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千一夏物語~優しい推理と奇怪な童子~  作者: 石切舞
第一章 不思議な鞠
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不思議な鞠のおはなし(五)

「あのお店の名前、お洒落でしたよね! ナントカカントカって!」


 お洒落すぎて一文字も覚えられなかったらしい。


 優人は、千一がお喋りに夢中になっている隙に、さりげなく壊れた蚊取り線香を回収する。そっと障子の陰に隠した。


 代わりに、花火玉についた灰を払うと、千一の手に乗せてやる。


 話に夢中になっているせいか、千一は蚊取り線香が花火玉に変化したことに、気づいていないようだった。優人は笑顔で見守る。気づいたらどんな反応をするだろうか? 蚊取り線香を壊した鞠のことを、嫌いになっていないとよいのだが。


「――それでですね! 言ってやったんですよ! 肉よりも魚が好きだと言ったのは格好つけたかっただけの嘘ですごめんなさいって! 恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら謝りましたよ! ウェイトレスさんは笑って許してくださいました! あんな心の広い人になりたいです! 将来の夢は心の広い人です!」


「千一君は偉いですね。そうだ、タオルで髪を拭きましょうか?」


 花火玉が安全かどうか確かめることと、千一の機嫌が直ることを優先してしまったせいで、千一のおかっぱ頭からは、いまだ雫がしたたり落ちている。優人自身も、童子と同じように濡れているものの、まずは彼(?)を乾かしたかった。


 自分のことは、こんなに暑いのだから、放っておいてもすぐに乾くだろうと判断できるが、他人に対してはそうも言ってられない。特に千一のような子供には。


「先生! 鞠にはいろいろな柄がありますけど、先生は何柄が一番好きですか! 最近の流行はダイヤモンド柄ですけど、あれって幾何学模様が複雑すぎて全然ダイヤモンドって感じがしませんよね! ただの線の集合体にしか見えません! これをそのまま職人さんに言ったら、げんこつを喰らわされました! こうして消費者の声は現場に届かないんです! 改善されずじまいなんですよ!」


「直接届いている気がしますよ」


「その職人さんに毛糸で鞠を作ることを提案したことがあるんです! 職人さんの誕生日プレゼントに、きれいなそこらへんで拾った石をあげた時のことでした! そのお返しにねだったんです! その時の職人さんの顔といったら! まさに悪鬼のそれでしたね! 今度は両側の側頭部をげんこつでぐりぐりされましたが、なんだかんだで綺麗な柄の毛糸玉が作ってくれました! 抱き枕ならぬ抱き鞠にぴったりです! 今も寝床に転がっています! 寝相が悪いと神明(かみあかしに遭うのがご愛嬌ですけれど!」


「一個欲しいですね。ちなみに、それは花火じゃありませんよね?」


 優人は千一の手の中にある鞠をちらりと見やる。


 これほど凝ったものをつくるということは、何か祭事に使うのだろうか。打ち上げられ、燃え尽きてしまうというのに、手間がかかりすぎている。これだけのことをする理由といえば、見目も重要な祭りのほかに思い至らなかった。


 しかし、優人の知識を総動員させても、花火玉を鞠に似せて作る祭りなど、聞いたこともない。花火玉を鞠のように彩ることがあること自体、今日初めて知ったのだ。


 見た目も、夜空に舞い上がった際も美しいというのは、なかなか乙なものだとは思うが。


「やっぱり一番好きなのは菊柄の鞠です! 今持ってきたやつですよ! 先生に見せたあの鞠です! 今あれはどこに――ってあれ!? ここに鞠があります! どこからどう見ても鞠です!」


 どうやら変化に気づいたらしい。

 千一は嬉しげに鞠を高々と掲げる。どうやらトラウマにはなっていなかったようだ。今度は導火線が真上にあった。ぴょこんと飛び出て、かなり目立っている。最初からこうなっていればよかったのだが。


「一緒に遊びましょうよ先生! 手鞠に蹴鞠! 楽しいですよ!」


「そうですねえ……」


 優人は庭を眺めた。


 草木には雫がついている。それが太陽の光を浴びて、きらきらと輝いていた。地面は濡れ、千一の水の跡はかき消されている。その代わり、水たまりには、青空と雲が浮かんでいた。突然の雨に驚いたのか、鳥がせわしなく鳴いている。空中によどんでいたものが洗い流され、空気は清々しかった。


 雨上がりの庭は、まるで息を吹き返したかのような生命力を感じさせた。


「外だと汚れてしまいますから、部屋の中で遊びましょうか」


 それに、千一をタオルで乾かしたい。


「何か燃えるようなものは……ありませんね」


 優人はしげしげと、部屋の中を見回す。


 蚊取り線香は花火玉が落下した時の衝撃で、火元の部分ごと押しつぶされている。煙一すじ立っていない。部屋にも、本や木の戸棚など、燃えやすそうなものこそあれ、火が出るような代物は置いていなかった。


「遊んでいけないと言われたのは、火気に触れると爆発するからでしょう。爆発するおそれがあるため、持っているだけで叱られたわけです。言い換えれば、火の近くに行かなければ安全なんですから、大丈夫だって言う人もいたんですね」


 大丈夫だと判断した者の中でも、千一だけ仲間外れにしようとした者がいたのは、なによりも、濡れて火薬が湿気るのを嫌ったからに違いない。少しくらいでは取り返しがきくだろうが、さすがに火薬まで達したら使い物にならなくなる。今のように、こんなに導火線が濡れていたら、芯の火薬はだめになっているのは、ほぼ間違いないであろう。


「千一君、この花火玉は買い取りましょう。これくらいの小ささなら、鞠にする手間を入れても数万円くらいでしょうか……? ですが、この前に、十一個でしたっけ? 遊んじゃったんですよね……導火線のところにさえ触れていなければ、中まで浸みるのは時間がかかるでしょうし、希望が持てるのですが……」


「すごいですよ先生! 虹がかかっています!」


 千一は能天気に空を指さす。


 優人は苦笑を浮かべる。無視されるのにも、慣れてきた頃だ。


「もう……今度からは鞠を持ち出しちゃだめですよ千一君。普通の鞠で遊びましょう。……おや、本当ですね」


 優人は前屈みになって、空を見上げた。背を伸ばしたままだと、ひさしに隠れて見えなかったのだ。


 虹は、今にも消えそうなほど薄く、アーチになっているのか、なっていないのか分からないほど短い。


それでも、あの七色は美しかった。


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