強行軍で行く
どうも、第21級神使のシロンだ。
ついさっきまで神界の方で河守の仕事をしていたんだが、上司の急な勅令によって『バスカルディア』という世界に潜入することになった。
出立は三日後。その間に引き継ぎと荷物の整理、そしてペット達と暫しの別れを惜しみつつ、上司から予習用だと与えられた書物を読み漁る。
任務に関しては「焦らなくていいので確実に達成しろ」とのこと。
あとこの任務は私の有給休暇も兼ねているそうで、「羽を伸ばしてこい」というお言葉もいただいている。
潜入方法は比較的簡単だ。世界と世界を繋ぐ『流魂の大河』の、バスカルディア行きの支流に飛び込めば何所かで受肉できる。
ただしこの大河に流れることができるのは魂やそれに近い精神体だけなので、体は置いていく。ペット達が見ていてくれるそうなので大丈夫だろう。
バスカルディアは中位の女神によって治められている。
特徴としては魔素濃度が高く、文明の発展度も高いが世界の安定性は低い。
これらの特徴を持っている世界では大抵魔法が発達しており、また高濃度の魔素によって変質した生物が優占している。ちなみにその基準となっているのはドラゴンだったりする。
そしてそんな世界に何をしに行くのかというと、神具の回収だ。
実はバスカルディアの女神、色々とやらかしてくれている。
神格者による統治世界への過度な干渉は禁止されているはずなのだが、この駄女神、こともあろうに単一種族へ肩入れした挙げ句に他の世界からぶんどった神具をばらまいている。
それが原因で崩壊した世界が三つ、そして今現在滅びつつある世界が十二個ある。世界を一つ崩壊させるだけでも第一級の大罪なので、行く末は推して知るべし。
すでに刑罰は決定しており、その執行権も私に譲渡された。地道に神具を回収して駄女神の力を削ぎ、ついでにとどめも刺せということなんだろう。
数が数なのでかなりの長期任務になることは必至だ。必ずしも全ての神具を回収しきる必要はないものの、神使一人にやらせるには荷が重すぎると思う。
しかし命じられた以上は従う他なく、地道に進めていくしかない。
多少無茶をしても神使なら大丈夫だろうし、強行軍で終わらそう。
そう決意を固め、上司の見送りを背にバスカルディア直通の支流へ飛び込んだ。
流されながら今後のことを考える。
神具を回収するにはまず、神具の場所が分からなければ話にならない。
一応支流に飛び込む前に神具一覧と地図機能を埋め込んでもらったが、ちゃんと作動してくれるかは定かではないので足で探す覚悟もしておく。
次に神具を見つけてからのことだが、おそらくこれが一番厄介だ。
ばらまかれた神具は大抵が国の所有になっているため、非常に手が出しにくい。宝物庫に保管されているならまだ盗みようもあるが、要人が所持している場合は難易度が跳ね上がる。
これらをどう奪うか。
少なくとも返還陣を作動させるには対象に触れている必要があるため、至近距離まで近づかなければならない。
神使としての力を使えば簡単なのだが、神気が漏れ出た時点で確実に駄女神に気づかれるのでそれもできない。
他人に盗ませても足が付きかねないし、それなら自分でやった方がまだ安心というものだ。
妙案は浮かばず、そうこうしているうちにバスカルディアが見えてきた。
先を行く魂が世界の引力に吸い上げられ、至る所に散らばっていく。
三百年という月日は伊達ではなく、世界のどの辺りへ落ちていくかをなんとなく予測することができる。
任務をこなすためにはなんとしてでも人種に受肉する必要があり、何度も調整を繰り返した。
大陸へ。
国のある場所へ。
人の多い所へ。
吸い上げられている間も微調整を続け、やがて私の受肉先が確定した。
吸い上げられた勢いのまま真っ直ぐに落下していく。
位置としては大陸の西の端。記憶が正しければ確かユヴェーレ王国という宝石産業が盛んな国だったはずだ。
落下地点にはベッドに横たわる金髪の妊婦と、その周囲を慌ただしく動き回る使用人達。
そのまま私の魂は妊婦の大きく膨らんだ腹に吸い込まれ、受肉が完了した。
これで第一の難関はクリアした。
受肉してしばらくは新生児の体でもどかしい日々との戦いになるだろうが、生憎とそのような苦行に興じる趣味はないので、体がある程度大きくなるまでは眠ることとする。
起きるのは五才の誕生日の朝。体が目覚めると同時に私の意識も目覚めるよう設定した。眠っている間に他の魂が入り込んでしまうだろうが、目が覚めれば自動的に排出されるので問題はない。
では、おやすみなさい。