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皇子殿下とお茶会

お久しぶりです。

とりあえず、幼少期(?)編だけはさっさとまとめることにしました。

公爵令嬢こと、アリスティアが友人になりました。あと、一応夜会デビューが終わりました。

皆様ごきげんよう、セレスティアです。


とんでもないことになった。あの後、ぽけーっと思考回路が停止してくれたおかげで、ベッドでも寝付けなくて転がり落ちて頭打った瞬間想い出した。

頭を打たないとどうやら前世というか、この世界のことは思い出せないようである。何それ不便。


アリスティアは、私と同じくゲームではライバル役だった。私が陰湿、姉のエルヴィアが高慢を象徴としたライバルであったなら、アリスティアの象徴は『完璧』である。

容姿端麗、頭脳明晰、挙げればきりがない彼女の完璧さ。それもそのはず、彼女は王子の婚約者として幼少期からしっかりびっちり教育されてきたのだから。

アルバート皇子のルートで彼女に打ち勝つにはひたすら己を磨き、貴族としてのレベルアップを目指すことだ。そしていくつかのイベントの中で皇子の好感度を上げる。

ぶっちゃけ、自分のレベルを上げるミニゲームのやりこみが非常に大変で、皇子の好感度を上げるのは比較的楽だった記憶がある。


自分のステータスを最低A以上(できればSランク)にしておけば、アリスティアと直接対決の時、ルート分岐する。そこで適切な選択肢を選ぶと、アリスティア自ら、ヒロインに負けを認めるのである。その理由は、『自分が殿下を愛していなかった』ことに気づくから。


『今、わたくし、はっきりとわかりました。貴女の殿下への愛を。わたくしには、持ちえないものであると』


この一言で始まるアリスティアのシーンは、初見ではラスボスを倒した時のような爽快感にあふれていた。

要は周囲の思惑に乗る形での婚約から、本当の意味で愛する人と結ばれようと円満にお別れするのである。私や姉のルートとの違いにびっくりだ。


最も、発売時には賛否両論、寧ろ批判の方が多く、大多数の意見は『アリスティアに勝てた気がしない』というものであった。確かに、皇子ルートは起用した声優もスチルも豪華だったのだが、『本当に私でいいの?』という気分が抜けずあまり楽しめなかった記憶がある。


ちなみに、円満にお別れとは言ってるものの、アリスティアのあるイベントを見てしまうと、エンディングで修道院で祈っている彼女が一コマだけ出てくるという何とも後味の悪い感じになり、Bエンド、ベターエンドになる。彼女のイベントを見なかった場合、皇子ルートでハッピーエンドとなり、アリスティアは外国へ嫁ぐ。敢えてイベントを見ないことでハッピーになるという斬新なルート編成なのだ。



話が逸れた。

どうして今私がアリスティアについて説明し、脳内で整理しているか、その理由は目の前の封蝋付きの手紙にある。既に父と母と一緒に開けたその印は紛れもなく皇族のそれ。


そう、アリスティアの婚約者であるアルバート皇子殿下からの茶会の誘いであった。


私がぽけーっとしてたことを差し引いてもまだ夜会が終わってから3日と立ってない。中身は至って普通で、婚約者のアリスティアを茶会に呼ぶのだが、ぜひ彼女の友人の君とも話してみたい、というもの。忙しい時期でもあるから、無理をしないでほしいと書かれてはいるが、要は依頼文命令形、断ってはならないお誘いである。

父親は皇族からのお誘い=めでたいこと、とテンションアゲアゲでスキップしているし、母親はまぁまぁとかいいつつ私のドレスを新調する始末。頼みの綱の姉は、


「タスメイキア家で出している新作のお菓子を御茶請けに、って持っていくのはどうかしら?」


とこんな時でも商魂たくましく侍女と一緒にお菓子を選んでいる。つまり誰も助けてくれそうにない。

確かに名誉なことなのは認める。認めるけど、もうちょっとこう、「大丈夫?」とか優しく心配してほしかった。


とりあえず、アリスティアに手紙を出して礼節について教えてほしいと頼んでおこう。家族、というか家総出で私に教育をしてくれるらしいのだが、伯爵家では少し心もとないし、いくら侯爵家といっても男であるユージットに女性の振る舞いを聞いたところで有益な答えが返って来るとはちょっと思えない。あとたぶん、皇族に呼ばれたということでいらぬ心配をさせる気がする。

アリスティアも多忙であるため望みは薄いが、やらないよりはましだ。


そう思っていたのだが。


「来ちゃいました」


えへへ、とちょっと恥ずかしそうに笑うアリスティアはもう完全に可愛い美少女そのものである。私の隣で出迎えた侍女がすっごい小さい声で悶えている。気持ちはわかるが落ち着け、私に聞こえちゃってるぞ。


「お忙しいのに、」


ごめんなさい、と言いかかった口にぴたりとアリスティアの指が触れる。


「わたくしは、わたくしの『親友』のために参ったのです。無理を言ったなんて思わないでください。頼ってもらえることって本当に嬉しいのですよ?」


じわりと胸が温かくなる。初めて出会ったあの時、彼女がアリスティアだと知らなくて良かった、なんて思ってしまった。そうでなければこんなにも自然に笑いあえるような仲にはなれなかっただろう。


「……ありがとう」

「はい!」


アリスティアを本当の意味で友人として扱えるだろうか、そう不安に思いつつも私は確かに喜んでいた。だって初めてのお友達だ。……だから、そこの侍女よ、ばれてないと思ってるみたいだが記録媒体を使うのやめなさい。

アリスティアは皇族と貴族の一覧になって居る辞典のような本を取り出し、ぱらぱらとめくる。


「これはわたくしも使った物なのです。おさがりで申し訳ないのですけど、これなら色々と書き込みもしていますし、優先度の高い順に覚えられますから」

「え、そんなに、覚えるの?」


思わず不安そうな声を出すと、アリスティアはちょっと困ったように笑う。


「タスメイキア家の商品は昨今非常に人気です。その人気の秘密を探りたい者、あやかりたい者が宮殿にやってきたセレスティアに声をかけてくると、十二分に考えられます。ここの、」


そういって赤でチェックされた部分を指さす。


「この赤い囲い部分だけは見ておかれた方がいいかもしれません。……その、杞憂であればいいのですけど、タスメイキア伯爵様を妬んだ者が何かしてくる可能性がありますから、」


でも、登城はわたくしと一緒ですもの、御守りいたしますわ!


美少女に守ります宣言されたギャルゲーの主人公ってきっとこんな気分なんだろう。そう思った。もうなんていうか私が代わりに守るよ!と言いそうになって、ぐっとこらえる。

伯爵家の事情に公爵令嬢が関わって来るのは中々まずいだろう。ゲーム設定とか既に無視しすぎてアレだけど、アリスティアとセレスティアはほとんど関わってないのだし、なんだか虎の威を借る狐の気分になりそうで申し訳ない。


「ありがとう、でも、アリスティアも無理はしないで。こう見えて私、結構性格悪いから大丈夫よ」

「…セレスは、わたくしの初めての友達なのです。友達のための無理は、無理ではありませんのよ?」


下から覗き込んでくるのずるい。自然な上目遣いとちょっと悲しそうに顰められた眉がすっごい罪悪感煽ってくるから相乗効果がすごいことに!


「えと、」

「セレス。わたくしは貴女の友人に相応しくはないのでしょうか、」

「そんなことない!」

「なら、いいではありませんか。気にされるのなら…また、わたくしとお茶を飲んでほしいです」


冷めた紅茶を淹れなおしてきた侍女が小さい声でくぅ、と悶えているのが見えた。わかる。分かるよその気持ち。可愛いよね、すっごい可愛いよね。この世界に萌えって言葉が存在したら、間違いなく私叫んでる。

そっと、アリスティアが手を伸ばした。小さく丸い、子供の手だ。重なった指先に私は少しだけ力を込めた。


あぁ、もういいかな。ゲームとか前世とかもう考えないで満喫して、いいかな。いいよね。だってかわいい友人がにこにこしてて、どうしようもなく幸せなんだから、さ!

決して、百合とかそういうわけじゃなくて、ただ、この温かい笑顔にきゅん、として、ゲームのルートとか、バッドエンドがとか、そんな考えはどこかにふっとんでしまっていた。


「アリスティア、いえ、アリス。ありがとう。」

「はい!」


アリス、と私なりの愛称で呼べば、嬉しそうに笑みが浮かぶ。精神的には一回り以上年下の女の子に友人だと宣言されるのは、どことなくくすぐったい。けれど、それ以上にどうしてか嬉しくて仕方ない。

好まれていると実感することが、こんなに優しい気分にさせるなんて、思わなかった。


「良いお茶会になるといいなぁ、」


思わずそう呟いた。アリスティアが相貌を崩すように笑った。


*********


「おや、レートバット嬢ではありませんか」


声をかけられたのは私ではなくてアリスティアだった。暇人乙です、と思いながら振り返る。

つい、と細められた眼が、如何にも意地が悪そうにこちらを見てきたので思わず警戒して眉根が寄りそうになる。


「お久しゅうございます、ポーリトリオ伯爵様」


アリスティアはふわりと笑う。その、どうみても愛想笑いには見えない笑顔に相手がどういう立ち位置なのかわからなくなる。完璧すぎて私までわからない。


「随分とお早い。あれだけの大きな事故とあれば、このような場に出てくるのは時間がかかるとばかり思っていましたが」


これは嫌味、だよね?のこのこ出てきやがってみたいなそういうやつだよね。

そして今更にアリスティアは病み上がり(という設定になっている)のだと思い出した。

私が思わず一歩前に出ようとすると、アリスティアはふわりと笑ってこちらの袖を引いて止める。


「まぁ、ご心配してくださったのですか?ありがとうございます」

「……あぁ、やはり、御声が戻られましたか。そちらの令嬢が無理やり連れだした、というわけではなさそうですな」


キツそうな眼が少し緩む。その眼に観察されていたことに気づき、え、と声が漏れた。

もしかして、敵じゃない?


アリスティアに目を向けるとくすくすと笑い声をこぼす。その反応で確信した。この人、敵じゃないわ。


「ふふ、セレス、こちらはポーリトリオ伯爵。材木系の商会を経営していらっしゃるの。伯爵、こちらはタスメイキア伯の令嬢、セレスティアです」

「あぁ!セティー風にはうちの家内も世話になっている。…驚かせたかな?」


先程までの態度をがらりと変えて、伯爵は笑った。慌てて礼を取る。


「あ、ありがとうございます、そのように言っていただけて光栄ですわ」

「あはは!いいですな。素直さは美徳。あぁ、もし材木を使うことがあったら、うちの商会にどうぞ」


びしっとまるでCMの決め台詞を言って、伯爵は笑った。つられて私もアリスティアも笑う。


「さて、では御二方、この老いぼれに可憐な美少女たちをエスコートする名誉をいただけますかな?」


その瞬間、周りでこちらを窺っていた人たちが忌々しげに睨んだり舌打ちしたりしながら立ち去っていく。

…この人色々と喰えない人だ。

それだけは、分かったことである。


*********


「こんにちは、タスメイキア嬢」


眩しい。

その一言に尽きる。オーラが半端ないのか、光属性なのか皇子殿下は輝いていらっしゃるのだ。どうにかお茶を飲みながら、必死に眩しさに負けないように頑張る。つらい。


「はい、初めまして。アリスティア様と懇意にさせていただいております、セレスティア・タスメイキアと申します」

「楽にしてほしい。それと、アリスティアと連名とはいえ、突然呼びつけて済まなかった。改めて、挨拶を。私はアルバート。アリスティアの婚約者でもある」


流石、攻略キャラ人気投票堂々の一位。アリスティアに負けてるとか言ってごめん。この人も大概だ。


「……この度は、お招きくださり誠にありがとうございます」


私の隣に座ったユージットが心配そうに私を見ているが、笑みを返せる余裕がない。

ひたすらにアリスティアから教わった茶会の作法を脳内で流しながら、必死に震えを押さえつける。正直言って、もう帰りたくて仕方ない。『では、これで』という究極のこれでおしまいの台詞を叩きつけたい。

しかし、皇子殿下アルバートはそんな私に全く気付かず、傍仕えの者をほとんど下がらせてしまった。


え、何、何が始まるの?


私が内心で戦々恐々としていると、アルバートはこちらを見てゆっくりと微笑んだ。


「タスメイキア嬢、本当にありがとう」


そうしてゆっくりと頭を下げたのである。





時間が止まるという比喩表現があるが、本当に止まったように感じた。呼吸することを本気で忘れていた。私の隣に座るユージットも目を見開いて固まっている。


「で、殿下、」

「君が、アリスティアを癒し、その声を取り戻させてくれた。……本当なら、私がやるべきことだった。アリスティアは私の身代わりになったのだから。そのすべきことを、君に肩代わりさせ、その結果だけ受け取る真似をして、すまない」


その言葉におぼろげながら裏事情というものを理解する。私とアリスティアが出会った時、彼女は声が出なかった。その原因は目の前の皇子に関わるものだったのだろう。


「殿下、どうぞ顔を上げてくださいませ。私は何もしておりません。アリスティアの声が戻ったのは、アリスティアの頑張りによるものなのです」


私の声にアルバートが驚いたように顔を上げる。ユージットがじっとこちらを見ているのがわかって、なぜか少しだけ緊張がとれた気がした。


「私はただ、アリスティアと一緒にいただけ。殿下にお礼を言われるようなことは何もありません」


出来るだけ、堂々と。私は笑って見せた。

アルバートの隣に座ったアリスティアは忙しなく瞬きをし、普段の完璧な笑みではなく、今にも泣いてしまいそうな、けれどとても綺麗な笑みを浮かべた。私と眼が合うと、何度も頷かれる。

やがて、震える声で彼女はアルバートに声をかける。


「ね?アルバート殿下。セレス、いえ、セレスティアは素敵な人でしょう?」

「……タスメイキア嬢、もう一度礼を言わせてほしい。アリスティアの友となってくれて、ほんとうにありがとう。そして、友人として、これからもどうか彼女を支えてやってほしい。私も、微力ながら君の力になろう」


アルバートはそういって小さく震えたアリスティアの肩を抱き寄せて笑う。

……あの、この感動的な場面に水を差すようで大変申し訳ないんだけど、いちゃらぶに巻き込まれる第三者ってつらいものがあるのよ?


当然ながら、言えるはずはないのだけど。

皇子殿下とのパイプって何の役に立つんだろうか。巻き込まれそうなことは結構思いつくけど。




「では、殿下。私とセレスティアはここで」

「あぁ。ユージットも付き合わせてすまない」


ユージットはこの前の夜会でも思った通り、エスコートの技術が格段に上がっている。自然な仕草で私の手を取り、腕を組ませる。私はゆっくりとアルバートとアリスティアを振り返って会釈をした。


「――疲れました」

「そんなに?」


馬車の中でぐったりともたれかかる私に、ユージットは面白そうに笑う。


「緊張したし、今日だけで寿命が縮まりそうです」

「それは困る。セレスは少なくとも僕と同じだけ生きてもらわないと」

「ふふ、なんですかそれ、」

「……少し、僕は不安になるよ」


ユージットの声に私は首を傾げた。こんなに力ない声は初めて聴いた気がする。


「君は、どんどんすごい人になっていく。僕は、君がとられてしまうんじゃないか、って怖くなるよ」


きゅんとした。

いや、この状況はもっと違う反応すべきなんだろうけど、少し目を伏せて苦しそうな顔をするユージットがかわいすぎて、ときめきのボタンが押されてしまった。だって、私が離れていくのが怖い、ってことでしょうこれ。


「取られるなんて、」

「本当は、今日のお茶会だって断ってしまいたかった。まぁ、そんなことすれば色々と言われるし、君にまで批難が飛びかねないから我慢しただけだ」


何か苦いものを飲み込んだような苦し気な笑みに、私は言葉を失った。


「ごめん、変なこと言った」

「そんなことはないわ」


謝ろうとする声に割って入る。ユージットの手を取って私は笑った。


「私なんて、いつだって不安です。私、お姉さまのように美しくはないし、アリスティア様のように完璧な淑女には程遠いんですもの。貴方がいつ私を見限って、婚約破棄されてしまうんじゃないか、って」

「そんなことっ!」

「だから、今、ユージット様の言葉を聞いて、安心しました。私だけじゃないんだ、って」


ゲーム内でセレスティアがユージットと信頼関係を気づけなかったのは、彼女に魅力がなかっただけじゃない。彼女がユージットを信用しなかったのだ。いつか醜い自分を捨ててしまうかもしれないと、そればかり考えて相手の、ユージットが何を考えていたのか、何を悩んでいたのかを考えようともしなかったからだ。

危ない危ない。私うっかり、没落ルートに入っちゃうところだったんじゃないかな?


「ねぇ、ユージット様、今日は伯爵邸に泊まりませんか?私の好きな食べ物や本のお話をします。だから、ユージット様の好きなものも教えてください」


私はこの人を好きになろうと決めた。愛したいと思うし、大切にしたいと思う。

それだったら、この人とたくさん話して、たくさん笑って、お互いを知らなくちゃいけないんだ。


「一杯お話しましょう?私、今日、アリスティア様と殿下を見て、あんなふうになりたいって思ったんです」


ユージットがへにゃんと力なく笑ったので、その手を取って私は満面の笑みを浮かべたのだった。




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