激戦! vs婚約者
ちょっとずつ書いていきます…。遅くて申し訳ありません。
前回までのあらすじ:そうだ、企業経営しよう。
さて、タスメイキア精油から作った香水が徐々に市場に出回り始めていて、発明した私も売り出している姉のエルヴィアもうっはうはです。皆様こんにちは。
今更だが、今の自分の現状を改めて確認してみようと思う。
まず私、セレスティア・フォン・タスメイキア。伯爵家令嬢であり、現在、すごい勢いで売り上げを伸ばしているタスメイキア香の発明者だ。
この前、タスメイキア香の売り上げが伸びたことに小躍りして、滑って階段の踊り場で転んで頭を打った際、今私のいる世界というか、乙女ゲームの詳細について一気に思い出したのである。頭打たないと思い出さないって、どれだけ私の記憶力というものはダメダメなのか。
まぁ、頭を打ったということでその日に予定されていた婚約者との顔合わせはさらに遠のいたことだけはラッキーだった。万歳!
乙女ゲームの名前は『ときめく乙女のシュミレーションゲーム!ファンタジーに恋して』略してファン恋である。主人公は貴族や王族がわんさか出てくるファンタジーな国で、学院に通ううちに様々なイケメンと恋に落ち、最終的には結婚する。相手には皇子、公爵、騎士候などなど、ファンタジックな響き溢れるキャラクターが勢揃いしている。
此処までは普通(?)の乙女ゲームだ。しかしこのファン恋は普通に相手との好感度を上げるだけではだめなのだ。日々勉強や作法、礼節を相手に応じて身に付けなければ相手との好感度も上がりにくいという、ミニゲームでも手を抜けない仕様となっているのだ。
さらに、それぞれのキャラクターのルートごとにライバルが出てくる。このライバルに打ち勝つためにも主人公は己を磨かなくてはならないのだ。
正直、初めてやった時に、なんて世知辛いゲームなんだと衝撃を受けた記憶がある。恋は努力という謎のキャッチフレーズが流行ったことも記憶に新しい。
さて、ここで既に乙女ゲームの内容とは異なる部分が出始めている。
私の性格もそうだが、姉の性格だ。ゲームの中のエルヴィアはもっとこう、とにかく美貌やら知性、特に家柄に括る人だった。推察するに、これは私が原因ではないかと思っている。
ゲームの中のセレスティアは陰気でネガティブ、人見知りと色々拗らせていたが、その原因は姉のエルヴィアだ。光り輝くように美しい姉、優秀で伯爵に相応しい姉。この人と平々凡々な自分を比べられ続ければ、当然性格は歪む。
前のあの家庭教師のように、出来の良い姉と比較されるという最悪な態度を取られ続ければ、マイナス思考にしかならないし、ゲームのような正確になってもおかしくない。だからこそ他人に唯一誇れるユージットの婚約者であることに固執し、執着したのだろう。そして姉は、そんな私を知っていながらも伯爵家を継ぐために、自分の評価を落とすわけにはいかなかった。伯爵コンプレックスとしか言いようのないゲームの中のエルヴィアの性格はそこにあるのだろう。
結果的に、姉妹は互いに理想を見出し、その結果コンプレックスを抱き、歪んでいったのだ。
ふりかえって現状を考えると、姉はかなり広い視野を持っているし、私も姉に対してゲームほどコンプレックスは抱いていない。むしろ、慕わしい気持ちのほうが大きい。だってかわいいもん。
何より、本来私の3つ上だったはずの姉は5つ上になっている。
どういうことだ、と混乱したものの、これは一つの特異点だ。姉の言うように、自分の好きに生きていいのかもしれない。
さて、現在私は今までにないくらい磨かれきって、ドレスを着ています。婚約者、ユージット・ベル・リーゲル様との面会だ。
ちなみにドレスはワルツや動いたときに最も美しく見える『セティー風』に仕上げてあります。さすがタスメイキア領一の仕立て屋。仕事が早い!
正直に言おう。間に合ってほしくなかった。
「初めまして、セレスティア。私がユージット・ベル・リーゲル、あなたの婚約者です」
「初めまして、ユージット様。セレスティア・フォン・タスメイキアと申します。至らぬところばかりだとは思いますが、どうぞ、ご容赦ください」
なにこのうすら寒い会話。そして二人の間に流れる空気もひどく息苦しくよそよそしい。
ユージットはなんというかこう、面倒くさいけど付き合ってあげてますってのがありありと分かる顔をしている。10歳という年齢を考えれば、かなりできている方だろう。
そして、しげしげと私を眺めた後、ぼそりとつぶやいた。
「地味だな」
私にとっての地雷を綺麗に踏み抜いてくださったのである。いや、私というか『セレスティア』の地雷というべきか。私は自分の頭の中でピッというスイッチが入る音を確かに聞いた。
そして同時に悟る。この男子もまた、セレスティアがゆがんだ原因だったのだ、と。
「……えぇ、姉に比べて何もかもが平々凡々。とりえのない娘だといわれております、」
そう伏し目がちに、悲しそうに告げれば、ぎくりとしたようにユージットは焦り出す。泣かれたら面倒だとでも思っているのだろう。だから私はわざと瞳に力を入れて、涙が溜まるようにする。
これ見よがしに鼻を小さく啜って、ぎこちない笑みを浮かべる。
「、ですので、私のような中流の貴族が、ユージット様のような上位の方の婚約者には相応しくないと感じられるのも、当然かと思われます。気に入らないのでしたら、どうぞ、お父様にお話しくださいませ。わたくしからでは、どうしても障りがございます。……ユージット様も、本当に思われる方と結ばれた方がきっと幸せです」
とりあえず、幼い少年の胸には少女の地雷を踏んだという傷を受けてもらう。完璧な作戦だ!相手を困らせ心証を最悪にし、苦手意識を植え付ける。これでユージットは私に対して強く出られなくなるだろう。そうすれば、あっさり振られて没落ENDを迎える可能性は低くなる、はずである。
まぁ、ここまで冷静なことを思っていたわけではなく、この時、私は割と怒りのままに、あてこすりをした。残念ながら痛む良心は幼い子供の心には薄らいでいたので。
怒るか、無理やりでも泣き止ませるか、狼狽えるか。
しかし、少年の反応はどれも予想とは違っていた。
「怒らない、のだな、」
「なぜです?ユージット様は事実を申されただけです。怒る、というのは少し違いますわ」
彼は呆然と、そう呟いただけだった。予想外の反応にあれ?と思いつつ、しおらしい態度を貫く。この言葉から察するに、怒らせたかったのだろうか。それはなぜだ?もしかして婚約者より優位に立とうとか、そういうことを考えたのだろうか。いや、単に気に入らなかっただけだろう。不思議に思いつつも一応はそう納得させ、演技を続ける。
少年は、はっとしたような顔をして、戸惑ったようであった。それも当然だろう。怒って言い返してくると思いきや、自分の言った悪口を肯定されたのだから。私は瞬きを繰り返してたまった涙を散らす。それからできるだけ柔らかく笑いかけた。
「あの、決して、あてつけではないのです。ユージット様とこうして知り合う機会をいただけただけでも、私のような者には幸運なこと。ですので、どうぞ、気になさいませんよう、」
「いや、」
謝る隙など与えない!ちょっとは謝ることすらさせてもらえない事を知って、人の心を学ぶのだな小僧!
完全に脳内では悪役を気取りながら私は微笑んで見せた。
「これは一時的な婚約です。わたくしは確かに伯爵家の人間ではありますが、決してその能力や振る舞いは侯爵夫人に相応しいものになりうるとは思えません。ですから、」
「――すまなかった」
あ、ルール違反だ!言い切る前に話すとかずるい!
「……謝っていただくようなことは、何もないのです」
そう笑顔で謝罪を受け付けない。これでこいつは私に負い目を持っただろう。例え、この後こいつによって断罪されるようなエンディングを迎えたとしても、酷いことはされない、筈だ。
苦手意識持ってくれればさっさと婚約解消に踏み切ってくれるんじゃないかな、なんて考えてませんよ本当に。
まぁ、少なくとも、今日の顔合わせは大惨事に終わるだろう。痛々しい沈黙しかなければ、少年は私を苦手な人間として記憶する。結果的に疎遠になり、婚約の話も流れるのではないだろうか。
しかし、私の推察は外れた。
彼はその場の空気を換えようと、リーゲル家の領地を案内すると連れ出したのだ。
リーゲル領は工業都市だ。勿論現代には及ばないものの、様々な部分に高い技術が使われている。馬車と歩行者を分ける、信号機紛いが存在したり、ベルトコンベア紛いの荷物運び機があったり、マジックハンドのように動く義手義足が発達していたり、と思わず話さずにはいられないものが目のまえに飛び出してきたのだ。
これで黙っているなんて私にはできない。次々に質問をし、説明を願い、我を忘れてはしゃぎまくった。私に乞われるままに話を聞かせてくれたユージットは、帰りの馬車に乗り込むまで、ずっと私のことを驚いたように見ていた。
「あの、こういう話はきらいかと思っていた」
「なぜです?」
「いや、女性は、機械の話なんて嫌いだろう、」
その酷く引っかかる物言いに、ふと思い出した。リーゲル家は芸術を解さない無骨な技術者貴族だと笑われているのだ、と。直前に姉がお茶をしながら話してくれた内容がこうも役に立つとは。
もしかして、最初の言葉にもこの家柄コンプレックスが関わっているんじゃないだろうか。タスメイキア家は服飾や美容系に強い、いわば流行を愛する貴族のイメージそのままのお貴族様だ。あの最初の一言には、彼のコンプレックスゆえの言葉だったのかもしれない。
「なぜ、嫌うのです?こんなに素晴らしい技術を開発できる環境は此処にしかありません。しかも技術を領民のために使うのですから高潔な御心を持ってなければできないことです。タスメイキアは此処のように発展していませんから、参考になることばかりですわ」
吃驚したようにこちらを見るユージットに笑って見せる。正直、外見のことを馬鹿にされたのはもうすっかり頭の中から消え去っていた。
「しかも、ユージット様から詳しい話まで聞けるんですもの。こんな恵まれた機会はそうそうありません」
「……そうか」
ユージットはそういって目を伏せた。ずっ、と鼻をすする音が聞こえたから泣いているのかもしれない。姉であるエルヴィアの話を思い出す限り、リーゲル家の期待を一身に受け、必死に礼儀作法を学んだのだという。にもかかわらず、夜会ではリーゲル家であるというだけで無骨者の印象を持たれていたらしいのだ。人間の偏見というものは中々なくならない。
商業を扱っており、割と身分に括らないタスメイキア家と婚約をしたのも、そういった煩わしさの心配がないためだろうと見当をつけていたが、当たっていたようである。
泣いているのを慰めたら、確実に好感度が上がる=振られて没落フラグが立ち上がる、かもしれないため、私はひたすら外の景色に夢中になっています、というポーズを取った。わざとらしくはしゃぎ声をあげておく。
「もう一度、改めて謝罪したい」
馬車から降りたユージットは、そっと私の手を取った。白皙の美貌に薄い緑の瞳。ミルクティのような淡い茶髪はゲーム画面で何度見てきたが、それでも惚れ惚れする。
「君が、…セレスティアが僕の婚約者になってくれて、本当にうれしい。さっきは、酷いことを言ってごめん」
これで許さなかったら流石に鬼だな。
そんな冷静な脳内の声にそうだよね、と一つうなづいて、私は笑う。
「私も、ユージット様が婚約者になってくださって、本当に嬉しいです」
そう返した。ぎゅ、と抱きしめられる。思った以上に強い力にびっくりしながらも、されるがままに大人しくしている。とくとくと早い心音は目の前の胸から聞こえているのか、私の耳が体内の音を拾っているのか、わからない。ただ、あぁ、私はこの腕に抱きしめられたかったんだな、と柄にもなく運命というものを信じそうになった。
「婚約解消なんか、絶対しないからな」
その言葉に心の底から吃驚して、それから、笑った。
ずっと付きまとっていた不安が、少しだけ消えたような気がした。