは取らないように! ケガをしているといけない! すぐに城に戻りましょう!」
「はっ、はい!」
オーランは肩まで伸びた長い黒髪をなびかせ前を歩いていく。
彼の勢いに押されてそのままついていった。
――キイーッ!
「どうぞ……」
「どうもありがとうございます」
オーランが開けてくれた裏門から宮殿内に入った。
「シャーロット殿、部屋までお送りしましょう」
「いいえ、オーラン! あなたと一緒に歩いているとメイドや侍女たちがうるさいのです。ひとりで行きます」
「ひとりでなんて危ないです! わたくしがご一緒します! そんな格好でウロウロと……」
「そんな格好?」
「いえ! なんでもございません! 参りましょう!」
「…………?」
オーランのせいで王太子の護衛が途中で中断させられた。
お付きの者たちが大勢いたが、王太子は鳥の巣を取るんだと背の高い草むらの中へ入っていった。
わたしが木の上から警護していたからいいようなものの、敵はどこからやってくるかわからない。
姿を見せずに王家の人々を守る。
それがわたしたち忍びに与えられた使命だ。
「……ロット殿……シャーロット殿?」
「はは、はいっ! これはオーランさま! どうかなされましたか?」
しまったー!
まさかわたしがこの城の忍びだということがバレたんじゃ?
――キイッ!
「お部屋に着きましたよ。どうぞ」
「あ、ああ……そうですか? それはどうも……そうだわ! マントを……」
わたしはマントを脱ごうと手をかけた。
「いえ! それは結構です!」
「ええっ! こんな高価なマントはいただけません! それにわたくし女なのでいくらなんでもマントは必要ないし」
「は? ああ、いえ……マントは明日のお祭りのときに帰していただければ……」
「祭り?」
「はい。明日から7日間の収穫祭です。舞踏会や市が開かれます。大道芸やパレードもそれは華やかですよ」
「舞踏会! パレード! しまった!」
「どうかなさいましたか?」
「要人の警護は! 城の警備は万全なのか!」
「はい! わたくしめが猫の子一匹通さぬ厳重な警備体制を張っております!」
「そうですか……オーランさまが。ならば万全ですね」
「シャーロット殿は心配性ですね。そんなに危険を感じるのでしたら、明日も……」
「オーランさま、どうもありがとうございました! 失礼いたします!」
「あっ! シャーロット殿!」
――バンッ!
わたしは自室に入った。
マントを脱ぎながらすでに明日のことで頭がいっぱいだ。
「うかつであった。明日はもう収穫祭。どうやって警護したら……むっ! 誰だ!」
――シャキーンッ!
スカートの下に隠し持っていたナイフをかまえた!
窓の外に気配を感じる!
「出て来い!」
――キイッ。
「さすがだな……シャーロット!」
「そっちかい!」
窓際ではなく寝室のドアを開けて父上が現れた。
わたしはすぐに片膝を付き頭を垂れた。
「父上……お久しぶりでございます」
「シャーロット、元気そうだな。顔を上げてよいぞ。王太子の様子はどうだ?」
「はい。たいへんお健やかにお暮らしでございます。今日も鳥の巣を見つけに草むらに……」
「おお! それでは刺客の思うツボではないか! きちんと警護したのか?」
「はい。木の上から見張っておりました!」
「それでよろしい……おまえの任務はひとえに王太子さまの無事をお守りすること! そのためには命もいとわん!」
「はいっ!」
我が一族はむかしから王家付きの忍びだった。
わたしも幼い頃よりただひたすらに王家一族をお守りするために訓練を受けてきた。
このたび18歳になったわたくしめが、今年18歳になられた王太子の警護を任せられた。
それというのも最近、王家宛てに王太子誘拐の脅迫状が届いたからだ。
脅迫状の送り主は不明だ。
最後に×2コ○1コのサインがしてあった。
クノイチのわたしなら敵に気づかれずに王太子を魔の手から守れるだろうと王家直々のお達しなのだ!
やるっきゃない!
「優秀なシャーロットのことだ、綿密な警護計画を立てているのだろう。王太子の命はお前の腕にかかっておる! 信じておるぞ。わたしからのアドバイスは特にはない。しっかりやれよ!」
「は、はっ、はい!」
綿密な計画だって~!
そんなの1つもないよー!
明日オーランに相談してみなくちゃ!
「では、わたしは帰る。気をつけてな」
「はい!」
立ち上がり父上のためにドアを開けた。
「…………! シ、シャーロット! そ、その格好で外を?」
「その格好? オーランさまにもそのような……!」
そのとき窓ガラスに映った自分の姿に愕然とした!
ス、スカートが――ぱっくりと裂けている!
こ、こんな格好でオーランさまの前に!
「と、とにかく気をつけるように!」
「は、はっ、はい!」
――バタンッ!
父上は逃げるように出ていってしまった。
「オ、オーランさまにこのような姿を見られてしまうとは……一生の不覚! あしたからどんな顔して会えば……」
オーラン・アシュリー騎士は王太子付きの従者で年はわたしより1つ上の19歳。
たいへん優秀な紳士だ。
背が高くイケメンでお城中の女の憧れの的だ。
目立つその容姿は、忍びの自分が本来であれば絶対に関わりたくない相手だった。
向こうが何かと声をかけてくるので、怪しまれないように相手をしているだけだ。
わたしはつい最近、田舎から行儀見習いにやってきた男爵令嬢という設定の実は忍びの娘シャーロット・ヘルキャット。
栗毛に茶色に瞳、黒縁眼鏡にひっつめ髪の平凡な容姿をしている。
本当は金髪で緑の瞳をしていて、もうちょっと美人だ。
わざとそばかすやダサい服装でちょブスを演じている。
カラダは細いが胸が大きいのでコルセットでギュウギュウに締めつけて小さく見せている。
背も高いのでいつも猫背で冴えない女の子を演じている。
本当のわたしは小さい頃から男勝りのお転婆だ。
普段の話し言葉は男とかわらない。
なんといってもわたしは実は、すごい怪力の持ち主なのだ!
男ひとりぐらい軽々と持ち上げられる。
オーランも本当のわたしを知ったら驚いて2度と声などかけないであろう。
わたしの様子があまりにも田舎くさくて頼りないので親切心で面倒を見てくれているだけだ。
それよりもどうしよう!
スカートビリビリのかっこ悪いとこ見られちゃったよー!
翌日から収穫祭がはじまった。
城内のあちこちに物売りや大道芸人がたくさんいて、大勢の人だかりがしている。
本来ならわたしも祭りを楽しみたいところだが、王太子の警護という大切な任務が待っている。
マントを片手に、ナイフを忍ばした黄色いドレスを着て王家の住まう王宮へと入っていった。
「これは、シャーロット殿! オーランさまに御用ですか?」
「はい。マントをお借りしたのでお返しに参りました」
膝を折り衛兵たちに挨拶をした。
「おい! マントだってよ!」
「あのオーランさまがマントを脱ぐなんて! どんな出来事があったのやら!」
「ウヒヒヒ……!」
衛兵が顔を見合わせ意味ありげに笑っている。
なんだ?
騎士のマントを借りるなんてとんでもない野郎だ、などと言いながら飛び掛かってくる気では?
ドレスの下のナイフに手をやる!
くるならこい!
いつでも、やってやる!
様子を伺いながら身構えていると、コツコツと靴音がしてきた。
「これはシャーロット殿! マントを返しにわざわざ?」
オーランだった。
「は、はっ、はい!」
昨日の失態を思い出し顔が上げられなかった。
もじもじしているとオーランが目の前に両手を差し出してきた。
「シャーロット殿が気になされていた警備体制を説明して差し上げます。そのほうが安心なされるでしょう」
「それはうれしいですわ! ぜひ!」
これは渡りに船だ!
嬉々としてオーランの手を握りしめ立ち上がった!
「あ、あの……シャーロット殿……この手はマントをいただこうと……。そこの2人、笑うな! マントをシャーロット殿から受け取っておいてくれ! それではシャーロット殿! こちらです!」
うしろで衛兵たちがまた笑っている。
なんだ?
「コホン! シャーロット殿、こちらのバルコニーへどうぞ。城内のすべてが見渡せます。あちらが王太子のパレードの経路でありまして……」
オーランが王太子の予定を詳しく語ってくれた。
王太子は収穫祭の行われる7日の間1つ1つの催しを視察して回る。
何かあったらこのバルコニーから観察することができるな。
下の道に降りるまでだいぶ距離があるが。
そうだ!
バルコニーの脇にあるこの大きな樫の木をつたって下りればいい!
昨日は油断して落っこちてしまったが、木登りは昔から猿並みに得意なのだ。
「……ロット殿……シャーロット殿! あぶなーい!」
「きゃああーっ!」
――ガラガラガラガラーッ!
手すりが折れてバルコニーから真っ逆さまに――!
「ハアハア……あぶなかった……」
「危機一髪でした……」
――オーランがうしろから支えてくれて事なきを得た!
「はあー……よかった……オーランありが……んっ?」
なんとオーランの手がわたしの胸に!
「わああーっ! こ、これはぐうぜんで、わたくしはそのような……!」
オーランがパッと手を離した!
わたしのカラダはまた前に倒れ落っこちそうになる!
「ぎゃああーっ! 手を離すんじゃない!」
「すすす、すみません!」
今度はウエスト部分を掴んでくれた。
「ふーっ……あぶなかった……2度びっくり!」
「シャーロット殿! そこは危険です!」
――フワリ!
オーランがわたしの腰を持ち上げ、安全な場所に降ろしてくれた。
「オーランさま、どうもありがとう……んっ?」
何かが動いた!
振り返ってバルコニーの下を覗いた。
走り去るピエロのうしろ姿が見えた。
「大道芸人か……」
なぜかとても気になった。
「普通のピエロのようだったが……」
――バタバタバタバタッ!
「オーランさま! 今なにか物音が……!」
衛兵たちが欄干の落ちる音を聞きつけやってきた。
「こ、これは失礼! お取り込みの最中で!」
「えっ……?」
「ち、ちがうぞ! 断じてちがう! わ、わたしはシャーロット殿を助けようと!」
オーランの手がわたしの腰にまわったままだった。
これではまるで、オーランがわたしに抱きついているように見える。
「おまえたち! 欄干の点検が甘いようだぞ! わたしだったからいいようなものの、王太子だったら確実に落っこちていたことだろう! このようなことが今後……」
皆が唖然とわたしを見ている。
しまったー!
わたしは田舎からやってきた箱入り娘!
警備についてとうとうと語りはじめたらおかしいではないか!
まずい!
なんとかして誤魔化さないと!
「ああ……気分が……高いところにいてめまいが……!」
わざとよろけてみせた。
本当は高いところ大好き!
小さい頃からターザンの真似してスリルをたのしむタイプなんだけどね。
「シャーロット殿! それは、たいへんだ!」
――ガバッ!
いち早く反応したオーランがわたしを横抱きにして走りはじめた。
しょせん姫抱っこ。
衛兵の横を通り過ぎるとき薄目を開けながら確認しちゃったよ。
彼らは目配せして笑ってた。
わ、わたしの演技、くさかった?
――カンカンカンカンッ!
「衛生班! 医者! 産婆でもいい! 誰かいないかー!」
オーランがわたしを抱いたまま秘密のらせん階段を駆け下りていく。
こんなところに階段があったとは。
オーランはかなり動転しているようだ。
いくらなんでも産婆はないだろう。
妊娠なんぞしていないぞ!
「オーランさま、お待ちください! ちょっと頭がクラクラしただけです! わたくしはもう大丈夫でございます! か弱いわたしにとって、このようなことは日常茶飯事!」
「そうなのですか? おしとやかなシャーロット殿には刺激が強すぎたようです。今度からは高い場所には行かないようにいたします」
ようやくオーランが腕から降ろしてくれた。
やれやれ。
彼ともあろうものがこれほど動揺するとは。
これでは先が思いやられるというものよ。
「シャーロット殿、どこかで休まれますか? よければあちらの……」
「ピエロが見たい!」
「ピエロ? 大道芸に興味がおありですか?」
「はい!」
さっきのピエロがどうしても気になる。
目付きが異様に怪しかった。
「お身体がよろしいようなら参りましょうか。わたしも警護を見回りたいので」
「参りましょう、参りましょう!」
オーランに腕を取られ祭り会場へ踏み込んだ。
普段は静かな城前広場に今日は大勢の見物客が詰め掛けていた。
通りには色とりどりの花やたくさんの食べ物がところ狭しと並べられ良い匂いがしてくる。
――ワアアアーッ!
ところどころで大歓声が上がる。
大道芸人が大技にチャレンジしているようだ。
「彼らは普段はサーカス団として大勢で旅をしています。今日は大きなスペースが取れないので、あちこちに分散して芸を見せているのです」
「ピエロはどちらに?」
「道化師はコメディアンですので、子供たちが大勢いる場所におります。あちらの噴水のそばかもしれません。行ってみましょう」
城の裏庭に向かった。
収穫祭のあいだ城内は解放されている。
それだけ間者も入りやすい状況が作られているのだ。
――コツコツコツコツ……。
「ああ、やはりあそこにいました!」
数メートル先の噴水のそばで、顔にペイントをしたピエロが子供に輪っかを使った芸を披露していた。
近づいてみたがさっきバルコニーの下にいたピエロとはちがった。
あのピエロはもっと邪悪な雰囲気を持っていた。
「シャーロット殿、もうすぐ王太子お気に入りの歌姫が舞台に出演します。このあとそちらに移動しませんか?」
「本当ですか? ピエロはもういいです。王太子がお見えになるなら、そちらの舞台のほうが興味がございます!」
突然オーランがムッとした表情で詰め寄ってきた。
「シャーロット殿が興味があるのは舞台ですか? それとも、王太子ですか?」
「へっ? は、はい? えっとー……」
「あっ……と、これは失礼……。なんでもありません! 今のは忘れてください!」
オーランは急に踵を返すとスタスタと前を歩きはじめた。
突然どうしたのだろう。
今日のオーランは変だ。
といっても、会ったばかりで彼のことをよく知らないが。
子供の頃から神童でたいへん優秀な騎士だと聞いている。
なのに、さっきから赤くなったり青くなって怒ったり。
落ち着いた大人っぽい性格の男だと思っていたが、勤務中はこんなに情緒不安定なんだろうか?
オーランのあとについていくと大きくて立派な建物の前に出た。
王立劇場だ。
中へ入り2階の王族たちの席に着いた。
オペラグラスを渡された。
早速それで隣のバルコニーにいる王太子を見てみる。
金髪碧眼の美形がお気に入りの歌姫の登場をいまかいまかと待ち詫びている。
昨日も見たのによく飽きないな。
わたしはこういった歌や芝居は苦手だ。
何が楽しくて見知らぬ人が飛んだり跳ねたりする様子を見なくちゃいけないんだ。
ジッとしているのも性格的に苦痛だ。
今日もこれから豊満なカラダの美女がカナリアに向かって歌う姿なんぞを見続けなければならない。
あんなメリハリボディを表面積の少ないドレスで披露してる女にご執心とは、王太子の将来が思いやれる。
「……ロット殿! シャーロット殿!」
「は、はっ、はい!」
「舞台は下ですよ!」
「はい!」
オーランはまだ怒っている。
露骨に王太子を見過ぎてしまったか。
至近距離でオペラグラスを使っていたから怪しまれたのかもしれない。
周りの人たちもこちらをチラチラ見ている。
忍びのわたしが目立ってどうする!
オーランに話しかけてなんとかこの場を誤魔化そう!
「オ、オーランさま! 舞台はまだ始まらないんですの? わたくし昨日からずっと楽しみに……!」
「シャーロット殿……」
オーランがわたしのオペラグラスをそっと取り上げた。
隣に座るオーランをオペラグラスで見ていたようだ。
周りから失笑がもれる。
とてもはずかしい。
誤魔化そうとしてかえって目立ってしまったではないか!
だれかはやく暗幕を降ろして暗くしてくれないかな。
――パタンッパタンッ! パタンッパタンッ!
願いが通じたのか、暗幕が降り舞台上に灯かりがともされた。
口上が現れ演目が発表された。
1番手があの歌姫だ。
舞台中央の鳥籠に向かい裸のような格好で歌いはじめた。
今日は昨日に比べ喉の調子があまりよくないようだ。
オペラグラスを覗くフリをしながら王太子を横目で確認する。
彼は歌姫に釘付けだ。
チラッと舞台を見た。
「んっ?」
オペラグラスでさらによく見る。
舞台の袖にピエロがいる!
暗闇にギラリとピエロの手にするナイフが光る。
咄嗟に隣のオーランの腕を掴んだ!
「オーランさま! あそこ! 舞台袖にピエロが! ナイフを持っています!」
「本当だ!」
オーランが立ち上がると同時に、ナイフを振りかざしたピエロが歌姫に向かって駆け出した!
「あぶなーい!」
思わず大声で叫んだ!
「きゃああーっ!」
――グサッ!
――ドサッ!
一瞬なにが起きたのかわからなかった。
反対側の舞台袖に逃げていくピエロ。
カナリアの籠の下で血を流して倒れている歌姫。
胸にはナイフが刺さっている!
――ワアアアーッ!
――たいへんだー! 歌姫が刺されたぞー!
――犯人はピエロだー! 逃げろー!
客席はてんやわんやの大騒ぎとなった!
すかさず王太子に目をやる!
大勢の護衛に守られながら席を離れようとしている。
秘密の通路を通り王宮に戻るのだろう。
わたしもあとからついて行くとしよう。
――フワリッ!
「シャーロット殿! 人が大勢いて危険です!」
「あの……」
オーランがまたわたしを姫抱っこした。
余計なことを!
王太子が行ってしまったではないか!
第一これではかえって避難しづらい!
「オーランさま! 自分で歩いたほうが……!」
「いいえ! 危険です!」
わたしをがっちり抱き上げたオーランが有無も言わさずに進んでいく。
もうあきらめてそのままにしておいた。
なかなかに頑固な男だ。
父上といい勝負かもしれない。
だがこのあと、王宮に避難したわたしたちにとんでもない事実がもたらされた!
なんと王太子が行方不明になってしまったのだ!