大人の時間
クッションを敷いて、適当な木箱をテーブル代わりにすれば、晩酌には十分だった。
グラスに光る琥珀色の液体は蜂蜜のようにとろみを帯びていて、口に含むと華やかな甘みが口いっぱいに広がった。
「甘いな……」
ぐっと顔を顰めたアーサーに、瑞希がころころと笑う。するとアーサーは憮然としたままスモークチーズにたっぷりと香辛料をつけて口に放るから、はてと今度は首を傾げた。
「甘いもの、好きじゃなかったの?」
「まあ、嫌いではないが……甘い酒は好かん」
困ったようにアーサーがグラスを傾けると、とぷんと酒の揺れる音がした。同じ大きさのグラスのはずなのに、アーサーのそれは少し小さく見える。大きな手が手持ち無沙汰にグラスを揺らすたび、琥珀色の液体も揺れる様に、どうしてか目が惹きつけられる。
(なん、だろ……もう酔ったとか?)
しかしそれにしては眠気がやってこない。むしろ、目が冴えていっているような気さえする。
ぽっと熱を増した頰に手を当てると、ひんやりとした体温が心地よかった。こういう時だけは、冷え性も悪くないと思える。そのままゆっくりと首筋に滑らせると、指先が強い脈拍をとらえた。
まろやかで飲みやすい口当たりだが、ひょっとして結構強い酒だったのだろうか。
そっと薄く唇を開くと、入り込んだ空気はやはり冷たかった。
「…………ミズキ?」
躊躇いがちに呼ばれて、不思議そうに顔を上げる。
見上げたアーサーの顔は困惑の色を浮かべていて、ほんのりと赤く色付いていた。自分よりも強いはずの彼までこうなるなんて、と瑞希はいよいよ苦く笑う。
「ここで飲むことにして正解だったわね」
「そ、れは」
ふふふと軽やかに笑う瑞希に、アーサーはかえって挙動不審になる。グラスを持つ手には力がこもり、指先が白むほどだった。
アーサーの動揺に気づくことなく、瑞希はまたひと口酒を含む。その一挙一動をアーサーの目は捉えていた。
「ミズキ、もうそろそろ寝た方がいい」
「ええ? まだ大丈夫よ。もう少しだけ」
グラスを取り上げようとする手から逃れるように身を捩ると、アーサーの息を飲む音が聞こえた。
(なに? なんだか、様子がおかしい)
飲むペースが早いから、その分アルコールも早く回ったのだろうか。
頰に宛てがおうと伸ばした手が、触れるより先に大きな手に囚われる。自分の手よりもずっと大きな手が、瑞希の手を包み込んで離さない。
「アーサー?」
どうしたの、と問おうとする言葉は最後まで紡がなかった。
瑞希の息が止まる。
アーサーの瞳がまっすぐに射抜く。奥底に、自分の知らない何かを滾らせていた。




