石
「…………眠ったか」
少し、箍が外れかけた。
危ないところだった。あと少し、何かがあればきっと理性を失っていただろう。それほどに、酒を飲んだ瑞希は扇情的だった。
きっと、本人は全く自覚していないのだろう。
ほんのりと紅潮した頰、うっすらと膜の張った目、いつもより舌足らずな口調で自分を呼ぶ声。
どれもがアーサーを強く揺さぶった。
けれど弁明が許されるなら、本当はこんなつもりではなかった。急かすつもりも、急ぐつもりもなかったのだ。
酔っていなかったと言えば嘘になるが、酔っていたから手を出したわけでもない。長期戦は覚悟の上だったし、現状に不満があるわけでもなかったのだ。
「覚えて、いるだろうか」
覚えていて欲しい。忘れてしまって欲しい。相反する気持ちがアーサーの胸中で鬩ぎあう。
気を失うように意識を飛ばした瑞希は、酒の赤みを残したまま健やかな寝息を立てている。
アーサーは起こさないようにと細心の注意を払いながら瑞希を抱き上げた。
さすがに、この部屋で寝かせるわけにはいかない。抱き上げた小さな身体はやはり軽く、抱えながらドアを開けることも難しくなかった。
子供部屋のベッドに横たえると、髪が流れてふっくらとした頰が露わになる。するりと撫でるように触れると、くすぐったいのか愚図るように顔を背けられた。
顔にかかる髪を避けてやり、月明かりの中で眠る瑞希を静かに見つめていると、無理やり抑え込んだ熱がぶり返しそうで、後ろ髪を引かれながら自室に戻った。
身を投げ出したベッドはいつもよりも広く、冷たい。だいぶ毒されているなと拭えない違和感に苦笑が浮かんだ。
月明かりさえ遮って腕を顔に押し付けるが、まぶたの裏には垣間見た艶姿がすっかり焼き付いてしまっている。
こんな調子で、顔を合わせられるのだろうか。
全ては明日の朝にわかる。もし覚えていれば、何かしらの反応があるはずだ。そして、どう振る舞うのかが決まる。
今のままを望むなら、忘れられていた方がいいのだろう。ぬるま湯に浸かるようなこの関係はアーサーに安らぎを与えてくれる。失うには惜しいものだ。
けれど、その一方で胸の奥に暗い蟠りが生まれる。何もなかったふりはできそうにない。
坂を転がる石と同じだ。もう、自分一人では止まれそうになかった。




