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千一夏物語~優しい推理と奇怪な童子~  作者: 石切舞
プロローグ
1/13

夏の始まり

 せんー

 と、コンクリートの地面に描かれた白い文字を、清水優人(しみずゆうと)はいぶかしげに見つめた。

 学校も休みであるし、たまっている仕事もないので、ふらりと漁港まで早朝の散歩に出かけたらこれだ。


 せんー


 とは一体何なのだろう?

 意味が分からないが、文字自体はそこそこ達筆であるのが、何とも言えない。


「子供の落書きですかね……」


 字はきれいであるものの、大人がさびれた漁港へわざわざ行き、防波堤の先まで歩いて――ここまでは優人も同じだが――その場で屈み込み、白い石かチョークで落書きをするなんて、あまり考えられなかった。


「……せん(いち)?」


 優人は顎に手を当てたまま、ふと思いついた推理――と言うには少しお粗末すぎるが――を口にする。

 これが子供の落書きならば、『せん』に値する漢字を知らなかったので『せん』だけひらがなにしたのではないかと考えたのだ。

 ならば、伸ばし棒のように見えるのは、漢字の『一』になる……かもしれない。


『せん』がどの漢字なのか分からなければ、どの漢字を仮に当てはめてみても『せん一』という単語が何を意味するのかも分からない、お粗末な推理だった。


「ほかに考えられることは――」

「今とっても呼ばれた気がしました!」


 突然、背後から声がした。


「そうです千一(せんいち)です! 自己紹介もしていないのにいきなり名前を呼ばれるとは思いませんでしたよ! 本当にびっくりです!」


 その声は、鈴を転がすような可愛らしい、子供のものであった。


「びっくりしすぎて海へ落ちそうになりました! そういえば今ので思い出したことがあります! 実は友人の友人のペットが犬かきをするようになったんですよ! これって一大事ですよね! 友人の友人の名前すら知りませんけれど、お悔やみ申し上げます!」


 優人が振り返っている間に、千一らしき人物は、訳の分からないことをぺらぺら喋りまくった。

 波の音と、かもめの鳴き声しかしなかった静かな漁港が、一気にやかましくなる。こころなしか、泊めてある船の揺れまで大きくなったような気がした。


「最近めっきり暑くなってきましたよね! 夏の到来ですね! 夏って大好きなんです! 先生はこの夏どんなふうにすごされるんですか! あっ! 先生っていうのは先生みたいに物知りだから先生です! こんにちは先生! ――しまってしまいました! 今は朝ですよ! おはようございます先生!」


 図らずも優人の職業を言い当てた千一は、ころころと笑う。

 優人は、そんな千一を視界に収めた。

 呆然と、満面の笑みを浮かべているその姿を見つめる。


 その、奇怪な童子の姿を。


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