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東方紅魔恋話  作者: 九重九十九
紅魔館に住む
3/7

 翌日、目が覚めるとベッドの近くに服が用意されていた。

「そういえば、ほぼ半裸のまま寝ちゃったんだっけか?」

タキシードのような、スーツのような、どちらともつかない服は、きっと幻想郷の生まれの人には着づらかっただろうが、俺は生まれが現代日本なので問題はなかった。ちなみに紐ネクタイなんて初めてつけた。

「鏡で確認をしたいが、ま、誰に見せるでもないからいいか」

と、その時ドアをノックする音が聞こえる。

コンコン。

「目覚めていますか?」

声から判断して咲夜とかいうメイドさんだろう。

「どうぞ」

「失礼します。あら、すでに着替えていましたか」

「はい、一応来てみましたが、どこも変じゃないですよね?」

「……失礼」

咲夜さんは急に接近したかと思うと首元に手を伸ばす。

「えっ」

「…………これでよし、ネクタイが少しだけ曲がっていました。鏡がないから自分では気付けなかったのでしょうね」

「あ、ああ、どうも……」

「何を照れているのです? さて、これからあなたには色々と説明をしなければいけません。とりあえず、図書室に向かってパチュリー様と合流しましょう」

「パチュリーさん?」

「ええ、私と一緒にあなたの怪我を治してくれた人ですよ」

「ああ、あの紫の人……」

「ええ、あの根暗っぽいもやしみたいな方です」

「……え?」

「冗談ですよ」

「あ、ああ、冗談」

「はい、冗談です」

咲夜さんはにっこりと笑った。

「それより、体はどうです? 一日寝ていたからもう大丈夫かと思うのですが」

「あ、はい。痛みもだいぶ引きました」

「それは良かった。でも、まだ激しい運動はしないように」

「はい」

「それでは、図書室へと行きましょうか」

「はい」



俺は、咲夜さんの後を付いて行く。

(なんだか、窓が異常に少ないというか……)

「どうかしましたか?」

キョロキョロしていた俺をどう思ったのか、咲夜さんが声を掛けてきた。

「いや、なんだか窓が少ないなーと思って……」

「ああ、仕様です。気にしないでください、設計ミスとかじゃありませんから」

「はあ、そうですか」

というよりも、少し考えれば分かることだった。多分、この館の主はあの金髪の子と同じ吸血鬼なのだろう、そして吸血鬼は日光に弱い。幻想郷で大勢力のひとつである紅魔のトップだから直射日光でやられることはないと思うけど、それでも好んで浴びたいとは思わないのだろう。

なんて考えている内に図書室に着いた。

「うわーぉ」

図書室の扉を開けて、中に入った途端俺は感嘆の声を漏らしてしまった。

一面に見えるのは本、本、そして本。本棚が所狭しと並べられてその本棚には隙間なく本が詰まっている。本棚の中には浮いているものもあり、やはりその中も本がぎっしりと詰まっている。

「すごい……」

「これが、紅魔館名物の大図書館です、もちろん図書室と呼んでもいいです」

その迫力に圧巻されているところ、咲夜さんが解説を入れてくれる。

「――あら、もう起きて大丈夫なの?」

 その声は真上から聞こえてきた。

 俺と咲夜さんは同時に上を向く。

 空中に浮かぶ本棚の近くに紫のネグリジェのような服を着た紫の髪の女性が浮遊していた。

「あれが、この図書館の名物『動かない大図書館』パチュリー・ノーレッジ様です」

「咲夜、それ、どういう意味かしら?」

 パチュリーさんは、上空からゆっくりと沈下してきて、俺達の前に下りてきた。

「冗談ですよ」

「――まあ、いいわ」

 パチュリーさんは俺達に背を向けた。本当はすごく何か言いたげだったが、それを飲み込んだようだ。

「それより、アナタ。体はもう大丈夫なの?」

 パチュリーさんはもう一度振り返り、先ほどと同じ問いをする。

「あ、はい。おかげさまですっかり元気になりました。ありがとうございます」

「……そう、それはよかったわ。爆発しないで……」

「え?」

 最後、よく聞き取れなかった。

「なんでもないわ」

「そう、ですか……?」

 よくわからないけど、実は結構危ない橋を渡ったんじゃ?

「そんなことより、あなたの現状を説明しないとね」

「はあ……」

「こぁ? いるなら出てきて」

 パチュリーさんは首を上に傾けて、上にいる誰かに呼びかける。すると、一瞬の空白があってすぐに、「はーい!」という返事が聞こえた。

 そして、パチュリーさん同様上空から誰かが勢いよく降り立った。

「おはようこんにちはこんばんは人間さん! こぁでーす!」

 活気のある登場をしてくれたのは、赤っぽい髪に頭と背中に羽がついている感じの明らかに人間じゃない子だった。図書館で司書でもしているのか、キャリアスーツのような服装だ。

「こぁ、三人分のお茶を準備しておいて」

 俺が呆気にとられていると、パチュリーさんがこぁに指示を出した。

「はい! 了解しました!」

 にへら、と笑って、こぁは図書室の奥にと飛んで行った。

「さて、こぁがお茶を入れる時間もあるから、ゆっくり歩いて行きましょうか」

「あ、はい」

 俺らはパチュリーさんを先頭に、ゆっくりとしたペースで歩きはじめる。

「あの……今の人? は」

「こぁのことかしら、あの子は私の使い魔よ。そうね、私専属の使用人といえば伝わりやすいかしら。ちなみに、分かってると思うけど人間じゃないわよ」

(やっぱりか)

「種族は悪魔。だけど、力が弱いから小悪魔、頭を取ってこぁって呼んでるわ」

(名前安直すぎないか?)

「いま、名前付けるのが適当とか、そんなこと思ったでしょう」

「い、いえ、そんなことは……」

「あら、私は結構安直だと思うのだけど、あなた、もしかしてセンスがないのかもね」

(そっちのパターンか!)

 心の中で突っ込む。

 咲夜さんはクククと笑いをこらえていた。

 そんな感じで歩いていると、ぽんと不自然な位置にテーブルと三人分のイスが置かれており、そこでこぁが三つ目のカップに紅茶をそそいでいる所だった。

「あ、パチュリー様、ちょうどお茶が入りましたよ。お茶菓子はシュークリームを用意しました」

「そう、ありがとう。もう下がっていいわ」

「はーい! それでは人間さん、また」

 こぁはまたにへと笑い。そのまま上空へと飛んで行った。

「さあ、座って。もうすぐレミィも来ると思うから」

(レミィ?)

 誰だろう、と思ったのを咲夜さんは見透かしたのか、

「レミリア・スカーレットお嬢様、ここの主です」

 と、小声で耳打ちしてくれた。

「てことはあの金髪の子の……」


「そう。アイツの姉でこの館の主だ」


 タイミングよく、先ほど俺らが入ってきた扉が開いて誰かが入ってくる。

「あらレミィ、ちょうど来るかと思っていたところよ」

「ああ、私もそろそろ準備が整う頃かと思っていたわ」

 その人は、俺の記憶にある金髪の子と非常に容姿が似ていた。見た目は幼いながらも、整った顔立ちは見るものを魅了する不思議なものを持っている、違う所は、水色の涼しい髪と、背にはえている羽が蝙蝠のようなもののことだろうか。

 レミリア様が威厳たっぷりにゆっくりとこちらに歩いてくる。

「ほう、こいつが件の人間か。不肖の愚妹が迷惑をかけたようだな」

「レミィ、不肖と愚妹って、愚かしいって意味が重複しているわ」

「いいんだよ、それほど愚かしいってことよ」

「じゃあ、全員揃ったし、とりあえず始めましょうか。みんな座って」

 パチュリーさんの掛け声で、咲夜さん以外が座る。そして咲夜さんは何時の間にそこにいたのか、レミリア様の後ろに控えていた。

「さて、まずは自己紹介からかしら。私はパチュリー・ノーレッジ、レミィの古い友人よ、ここでは頭脳担当みたいなものね」

 パチュリーさんに続いて、咲夜さんが一歩前に出る。

「十六夜咲夜、ここ紅魔館でメイド長などをさせていただいてます」

 最後に、レミリア様が、

「レミリア・スカーレット。見ての通り、吸血鬼だ。次、お前の番だ」

「そういえば、まだ名前伺ってませんでしたね」

 咲夜さんがうっかりという表情を作る。

「えと、俺は――あれ」

「ん、どうしたの?」

「いえ、その……」

 俺は手で頭を押さえる。

「俺……名前、なんでしたっけ?」

「まさか、記憶喪失?」

「そういえば、頭を打ったと証言してましたね。崖から落ちた時に」

「――名前なんかどうでもいい、なんなら私が付けよう、そうだな、一条停止というのはどうかしら?」

「お嬢様、停止って」

 咲夜さんが苦笑を漏らす。

「うるさいわね、コイツの顔を見た時にそんな感じの運命を感じたのよ! で、どうなの人間、一条停止。気に入ったかしら」

「(ここでヘタなことを言うと何されるかわからないからなぁ、しかたない)はい、とても気に入りました」

「そう、もっと褒め称えてもいいのよ」

「レミィ、話が逸れているわ」

「そ、そうね。そうだったわ、続けて頂戴」

「わかったわ。さて、今回集まってもらったのは他でもない、一条停止と妹様のことよ」

「フフフ」

「咲夜、笑わないで頂戴、こっちは真面目に話してるつもりなのだけど?」

「すいません、パチュリー様」

「じゃあ、結論から先に言うわ。妹様だけど、どうやら停止の血液しかもう受け付けない体になっているわ」

 パチュリーさんは俺の顔をじっと見てそう告げた。

「普通、吸血鬼が血を摂取するときは一々吸われる側の人間のことなんて気にしないでしょうけど」

「確かに、聖職者やその近しい者は基本的に避けるが、普段はそんなこと気にはしないな」

 レミリア様が思い出しつつ話を合わせる。

「けど、妹様に限ってはもう停止の血液でしか吸血できない。理由は調べたけど私ではとうとうわからなかったわ」

「じゃあ、もしかして、妹様が帰ってきた時にお出ししたケーキや紅茶が食べられなかったのも……」

「そう、停止以外の人間の血が混ざっていたからね」

「そんな! じゃあ妹様はこの先どうやって――」

「しばらくは停止が生きているわ、でも、停止が寿命で死ぬ前までにどうにか妹様が停止の血しか受け付けなくなったのかの原因を調べないと、妹様は死ぬわ」

 血を吸えない吸血鬼、幻想郷に来る前にいくつかそんな本を読んだことがある。いずれの場合も吸血鬼は弱って死んでいった。

「そこで、停止が生きている内はこの屋敷にいてもらうことになるわ、そうよね、レミィ?」

 パチュリーさんがレミリア様に確認の意味を込めて視線を合わせる。

「ああ、停止、お前には悪いが拒否権はない。私がその気になれば生きたまま一生動けなくさせるなんて簡単だということを忘れるな、これは譲歩だ。お前には紅魔館で使用人として住むことを許可する」

 レミリア様は冷たい目でそう言った。

「いいな?」

 その目は、逆らえないほどの恐怖が籠っていた。

「は、はい!」

「お嬢様、人間はそんなに脅すと萎縮してしまいますよ」

「咲夜、こういうものは最初にどちらが上なのかをはっきりと教えておくことが重要だわ」

(…………)

 俺に見せた威圧感溢れる姿と、咲夜さんなどの仲間に見せるちょっとだけ抜けたような可愛い姿。どちらが本当のレミリア様なのだろうか。

「ん、何見てるのよ」

「い、いえ、別に」

「……もういいわ、停止、もう下がりなさい。咲夜」

「はい、承知しました。停止さん、行きましょうか」

 恐らく、まだ館内部を知らない俺を送ってくれるということだろう。俺は、出された紅茶もシュークリームも一切手を付けないで図書室から出て行った。



「――で、人間の自由を簡単に奪えるレミィはなんで逃げられるかもしれないような危険を冒してまで停止の自由を奪ってないのかしら。停止の血液だけ必要なら生きてさえいれば動けまいが五感が残っていようが関係ないんじゃない?」

「……アイツ、紅茶を飲まなかったわね」

 レミリアは先ほどまで停止がいた席を見詰める。

「レミィ?」

「もう、分かってるくせに」

 レミリアは半眼になる。

「それに……」

「それに?」

「もしかしたら、あの男はフランと――――かもしれないでしょ」

「ごめんレミィ、わざとじゃなくて本当に聞こえなかったわ」

「なんでもないわ。まだこの運命に決まっている訳でもないもの」

 レミリアは紅茶を口に含む。

「そう?」

 パチュリーはシュークリームのクリームを頬に付けっぱなしでそう言った。



 紅美鈴は地下の封印された扉の前まで来ていた。

 彼女には門番としての仕事があるのだが、どうも最近気が付いたのだが、自分は別に完璧な門番として求められている訳ではないらしい。度重なる過失に上司らはもう慣れたというだけかもしれないが……。

 それに一応、近くの妖精メイドを代わりにおいてきた。もしもの時は少しだけ席を外していたといえばいいだろうと、割と楽天的に美鈴は考えた。

「妹様? 起きてますか?」

 一応、小声で扉越しに声を掛ける。

「メーリン? どうしたの?」

(おや?)

 扉越しに聞こえる声は、美鈴が思っていたように荒れているようでも、ましてや、怒りで我を失っているようでもなかった。

「いえ、妹様が帰ってきたと聞いたので、様子を見に来たんですが……」

 美鈴は扉越しにクスクスと笑いをこらえた声を聞く。

「妹様?」

「ちが、違うってわかっているんだけど、フフ、扉越しだから見れないじゃないって思って、フフフ」

(――い、妹様が、穏やかだ!)

 美鈴の覚えている限り、こういう時は大体荒れていたものだ。それを、こんなちょっとしたことで面白おかしく笑えるなどと、この数百年のうちで初めてだ。

「美鈴、わたしの事を心配して来てくれたんだね。ありがとう」

「え、あ、い、いえ」

 美鈴は更に驚いた。

(落ち着いているどころか、私に気を使っている!?)

「でも、ここに来たのって多分お姉さまに秘密で来たんでしょ? 急いで戻らないと、サボったこと、ばれちゃうよ?」

「あ、ええ、そうですね。スイマセン、折角来たのに何もできなくて」

「ううん、来てくれてありがとう」

「はい、それでは、また来ます」

 美鈴は地下の扉に背を向けた。荒れていないことの安心と、それ以上に不気味さを感じながら。

(妹様がこんなにも普通だなんて、本来それは望ましいことなんですが、あの妹様に限ってこれは不気味だ。もしかして、妹様が連れ帰ったあの人間の男が何か?)

 美鈴は纏まらない考えをぐるぐると思いめぐらせながら門へと戻った。

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