まずは自立しましょう
のんびり書いていく予定です。まったく慣れていないのですが、よろしくお願いします。
前回までのあらすじ:婚約者はやっぱり攻略対象でした。死にたい。
10歳の誕生日に前世?の記憶を取り戻した私、セレスことセレスティア・フォン・タスメイキアです。皆様ごきげんよう。
さて、婚約者の絵姿が紹介されて早一週間。どう見てもあと2,3年したらあの乙女ゲームの表紙の通りのイケメンになるんでしょうね!と言いたくなる感じの爽やかな少年を見て、私は色々と考えた。そりゃもう、知恵熱が出るくらいには考えた。
あと数年でコイツに振られるのならば、どうにかそれまでに独り立ちできるだけの能力を身に付けなければ!と。
そしてふと、思いついたのだ。食いはぐれないには金が要る。金を稼ぐなら、そうだ、企業経営だ、と。所謂、出資者、パトロンというやつだ。既に我がタスメイキア家ではいくつかの才能ある人間の出資や企業を運営している。そこを上手く発展させ、最終的には企業経営の権益までゲットできれば最高。できなくてもある程度顧問役みたいなポジションを取れれば、将来安泰である。
ということで、さっそくその中の一つを呼びつけてもらったのだ。
「――動きやすい、衣装でございますか?」
呼び出された仕立て屋は困惑したように私を見た。私はおおきくうなずうく。
「はい。今のドレスはどれもすばらしいものです。ですが、どうしてもダンスをするというよりも、立って美しく見せることに注目しているでしょう?私、ダンスをするときにこそ美しいドレスを作ってみたいのです!」
そういいながら自分でデザインしたドレスを渡す。まずは自分の我儘でこういうドレスが欲しいのだ、と訴える。案の定、仕立て屋は子供の拙いデッサンながらも、新しい視野を持った意見にほう、と頷く。
「それに、動きやすい衣装であれば妊娠されているご婦人や固い衣装を苦手にする方でも身に付けることができますわ」
他の利点も伝えれば、ほうほう、と仕立て屋の瞳は営業用の媚びたそれではなく仕事用の真剣なものに変化していく。にやり、と笑うのをぐっとこらえながら、ああでもない、こうでもないと話し合いを始めた。
「いやぁ、お嬢様は素晴らしい発想と着眼点をお持ちですね。このアイデア、ぜひ活用させていただきたい」
「そんな、私はただ、自分がそういうドレスを着たいと思っただけなのです」
「いえいえ!この新しいスタイルのドレスには、セレスティア様の名前をもじって『セティー風』と名付けて販売させていただきます!」
思ったより大評判である。ふっふっふ、上手くいったぜ…!
後は第二第三のアイデアを出して、アパレル関係で名前を売り、権力を握らなければ。
「セレス、最近、色々と商人や職人と会っているようだけど、どうしたの?」
姉のエルヴィアが心配そうに私を窺っていた。もうすぐ学院に通うとはいえ、まだまだ子供の私が色々と活動を始めていたら確かに違和感があるだろう。私は婚約者が決まってから必死で考えた言い訳を披露することにした。
「……考えたのです」
「?」
「私ではどうやってもお姉様のように美しい容姿や優雅な所作で殿方を惹きつけることは難しい。ですから、美しさより実益、利のある女だと思っていただければ、そうそう婚約を破棄されたりはしないでしょう?」
「セレス、」
正確には、破棄される前提でその後の生活が上手くいくための布石なのだが、流石にそれは言わない。我ながらなかなか良いいいわけだと思いながらふとエルヴィアを見ると、彼女の顔はうっすらと蒼くなっていた。え、何かまずいこと言ったかな。
そう考える前に、ぎゅ、と両腕が私の身体に回される。
「……貴女が一人、無理することはないのよ?」
逃げてもいい、と姉は言ってるのだ。この伯爵家の跡取りには私と姉しかいない。長子である姉は必然的にこの地を治めることになる。だが、姉は私の代わりに嫁に行ってもいい、と言っているのだ。
実家の方が居心地がいいのは確かだし、跡取りであればある程度自由に相手を選ぶことができる。だから代われる、と言ったのだ。
だから、私は笑って見せる。
「誤解をされないで、お姉様。そうではないの。ええと、私にとってはこれも一つの花嫁修行なの」
その言葉にきょとん、と姉は目を見開く。
「花嫁修業、」
「はい。だって、私はお姉様のように領地を治められるような器量はありません。だから、別の形で婚約者である侯爵家に発展する力となるものを磨こうと思ったのです」
その言葉に姉は神妙に考え込んだ。思ったより深く受け止められて内心で焦る。
いいんですよー、愚妹のことは気にしなくていいんですよー。
そう念じていたのが通じたのか、姉はふわりと微笑んだ。
「なら、私からは何も言わなくて良さそうね。でも、セレス。それなら、私にちょっと協力してくれませんか?」
まさかの、姉との共同経営の始まりである。
ふわりと匂い立つ紅茶に甘い砂糖菓子。優雅な令嬢たちのティータイムだ。
「――この領地でたくさん取れるものの中に、『チェサ草』があるのは知っているわよね?」
「えぇ、薬草、ですよね?」
しかしてその会話内容はロマンチックからは少し遠い。
チェサ草。このタスメイキア領では雑草と変わらないくらいに至るところに生えている草だ。大きめの葉っぱが特徴で、昔は薬代わりになっていたらしい。
私が発した言葉に姉はうんうん、と頷く。
「チェサ草は薬用ではあるけど、熱冷ましのように使えるものではないの。価値としては雑草とほとんど変わらないわ。でもうっかり家畜が食べたらお腹を壊してしまう代物だから、放っておくわけにもいかない」
「だからうちの裏庭にはチェサ草の山があるのですね」
つまり、大量に取れるものの、ゴミになってしまうものをどうにか再利用できないかと考えているのである。
「薬用では何に使われるのでしたっけ?」
「むしったばかりの葉の香りは虫除けになるとされてるわ。香り自体はいいのだけど、紅茶のように食用には向かないの。正直、貴族階級も庶民も普通には使わないわね。不利益ばかりの雑草なの」
「逆に言えば、これを上手く使うことができれば一大産業になるということですわね」
「そう。既に染物をやってみたんだけど、良い色ではなくて」
薬草、虫除けに効く。その瞬間、ピーンときた。
「お姉様、ちょっと、お時間をいただいてもよろしいかしら?」
まず向かったのは図書館。チェサ草についての辞典を引く。
――チェサ草。スッキリとした匂いは虫除けになる。また、葉を擦り込むことで日焼けした肌を癒し、美白の効果がある。
これならいけそうだ。私はにやりと笑う。
さらに目的の書物を二、三、拝借する。そしてチェサ草が山のように積み上げられている裏庭に向かい、一籠分ほどいただく。
チャラララ、チャッチャッチャッ(×2)
チャラララララララララ、チャッチャッチャッ
料理を作るときはお馴染みのあのBGMを脳内に流しながら、書物通りに手順を進める。
まず、チェサ草を大きめに刻む。そして、食堂から貰ってきたパスタ鍋(古)の底に水を薄く張り、網部分の上にチェサ草を敷く。次に、鍋の蓋に穴をあけ、カテーテルのような管を通し、他の部分は密閉する。管は、重石を付けて水を張った盥を通し、その先がコップに溜まるように調節する。
あとは火をつけるだけだ。
これは、簡単に言えば理科の蒸留の応用だ。火をつけることで水蒸気が鍋にたまり、その熱によってチェサ草の成分も水蒸気になって鍋から管を通って出ていく。盥で冷やされることで、チェサ草の成分を含んだ水蒸気は水に戻り、コップにたまる。
ここまで言えば、詳しい人はわかるかもしれない。現代でいうところの、エッセンシャルオイル、精油だ。前世、石鹸作りが趣味の友人がいて助かった。顔も名前も思い出せないが、二人で夏休みの自由研究として多種多様な精油を作ったのである。この精油は、香水としては勿論、お風呂に入れたり、マッサージに使ったりと幅広い使い方ができる。
何より、チェサ草の匂い自体に虫除けの効果があるなら、このまま虫除けの香水として使うことも出来るはずだ。
今回は即席の道具で作ってみたが、出来上がったものを嗅いでみれば、ミントのようなさわやかさと柑橘類を混ぜたような匂いに笑みが浮かぶ。
精油を丁寧に掬い取り、小さな小瓶に居れる。チェサ草はかなりあったと思うのだが、取れたのは微々たるものだ。香水の代わりに首筋や手首に塗ってみる。
うん、これ、私凄い好きな匂いだ。
出来上がったものを腕や足に塗り、庭に出てみる。侍女たちの目を盗んで、わざと藪の方に向かってみたが、虫にまったく刺されない!これは完璧だ!
翌日、出来上がったものを小瓶につめ、姉の元へ向かう。二人でのんびりとお茶を飲みながら話し合った結果、もう少しサンプルを多く作り、侍女たちや庭師に試してもらって効果を検証することになった。
「でもそれなら、もっと専門器具を使ってよりちゃんとした精油を作るのはどうでしょう?」
「というと?」
「この本にあるような器具を取り寄せられたら、と思ったのです。ただ、結構高価で」
そういいながら本を出す。値段としては宝石を買うのと同程度で、伯爵家にとっては端金でしかない。だが、子供の私が自由に使っていいレベルの金額ではないのだ。それをしばらく眺めていたエルヴィアは、にこりと笑った。
「街の職人に腕の良い人がいるの。その人に頼んでみるわ」
まだ一人で屋敷の外に出られない私に代わり、エルヴィアはそう言ってくれた。これは乗るしかない。一も二もなく賛同し、道具類は姉に一任することにした。
一週間もしないうちに揃った道具により、ちゃんとした精油が作られ、タスメイキア領は新しい産業を生み出すことになった。
チェサ草から生み出された精油は、私達の苗字を取って『タスメイキア精油』と名付けられ、新しい香水や虫除けの品として重宝されることになる。
第一関門である、企業経営の第一歩は見事に達成されたのだ。