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千一夏物語~優しい推理と奇怪な童子~  作者: 石切舞
第一章 不思議な鞠
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不思議な鞠のおはなし(四)

 その声を合図にしたかのように、大量の雫がきらきら輝きながら、優人たちに向かって降り注ぐ。あっという間にどしゃ降りになった。


 優人は全身ずぶ濡れになる。千一は頭以外もうなっているからあまり変わらない。


 空は青いというのに、まるでバケツをひっくり返したかのような大雨だ。


「早く屋根の下に!」


 優人は慌てて千一の背を押す。別に彼(?)は元々濡れ鼠であるし、空が明るいせいか、どしゃ降りであるものの、不快な感じはしない。天からのシャワーのように思える。このまま当たっていても構わない清々しささえあるが、やはり風邪を引く万が一の可能性があった。避難させなくては。


 千一はおろおろと、鞠を雨からかばうように抱き寄せた。


 が、次の瞬間、なぜか鞠を天高く掲げる。日照り乞いの儀式のつもりだろうか。千一ならやりそうだ。


「もうおしまいです! どうやっても鞠が湿気ってしまいます・・・・・・・・・! あなただけでも逃げてください!」


 いきおいよく、千一はそれ(・・)を放り投げた。


 ぴょこんと、千一の手の下から紐のようなものが飛び出す。


 それ(・・)は、紐のようなものさえついていなければ、鞠にしか見えなかっただろう。


 だが、丸い形状に、紐のような――導火線がついているとあれば、答えは一つしかない。


 優人は額にしたたり落ちる雨をとっさにぬぐいながら、放物線を描いて飛んでいく鞠――花火玉の行方を目で追い、


 ぎょっとした。


「蚊取り線香が!」


 花火玉は、縁側に置かれた蚊取り線香めがけて落下していく。

 花火玉はくるくる回りながら、やけにゆっくり落ちていったように見えた。蚊取り線香のうずまきの先端は、赤々と燃えている。煙が細く立ちのぼっていた。


 導火線がちょうど真下を向いた瞬間、


 がちゃんと、蚊取り線香を押さえる金具がつぶれた音がした。


 優人はとっさに千一のマフラーを引っ掴み、自分の後ろに下がらせる。蛙が踏みつぶされたような声が聞こえたが、そのままずりずりと後ずさった。


 固唾をのんで、蚊取り線香の皿の上に収まっている花火玉を見つめる。


 だが、


「……爆発、しませんね」


 しばらく経っても、花火玉に変化はなかった。


 と、優人は下から蛙の大合唱が聞こえることに気づく。強ばるくらい握りしめていたマフラーを慌てて離した。

 解放された千一は、地面にへたり込む。小さく咳き込んだ。寝起きのようなうめき声を上げながら、目をしばたたかせる。意識がもうろうとしていたらしい。口を半開きにして、辺りを見回している。


 一体、何がどうしてこうなったのか、まるきり分かっていないようであった。


「すみません千一君、大丈夫ですか?」


 優人は千一のマフラーを先程と同じように広げる。雨はいつの間にか止んでいた。狐の嫁入りは終わったようだ。


 ぼんやりと優人を眺めていた千一は、突然立ち上がる。優人はおかっぱ頭にぶつかりそうになった。慌てて身をひく。


 千一は小さな両手で、凶器になりかけたおかっぱ頭を抱えた。


「先生! それどころじゃありませんよ! 鞠が蚊取り線香にダイブしちゃいました! あの嫌な音は確実に壊れてます! 先生の蚊取り線香が! 先生の大切な蚊取り線香が! とてつもない罪悪感にかられてます! わざとじゃないんです先生! 部屋の中まで吹っ飛ばすつもりだったんですが、力不足でああなったんです! ですが何を言っても結果は変わりません! ごめんなさい先生! 謝ります! お小遣いで弁償します! いくらですか言ってください!」


 千一は、優人が見たことのないほど打ちひしがれていた。声は元気だが、漂う雰囲気は沈んでいる。雨に濡れて髪がぺちゃんこになっているせいもあってか、一回り小さくなったように思えた。


「いえ、別にかまいませんよ。丁度買い換えようと思っていたところですから」


 優人は失意のどん底にいる千一を、半ば強引に、だがさりげなく縁側まで連れて行った。


 花火玉から少し離れたところに座らせると、


「ああ、やはりそうですよね」


 優人は、蚊取り線香を押し潰している花火玉に近づき、そっと持ち上げた。鞠にはないずしりとした重さが、腕にくる。


 下敷きになっていた導火線のところを見ると、蚊取り線香の燃えかすで灰色に汚れている。だが、焦げた跡さえ見当たらない。


 当たり前といえば当たり前だ。


 ずっと、千一の濡れた手で押さえられていたのだから。


 優人はほっと胸を撫で下ろす。もしも湿気っていなければ、今頃地上で、満開の花が舞い散っているところだっただろう。家はともかくとして、火花が千一に当たりでもしたら、火傷はまぬがれない。本当によかった。


「これが鞠ではなく花火玉だと分かったのは、夏になったら量産されるという話を聞いた時です。あれが決め手でしたね」


 優人は、いつの間にか近寄ってきていた千一の隣に腰を下ろす。千一はこっそり蚊取り線香を乗せている皿をつまみ上げて、手のひらの上に乗せていた。こなごなに砕けた緑の渦巻き模様を、まじまじと見やる。しょんぼりしていた。


「それ以前にも、千一君は答えを教えてくれていました。あまり弾まない理由は、鞠ではなく花火玉だからです。すぐに止まって、遠くへ転がらないのは、出っ張っている導火線が歯止めになるからでしょう。この花火玉以外のものがなくなったというのは、夜空に打ち上げられ、散っていったということですね?」


 優人はなだめるように話す。


 千一の話が推理に役立ったと、本人に知らせたかった。


 元はといえば、千一が最初から鞠ではなく花火玉だと言わないから、推理する手間が生じたわけだが、意味のある言葉を話すのは千一の性格上きわめて難しいだろうし、わざと隠していたということでもないのであろう。


 千一は、花火玉を鞠として遊んでいたし、見た目が普通の鞠とほとんど変わらないのだ。


 さすがに、湿気ってしまうと叫んだあたり、知らなかったでは済まされないが。


「見ただけで分からなかったのは、千一君が導火線のところを手で押さえていたからでもありますが、庭に転がってきた時、運悪く導火線の部分が反対側にあったからですね。ずっと導火線のところを触ってくれていたのはよかったです。そうじゃないと、火がついて爆発するかもしれませんでしたから」


 千一は蚊取り線香から顔を上げると、優人のほうを見やる。小首を傾げた。まるで蓄音機に耳を傾ける犬のようだ。話を聞いているのかどうかは定かではないが、優人はにこやかに話し続けた。


「これはきっと、花火玉に糸を巻きつけて、その上からきれいな糸で刺繍をほどこして、つくられているのでしょう。花火玉が土台代わりというわけです。触り心地もただの鞠ですし、見た目も鞠にしか見えませんし、勘違いしちゃいました。すみません」


 優人は、もう一度謝りながら、推理できなかった言い訳を述べる。

 ほぼ確実に、千一が花火玉を鞠扱いしていたことへフォローだが。


「先生!」


 唐突に、千一は明るい笑みを浮かべた。先程まで死にそうな顔をしていたのが嘘であるようである。優人は嬉しげに笑い返す。


「おや、どうしましたか?」


「海の近くに、お洒落なレストランができたんです! 知っていますか! すっごくおいしいんですよ!」


 優人の励ましが効いたのかどうかは、怪しいところだ。

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