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夜会の精霊 上

今回はあんまり区切る意味がなかったような気がしないでもない上下編。

新たな仲間が登場!

婚約が普通に成り立ってしまいました、皆さまごきげんよう、タスメイキア伯爵家次女、セレスティアです。


ユージットとの婚約、正式に成立してしまった。お父様は自分で了承したにもかかわらず、物凄い不機嫌そうだが、エルヴィア姉様とお母様はすごく楽しそうである。確かに、他人の恋愛って修羅場じゃなければ(傍から見ている分には)、楽しいよね。うん。


まぁ、婚約者とはいっても、まだお互いに子供。学院に通うようになって、毎日顔を合わせるようにでもなれば話は別でも、今は手紙のやり取りくらいしかない。それもたぶん、親が普通に見てるっぽいのだ。


いや、だってどう見ても封筒の糊の具合がぺらぺらなんだもん!わかるよ!


幸い、ユージットは愛してるとかそういった言葉を吐くタイプではないので、そのあたりは安心だけど。間違いなく私から出す手紙の方にも検閲が入っているのだろう。


手紙を渡してくれるお父様の眼が怖い、というか泣きそうに歪むのが怖いので、できるだけ平穏だが、慕っているのが分かるような言葉を選んで手紙を書いている。

……なんで私こんなに気を使っているんだ。まだ10歳なんですが。


ユージットの手紙は面白い。侯爵や伯爵の友人たちがどうだの、パーティーがどうだっただの、貴族らしい生活を送っているのだな、ということが分かる文章は読み物にしたいくらいだ。だが、私が一番喰いついてしまうのは、彼の領地での様々な開発品だ。私もちょいちょいこうしたらどうか、ああしたらどうか、と口を出してしまう。勿論、お返しとばかりにこちらの開発品や構想についても話したりするのだが。


…なんか、思ったけどこれって、婚約者っていうよりは趣味仲間に近いんじゃなかろうか。


*******


「――え、避暑ですか?」

「えぇ、レートバット領から夜会のお誘いなのよ。それに合わせてという形になるけれど」


お母様はにこにこと愉しそうに笑った。何度見ても相変わらずの美人である。子供を産んでなお、衰えぬ美貌がどうとかゲームの中でも言われていたが、まさにその通り。子持ちには思えない。


「わたくしも、参加できるの?」

「えぇ、ユージット様からも来ているのよ。ぜひ一緒に、と」

「まぁ!」


となれば断れる理由がない。間違いなく私は出席だろう。何か理由を付けて断ろうものなら、婚約者であるユージットの実家、リーゲル侯爵家を敵に回す。正直面倒だなぁと思いつつ、楽しそうに私のドレスを準備する姉と母に何も言えなくなった。二人とも、自分のを選ばなくていいのかしら。


姉曰く、夜会を主催するレートバット公爵家は最初の王の時代から御仕えし続けている忠臣中の忠臣だが、非常に温和な家としても有名なのだとか。実力主義であり、新しいものは積極的に取り入れていく方針らしく、だからこそ最近色々と商品を出しているタスメイキアのような伯爵家も呼ばれたらしい。


「まぁ、人数の多い集まりではないらしいし、礼儀作法も気を付ければ大丈夫よ」


それよりは避暑を楽しんで良いのだという。正直、そんな緩いわけないだろう!と思うのだが、全員、そんな感じに気を抜きまくっているので、私も気にするのは後回しにすることにした。婚約者が一緒に参加なのだ、そっちへの対応を気にした方がいいだろう。それに最悪、子供という言い訳が通る。




爽やかな陽気。風が吹き抜ける北の領地は果樹園に最適の豊かな土地なのだという。この領地で取れるワインと果物、それと一部の鉱石は代々の王に定期的に納められるほどに美味しいのだとか。既にワインを飲む気満々の父と母に笑ってしまいそうになりながら、私は姉と一緒に近くの滝へと向かった。


レートバット領は豊かな山と水源をもつ。自然の要所であり、避暑地としては最高の場所でもある。レートバットよいとこ、一度はおいで。現代風に言うならそんな意味の謳い文句があるくらい、此処は穏やかで素敵な場所なのだ。


外行き用のワンピースに腕を通す。ウエスト部分を柔らかい皮でキュッと締めるデザインはタスメイキアの仕立て屋(二話参照)が生み出したものである。動きやすいけど、かわいい服を!というコンセプトで作られた服は町娘っぽいカジュアルさと簡易ドレスのような華やかさを持っており、庶民にはちょっとした余所行き用に、貴族にはリゾート地などでゆったりと過ごす用に、と様々な場所から御求め頂いている。

布や刺繍のレベルを大きく変えることで値段にも幅を持たせた結果、貴族側からはさりげないが凝ったデザイン、庶民側からは型は貴族風に近いものの手を出しやすい値段、と評価を頂いている。


話が逸れた。姉と一緒に出掛けようかと思ったのだが、姉は用事があるということで独りで出歩くこととなった。普通、こういう場合って護衛が付くものだけど、ここはレートバット公爵家が管理している森である。知らない人が絶対に入らない場所でもあったため、自由行動が許されたのだ。

まぁ、公爵家からすればちょっと広い庭みたいな感覚なのだろう。理解できないけど。


この森には古くからの精霊がいるのだ、と言われており、夏の陽気を感じない爽やかさもその恩恵だといわれている。納得できてしまうくらい、この森は綺麗だ。人の手がほとんど入っていないはずなのに、過ごしやすい。


精霊、と聞くと中々に違和感だが、ゲーム『ファンタジーに恋して』では、人が持つ魔力を使う『魔法』の他に、特殊魔法として精霊魔法が登場する。ゲームの舞台となる学院では、魔力を持つ子供たちに如何にその魔力を制御させ、活用させるかを目的とした教育を行っている、という設定なのだ。だからこそ、王族も貴族も庶民も身分的な部分では緩い対応が許されているのである。まぁ、8割が恋愛で成り立っているゲームなので、ミニゲームと一部のイベントでしか出番はなかったのだが、いざこうして身近に精霊という言葉を聞くと、今更ながらに昔生きていた日本という世界とは別物なのだなぁと思うのだ。


そしてそれが、たまらなく楽しい。

だって想像してみてほしい。森の中にト○ロがいる、というあの映画。これが、本当にいるかもしれないのだ。楽しくないわけがない。精霊の姿形は口外してはならず、口にしたら精霊から加護を失い、罰を受けるのだという。そのため、想像するしかないのだが、あの森の妖精のような姿だったらどうしよう、とわくわくしてしまう。


さくりさくりと若草を踏み、木の匂いを吸い込む。あぁ、気持ちがいい。想いっきり深呼吸をすると、耳に水音が飛び込んできた。滝が近くにあるのかもしれない。

小さい藪が不自然に広がっている。人が通った痕だろう。もはや気分は探検家のそれだ。


ひょこりと顔を出すと、目の前に小さな川が流れていた。そして私と目が合って固まっている少女の姿も。


薄い金色の髪に淡い水色の瞳。目と目が合った瞬間、私は悟った。この子、精霊だ。

私と目が合った精霊さんは大きくその眼を見開いた。そして慌てて立ち上がる。その時に、頭の上に載っていた花冠がぱしゃん、と水に落ちた。あっ、と精霊は手を伸ばそうとするのだが、川の流れが思ったより早く、するりと流されてこちらに向かってきた。

私は慌てて川の岸にしゃがみ、薄いピンクと白で作られた花冠を水から引き上げた。そして、戸惑っている精霊さんに水気を払ってからそれを差し出す。


「あなた、精霊でしょう?」


私の言葉が確信をついたのだろう。彼女はぽかん、とした後にふるふると慌てて首を振った。誤魔化そうたって無駄である。もうこんな天使みたいな見た目で精霊じゃないなんてありえない。大気の精霊だろうか、それとも水の精霊?

――はっ、光の精霊!!こ・れ・だ!


「隠さなくってもいいわ。私だって精霊の姿をむやみに口に出してはいけないってことは知ってるもの」


彼女はそれでも私が信用ならないのか首を振っている。とりあえず、私は持ってきたバッグの中からシートを取り出して広げた。その上に座り、隣をとんとん、と叩いて彼女にも座るように促す。おずおずと座った少女に私の気分は最高潮だった。


「精霊って、喋れないのね。知らなかったわ」


そう言えば彼女は困ったように眉をよせ、はくはくと口を動かした。その姿を見て、ぴんときた。


「もしかして、本当は喋れるの?」


そう尋ねれば、少女は悲しそうに頷いた。もしかして、契約主に酷いことをされて、そのショックで喋れなくなってしまった、とか?

なんということだ!人間のエゴでこんな美しい精霊が苦しんでいたなんて!!!

私はすぐさま、少女の手を握った。俯いていた少女が顔を上げる。


「つらかったわね。でも、もう大丈夫!一緒に練習しましょう!私、声を出す方法を知っているわ!」


そう笑いかけて漸く少女が微笑んだ。正直に言おう、文句なしに可愛い。


「――いい?あー、って声を出すとき、喉を震わせるの。そうしないと息しか出ないからね。喋ろうって言うんじゃなくて、声を出そうって意識するの」


私は時間の許される限り、精霊さんの手を握って声を出す練習をした。最初こそ困惑していた精霊さんは徐々に緊張が解けたのか、少しずつ喉を震わせることができるようになっていた。


「……ぁー、っ!ぁー!」


細い喉が震えて、小さな、小さな声が漏れた。思わず二人で立ち上がってハイタッチ。精霊さんはやっぱり人間じゃないだけに軽くて、私は喜びのあまり振り回してしまった。もしかして、私…超パワフル…?

しかし、本能というものは欲望に忠実なもので、腕の中の柔らかな肢体を私は思う存分ぎゅうぎゅうと抱きしめたのだった。幸せ。

残念ながら、精霊に会えたのはその時だけで、次の日もその次の日も彼女は来なかった。

姉や母に心配されるくらい位には凹んだ。


そして彼女がいなくなって2日後の夜、卒倒したくなるような出来事に直面する。



********


シャンデリアによって現れた複数の影。立っているだけでも幻想的な光景だ。明るい黄緑のドレスにユージットから貰った髪留めを付けて、私はほう、とため息をついた。姉のエルヴィアは紺色に銀の刺繍のついたドレスで、控えめだが非常に美しい。決して、決して、身内びいきだとかそんなんじゃない。

そんな姉が内緒話をするように私に近づいてきた。


「ユージット様、どちらかしらね?」


思わず脱力してしまった。


「お姉様、ユージット様のことはあまり気になさらないで」

「ふふ、だって今日はセレスの初めての夜会なのよ?お父様ってば自分がエスコートできないからってすっごい拗ねて、昨日なんで遅くまでお酒を飲んだくれちゃって」


くすくすとエルヴィアは楽しそうに笑う。ふと私は首を傾げた。


「あの、思ったのですけど、別に婚約者がいるからと言ってもお父様がエスコートしてもいいのでは?」


というより、令嬢のデビュタントって基本父親とかじゃなかったっけ?特に私みたいな子供の場合は。

そう指摘すればエルヴィアは扇で口元を隠しながらも笑い崩れた。


「ふく、くふふ、…実はね、侯爵様からお父様宛に『お願い』の手紙が来たんですって。お母様が言ってたわ」


だからお父様のアレはヤケ酒って意味もあるんじゃないかしら。

エルヴィアは楽しそうに笑う。ちらりと目をやれば、お父様は寂しそうな顔をしてお母様に宥められている。そんな光景を見ながら、私は一人納得していた。

なるほど、『侯爵様』からのお願いであれば伯爵家の我が家が逆らえるはずもない。だからさっきからユージットの話を姉がしたがるわけだ。


「――セレスティア!」


控室(というか夜会の会場ではない部屋、というべきだろうか)にユージットがやって来た。

お父様、頬を膨らませるとまるでハムスターのようです。一応、そこそこ良い地位に立っているはずですよね?お母様はお父様のふくれっ面に笑いをこらえるのに必死で、咎めるどころじゃないが、幸いにしてユージットは気づいていなかったようである。


「ユージット様、」


まだ時間までには随分と早い。何かあったのかなと首を傾げると、ユージットは私を安心させるように手を振った。


「久しぶりだな。侯爵家は挨拶と入室が先になるんだ。セレスは僕の婚約者だから侯爵家の扱いになるんだ」


この国の夜会の礼儀というか、貴族としてのマナーの一つだ。基本はまず、頂点に王族。そこからピラミッド式で公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵と続く。夜会に招かれた場合、まず上の身分の者から入室し、開催者に挨拶をするのだ。

但し、これは旧礼と言われる伝統的かつ小さい規模の夜会で行われるもので、一般的に、大きい夜会なら一斉入場が当たり前だったりする。そもそも主催者が全ての招待客よりも身分が上の場合しか行われない夜会であり、限られた貴族しかできない形式でもあるのだ。

まぁ、最上位である王家主催の場合も一斉入場だけど、あれは人数も多いから、身分がどうのこうのとは言ってられないんだろう。


今回は建国以来の忠義の臣であるレートバット公爵家が主催者であることと、集められたのもそう多くはない人数だったことで、旧礼式の夜会仕様になってるんだろう。姉のエルヴィア曰く、数年に一度参加できれば運がいい、ということだったので実は楽しみだったのだ。


「私、一緒に行って良いのですか?」

「何言ってるんだ。この僕が、わざわざ迎えに来たんだぞ?」


きょとんとした私の手を引いてユージットは笑う。父がまるで梅干しを10個くらい食べたような顔をしているのを身て、母が必死に笑いを耐えている。ふと、気づいた。


あれ、これって私、未来の義実家とご一緒に過ごすってこと?


さーっと血の気が引いていくのが分かる。だって、侯爵家と一緒ってそんな、恐れ多い!

当然、ユージットの前でそんなこと言えるわけがない。慌てて、唯一助けてくれそうな姉に目を向けるものの、姉は仕方ないわね、という表情で笑っているだけだ。ちょっと待ってお姉様助けて。いやだ、そんな、身分がどうこうだとか、礼儀も身に付けてない伯爵風情がとか言われたらどうしたらいいんですか!


しかし誰も助けてくれないのであれば、私がユージットに逆らうこともできようはずはなく、ドナドナをBGMに私は夜会会場へと向かったのだった。




目の前のニスが塗られてきらきらと輝く扉を前に、私はため息を押し殺した。大理石の石像に、見るからに高そうな絵画。ベルベッドの光沢溢れる臙脂のカーテンに、ピカピカに磨かれたシャンデリアが光り輝いている。飾られた花は重たげに球をもたげているけれど、見とれてしまうほどに美しい。

廊下でさえこれなのだ。会場はどうなっているんだろう。気が遠くなる。


「もう父上と母上は会場に入ってしまったみたいだな」


そういいながら、ユージットが私の手を引く。なんで楽しそうなの?


「楽しそうですわね、」


思わず拗ねたような声が出る。なんというか、面倒な女の典型例っぽくなってしまった。ユージットはきょとんとした顔をして私を見てから、ふふ、と笑う。なんて子供っぽくない笑い方なんだか。


「そりゃあ、そうだよ。こんな可愛いセレスティアは、僕の婚約者なんだって言えるんだから」


ちょっと待って、この人ちょっと会ってない間にとんでもないジゴロに成長してやがる!!!!


私が顔を真っ赤にしたのを見て、ユージットはますます笑みを深める。


「言ってなかった。セレス、とっても綺麗だ!」


そういうなり、ユージットは私を引きずって会場に入る。今絶対、私の顔は酷いことになっている。

くらくらしそうな豪華絢爛さに慌てて顔の火照りを冷まそうと手で仰ぐ。その時だ。私の目の前に飛び込んできたものがあった。


それは、美しいプラチナブロンドのストレート。薄いクリーム色に臙脂の刺繍があしらわれたシンプルなドレス。主賓か主役か、一際目を引く集団の真ん中にいた少女。彼女は私を見るなり、ぱっと顔を輝かせて、こちらに小走りに寄ってきた。


「え、」


隣のユージットが驚いた顔をして、私と彼女を見比べている。が、今はそれに言葉を返せない。私はぱかんと口を開けてしまいそうになるのを必死にこらえていたのだから。


「――初めまして、わたくし、レートバット公爵家が娘、アリスティア・ルイツ・レートバットと申します、」


あの時はありがとう。


その言葉に私は、言葉を文字通り失った。くらり、と眩暈がする。

一気に引いていく血の気と共に、理解した。


―――精霊は、他でもない公爵令嬢だったのである!!!!


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