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東方紅魔恋話  作者: 九重九十九
紅魔館に住む
5/7

 昨日の記憶を思い出そう。

『停止、明日はフランと合わせる。アレもそろそろ血を取らないといけないころだ。我々も立ち会うがアレは少々頭がおかしい、突飛な行動を起こすかもしれないから気を付けろ、明日の九時、パチェがいた図書館に集合だ、遅れるなよ?』

 レミリア様は確かにそう言ってた。

(屋敷の構造もなんとなく憶えてるし、迷うことは無いだろう)

なんて思って一人で歩いていたのはいいものの――うーむ、なんというか、

「盛大に迷ったな、ヤバイなー」

 咲夜さんからもらった時計を確認するが、時刻は八時五五分を指していた。

「なんとなく歩いていたらいつの間にか外に出てるし、弱ったな、これ完全に遅れそうだよな、もし遅れたらレミリア様すっごく怒りそうだよなー」

「あのー」

「どうしたものか」

「あのー!」

「え?」

 考え事をしていたせいか、背後から話しかける人の声を完全に聞き逃していた。

 振り返ってみると、赤がかった長髪と緑の中華服に、人のよさそうな顔をした長身の女性が立っていた。

「違っていたら申し訳ないんですけど、あなた、侵入者ですか?」

「いえ、違いますけど」

 イキナリ突拍子もない事を聞いてきてびっくりした。

「あ、じゃああなたが新入りの人間さんですか?」

 女性は手を合わせて顔を輝かせてそう聞いてくる。

(見た所、羽も生えてないし、妖精ではないみたいだけど、ここの幹部の人かな?)

 そう判断して返事を返す。

「はい、一条停止といいます。よろしくお願いします、先輩」

「やっぱり! よろしくおねがいしますね、停止さん。ところで、先ほどは何か考え込んでいたようですが、何かあったのですか?」

「あっ! そうだよ、そうだった」

「どうしたんです?」

「九時までに図書館に行かないといけないんです、でも、場所が分からなくて……」

 言いながら時間を確認する。

「アーもう二分しかない!」

「――ちょっと失礼しますね」

「え?」

 ひょいと、いつの間にか俺は肩に担がれて、

「落ちないようにしてくださいね」

「ウォオオオオオオオオオオオオオワアアアアアアアアアアアア!!!」

 ものすっごいスピードで走り出した。

「すぐ着きますからね」

「あばばばばばばばばばば!」

 女性は笑顔で言うが、そのスピードに俺がついてゆけない、何の前説明もなくいきなり絶叫系マシーンに乗せられたみたいなリアクションしかできない。そして女性が走る動きで上下する肩がお腹の辺りを何度もぶつかってきてすごく痛い! あと気分も悪くなってきた。

「は、吐きそう」

「ええ!? もうすぐ着きますからそれは勘弁してください!! あ、ほらもう付きますよ」

 女性の肩で揺られながらいつの間にか屋敷の内部に戻っていたようで、そしてどんどん近付く扉はこの間の図書館だか図書室だかの扉だった。

「これなら間に合うかもしれな――あの、なんかスピードが全然落ちてきてないというかこのままじゃぶつかグエッ!!」

 セリフを言い終わらないうちに、案の定図書室の扉にぶつかった。

「いたた、スイマセン。やっぱり急には止まれなかったです」

「やっぱりって、アナタ、失敗するって最初から分かっていたのにやったんですか……」

 扉にぶつかった痛みで変な声を上げながらのた打ち回りたくなるのをなんとか抑え込み、やっとの思いで口を開いてそう抗議する。

「だって、急いでたし……その、停止さん、スイマセン。普通の人間にはやっぱり痛かったですか? 咲夜さんとか博麗の巫女とかが人間の基準なんでその、普通の人間が結構脆いものなんだとは知っていますけどあのその」

 女性はあたふたとしているけど、なんだかその様子がおかしくて、思わず口元が緩む。

「な、ちょっとなに笑っているんですか」

「いえ、ちょっと可笑しくて、アイテテテ」

 笑うと体にひびく。

「その、私が言うのもなんですけれども、大丈夫ですか?」

 女性が立ち上がり、手を差し伸べてくる。

 その手を取ると、やはりすごい力で引っ張ってくれた。といっても肩を壊すほどでもない。けどまあ、この人も人間ではないのだろう。

「まだ所々痛いですけど、大丈夫です」

 けど、大丈夫じゃないものがひとつ、それは、目の前の中国女性の後ろにいる咲夜さんがなにやら腕を組んで険しい表情で俺らを見ていることで……

「メーイリーン? いろいろとどういうことかしら?」

 その言葉に反応して女性はハッとする。そしてゆっくりと、顔を青くしながら後ろを振り返る。

「さ、ささ、咲夜さん!? なんでここに?」

「それはこっちのセリフよ、まともに門番こなせないのはもう仕方がないと諦めていたけれど、よもや門から離れるとまでは思ってもいなかったわ」

「い、いえ、その、これはですね」

 女性がこちらに振り返る、その表情は助けてと書いてあったが、俺は怒った咲夜さんを相手に口が回るほど口達者ではないのです。南無三、手を合わせてごめんの意を表す。

「そ、そんなー!」

「メーリン!」

「ひえぇ――!」

「問答無用!!」

 咲夜さんが叫ぶとその背に無数のナイフが浮かんでいた。

「ふぇ?」

 あ、いまの間抜け声は俺の声です。

 咲夜さんの背後に現れたナイフ群は、咲夜さんが指を鳴らすとナイフは全て中国服の女性に向かって飛んでゆく。

「ひええ~! 咲夜さんごめんなさーい!」

 後頭部にナイフが突き刺さりながら、女性は走って行ってしまった。何かのギャグマンガの一コマみたいな出来事だった。

「あ、あの、咲夜さん」

 状況から一人置いてきぼりを食らっている俺は、とりあえず咲夜さんに話しかける。

「停止さんも、約束の時間がもう過ぎましたよ」

「す、スイマセン。道に迷ってしまって」

「言い訳が聞きたいわけじゃありません。まあいいです、次から気を付けてください」

「はい」

 咲夜さんはハァと溜息をつくと、ニコッといつもの笑顔に戻っていた。どうやらお説教の時間は終わったようだ。

「では行きましょうか」

 咲夜さんは図書室の扉を開ける。

 扉の奥に小さく見えたのは金髪の髪をサイドテールにして赤い服を着ている女の子、あの時、巨大妖怪に襲われた日から実に五日ぶりとなる命の恩人との対面になる。名前は確か、フランドール・スカーレット。

 彼女もこちらに気が付いたのか、ニコリと笑って小さく手を振ってくれる。

 近付いて分かったが、彼女は床に描いてある大きな魔法陣の中心に立っている。

 そして魔法陣から離れた所では、本棚の上に腰掛けているレミリア様がいた。

「遅かったじゃないか停止、人間の分際でこの私を待たせるとはいい度胸だな」

 本棚から飛び降りて、ふわりと着地。広げた羽をたたんでレミリア様が俺を射竦める。

「ス、スイマセン、道に迷ってしまいまして……」

「フン、早く館の構造を覚えろよ」

「はい」

 レミリア様と話していると、会話に割り込んでくるものが居た。

「ねーえー、お姉さまとばかり話してないで、私ともお話ししましょう?」

 フランドール様である。

 まず何から話そうかと事前に考えたあった俺は、迷わずに口を開く。

「そうですね、スミマセン。フランドール様、あの時は助けていただき――」

「あ、そういうのはいいわ」

「アッハイ」

「お兄様には私のことをフランって呼んでほしいの」

「え、ですが……」

「敬語もダメ!」

 両手をクロスさせてダメと伝える。

 俺は困ったようにレミリア様をみる。

「好きにしろ、私はフランの好きなようにさせるつもりだ」

「ね? お姉さまもこういってるんだから」

「分かりまし――分かったよ、フラン。これでいいかな」

「うん! いいわお兄様、とっても」

 口からチラリと八重歯がみえるその笑顔が可愛い。ドキンと一瞬だけ心臓がはねた。

「そ、その、お兄様というのはなんなんだ?」

 照れ隠しのように俺はフランドール様――いや、フランに聞く。

「え? お兄様はお兄様のことだけど?」

 さも当たり前のようなことを聞く、みたいに小首を傾げられる。

「私、お姉さまはいるけどお兄様はいないから憧れてたの、だから、アナタが私のお兄様」

「まあ、フラン様の方が何百年も生きているのですがね」

「咲夜、うるさいよ」

「おっと、申し訳ございません」

 いつの間にかレミリア様の横に咲夜さんが控えていた。本当にこの人は気配がないというかなんというのか。

「さて、そろそろ本題に移るぞ」

 レミリア様が腕を組む。

「前もって説明したと思うが、今日はフランに停止の血を飲ませる」

「停止さんと妹様には、そこの魔法陣の中で吸血行為を行ってもらいます。この魔法陣の中での暴力行為は出来ないことになっております」

「お兄様はそんなことする人じゃないよ!」

「いや、フラン。我々としてはお前の暴走を想定しているんだが」

 レミリア様がツッコミを入れる。

「あら、そうだったのね」

「兎に角、フランはそのまま、停止は指でも切ってから魔法陣の中に入れ」

「あの、レミリア様? 指でも切ってとか言われましても、その……」

「――ああ、そうか。咲夜基準で考えていたわ、すまないな。咲夜、代わりにお前がやれ」

「了解しました。停止さん、先に謝っておきますね。ごめんなさい」

 え? と思った時には、左指の人差し指中指薬指にズキリと痛みが走った。

「痛ッ!」

 予想しない痛みに情けなく声を出してしまった。痛みの原因を探るべく当然痛みの感じる左手を見てみる。するといつの間にか、人差し指の第二間接付近から薬指の第一関節までに斜め一線の傷ができていて、丁度血がジワリと滲み出始めているところだった。

(今俺は何をされたんだ!?)

 理解が追い付かない。おそらく咲夜さんが何かやったんだろうということは理解できるが何をされたのかは全く分からなかった。

「終わりましたお嬢様」

「そうみたいだな。停止、魔法陣の中に入れ」

 レミリア様が指示を下す。魔法陣はフランを中心に半径二メートルといったところだ。

 まだ少し混乱が残っていたが、言われたことに対して返事をする脳は残っていた。

「あ、はい」

 魔法陣に近付くたび、混乱は収まっていく。代わりに、何故か心臓の鼓動が大きくなってゆく。これからされる吸血に不安を抱いているからなのか、それとも、クランベリーのように赤い吸血鬼に近付く気恥ずかしさからくるものなのか、自分では判断が付かない。

「緊張しているの? うふふ、お兄様かわいい」

「――――ッ!」

 心中を察せられるというものがこれほどびっくりするものだとは思わなかった。

 俺は湧き上がる恥ずかしさといたたまれない気持ちが同時に湧き出る。しかし、そんな気持ちと相反すようにずっとこの吸血鬼を見続けていたいという気持ちも強く現れてきている。本当の自分の気持ちがどっちなのか、そんなことすらもうわからなくなってきた。

 不意に、フランが近付く。鼓動が更に早くなってしまう。

「あっ……」

 まったく焼けていない陶磁器のような白肌、そんな両手が俺の左手を包み込む。

「大丈夫、痛くしないよ」

 そう言ってフランは俺の左手を、口の中に入れ込んだ。

「はむ」

「……はむ?」

「ん、チュウ。ンム、ンム、むあ……」

 より正確には、人差し指中指薬指を口に入れられた。

 指先にフランの舌の感覚がダイレクトに伝わる、舌の上でころころと舐られ、チュウと血を吸われる。

(うぅ、なんだこの感じ)

 背中にゾクゾクとした何かが走り抜ける。

(奇妙な感じ、なんだか、クセになりそう)

「ん、まぁ、レチュ、ちゅ……」

 フランは効率よく血液を得るために、舌を使って傷口を刺激する。そのたびに弱い電気が流れるような感覚が体を支配してゆく。



 …………

 ……………………

「ねえ咲夜、あれちょっと危なくないかしら」

「ええとお嬢様、それはどっちの意味ででしょうか」

「絵面的にマズいのはこの際仕方がないのだけれども……そうじゃなくて! フランと停止の顔を見てみなさい」

 少しだけ顔を赤くしてレミリアは言う。

「ええ、何故カメラを持ってこなかったのかが悔やまれるような顔をしていますが」

「お前そういうことは思っても口に出すなよ。そうじゃなくて、フランの場合は初めて――ではないのか。初めてではないが二度目の吸血なんて初めてとほとんど一緒のようなモノでしょう。で、多分あれ、血の魅力に溺れてきているわ。んで、停止も吸血鬼の魅了にやられてる」

「え、妹様はいつ魅了の術なんて覚えたのですか!?」

「吸血鬼という種族の本能的なものなんでしょうね。獲物に抵抗されないように、次の吸血の機会により多くの血を提供してもらえるようにってね」

 吸血行為を行わない吸血鬼として、レミリアが自分の考えを語る。

「へえ、吸血行為をする吸血鬼ってそんな感じなんですね」

「はあ、フランが暴走して停止をうっかり殺してしまわないかと心配していたけど、こっちの可能性は全く考慮していなかったわね」

 頭をガシガシと掻いて溜息をつく。

「これも次までに対策を考えないといけないわね。まあ、とりあえず今日はフランも必要分の血はもう取れただろうし……咲夜、止めなさい」

「はい、お嬢様」

 ――そして時が止まる。



 …………

 ……………………

(ああ、いつまででもこうしていたい。俺はこの子に血を与えるためだけに生きているだけの存在になって、体中の血液がなくなってしまうまで吸い尽くしてもらいたい。ええい、指先だなんてまどろっこしい。ああ、そうか、俺が首筋を差し出さなかったからいけなかったのか。なら話は簡単だ、この子の鋭そうな八重歯なら俺の首筋の皮なんて簡単に噛み千切ることができるだろう、さあ、俺の首を噛み千切ってく――)

「しっかりしなさい!」

「え?」

 左頬に痛みが走る。

 気が付いたら目の前にいるのはフランではなく、咲夜さんになっていて、咲夜さんはなんか怒っている顔になっていて、俺はビンタされて、いつの間にか魔法陣の外側に出ていて、えっと、これは一体どういうことなんだ?

 魔法陣の中ではとろんと恍惚の表情を浮かべたフランがレミリア様に意識確認(目の前で手を振って「おーい、フラン、聞こえてるかー」と聞いている)されてるし、何が何だか訳が分からない。

「咲夜さん……俺……」

「気が付きましたか、あなたは妹様の魅了の術に掛かってしまったのですよ」

「俺、なんだか自分で自分じゃないみたいで、なんか、分からないんですけど、あれ、俺、なんで泣いてるんだろう」

「停止さん、今日はもういいです。休みましょう――お嬢様、停止さんを送っていきます、妹様をよろしくお願いします」

「ああ、そっちも頼んだぞ」

「はい。それではしばらく席を外します。停止さん、行きますよ」

「――はい」

 返事をしたときには俺と咲夜さんは、俺の部屋の扉の前にいた。

「え、あれ、なんで」

「今のは私の能力です。安心してください、停止さんがおかしくなったわけではありませんよ」

「そう、ですか」

 咲夜さんが部屋の扉を開けてくれる。俺は、何故か足に力が入らなくて、のろのろとした動きで部屋に入る。

「洋服は、まあいいでしょう。もうベッドで休んでください」

「え、でも、服にしわが付きますし……」

「服が脱げるほど、体力が残っているのならそうした方がいいんですけどね」

 言われて初めて俺は全身の倦怠感を自覚できた。いまならベッドに倒れて十秒ほどで眠ってしまえそうだ。

「いいですよ、明日、私がクリーニングするので」

「……すいません」

「いえ、気にしないでください。さ、早く休んでください」

 咲夜さんに促されて俺はベッドに横になる。すると咲夜さんが布団を掛けてくれた。

「すいません……」

「いいですから、停止さんはもう寝てください」

「はい――」

 瞼が重くなるのを感じる。

「後のことは、よろしく、お願い、しま…………すぅ……」

 意識が――遠退いていく……。

「あらあら、寝息なのにちゃんと言葉として繋がったわね。ふぅ……あなたはこれから妹様のことで大変な目に遭うと思うわ。それはあなたにとってはとても辛いことになると思うけれども、それでも私は、紅魔館の人間としてあなたに感謝するわ。ありがとう、停止さん。妹様が生きていけるのはあなたのおかげよ。せめて今は、ゆっくりと休んでね」

 慈しみのこもった表情で、咲夜さんがそう言ったような気がした。


図書館か図書室かでそろそろ統一したいところ。


図書『館』として専用の建物がある一方、館の方からでも出入りが可能ってことにしよう。

それでもう次回から図書館で統一しよう。そうしよう。

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