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調剤室にて

 瑞希には重い薬研も、アーサーの手にかかれば容易く動き、薬種を粉にする。そうして出来上がったものを瑞希が慎重に計量し、封をしていく。

 二人で薬を作り始めると、何となく時間がゆったりと流れている気がした。作業効率は上がったはずなのに、変なものだ。


 「この調子なら、すぐに終わっちゃうわね。アーサーのおかげだわ」


 瑞希の言葉に、アーサーは少しだけ照れたように目を細めた。大したことはしていないとアーサーは謙虚に言うが、瑞希には本当に有難いことだった。

 外を見れば、月はまだ中天にも差し掛かる前。いつもより少し夜更かしをした程度の時間だ。これなら明日の朝にも響かないだろう。


 「こんな時間まで起きているの、本当に久しぶりなのよ」

 「露天商の頃以来か?」

 「ううん、もっと前。私がこちら(・・・)に来る前よ」


 懐かしむような声音。不意に生まれた妙な沈黙を、アーサーが静かに破った。


 「前に教鞭を取っていたと言っていたが、そんなに大変だったのか?」

 「珍しいわね、アーサーが聞くなんて」


 ちょっとびっくりした、と瑞希が小さく笑う。そんなことを聞かれたのは初めてだった。


 「ミズキのことだからな。…………聞かない方が良かったか?」


 気遣わしげになった眼差しに、瑞希は首を横に振った。すると、アーサーがほっと胸を撫で下ろす。

 そのわかりやすい様子に、珍しいことが続くものだとミズキは笑いを擽られた。


 「日本……私の国では、9年の義務教育があるの。子供はみんな学校に通って、いろんなことを学ぶのよ」

 「9年も……費用はどう賄うんだ?」

 「義務教育だから、国が負担するの。通っているとあっという間よ」


 なんでもない風に瑞希はいうが、アーサーには衝撃的だった。

 しかし、同時に納得もした。教育を受けるという環境が当たり前のように身近にあったからこそ、あの時瑞希は混乱したのだと。


 「…………ミズキには、この国はどう見えている?」


 高度な教育を受け、それを与える側にまでなった瑞希には、この国はどう映っているのだろう。

 ふと抱いた疑問に、瑞希は思いもよらぬことを聞かれたと目を丸くした。けれどすぐにそれは柔らかく細まる。


 「アーサーはこの国が好きなのね」


 瑞希の言葉にアーサーは躊躇わず頷いた。それにも、瑞希は目を細める。


 「私も好きよ。行き着いたのがこの国でよかった」


 妖精達も、街の人達も、何処の者ともしれない瑞希を温かく受け入れてくれた。身一つで投げ出された瑞希にとって、それは何よりもの救いだった。

 晴れやかに笑う瑞希に、アーサーもゆるく口角を上げた。

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