やさしい心
子供達を寝かしつけてから、こっそりとベッドを抜け出した。
ランプの明かりが照らす調剤室で、瑞希はごりごりと薬研を動かしていた。こうして薬種を粉末化するのももう慣れた。
混ぜ合わせた薬粉を包紙の上に盛り、天秤で量を計っては封をする。息を止めていないとすぐに吹き飛んでしまうから、これが一番気を使う作業かもしれない。
風邪薬の補充分を封し終えたところで、瑞希はぐっと大きく背伸びした。長い時間前屈みになっていたから、筋肉の強張りが酷い。
「あとは傷薬と……鎮痛剤と鼻炎薬ね。今日中に終わるかしら」
「────なら、どうして言わなかった」
予想だにしなかった声に体が大きく跳ねる。手をぶつけた天秤がぐらぐらと揺れた。
振り返ると、アーサーが腕を組んでドアに凭れていた。じっと瑞希を見つめる瞳はいつもと違って鋭さを孕んでいる。
射抜かれるように身を竦めると、アーサーの眉間に皺が寄った。
「ベッドを抜け出すから何かと思えば……どうして黙っていたんだ?」
そう問い詰める声は低い。怒っている。
アーサーはドアから上体を離すと、ゆっくりと瑞希との距離を詰めた。
そして見下ろした机上には、今しがた作り終えたの風邪薬が小山を成している。
「ミズキが全てやらずとも、何か手伝えることがあったはずだろう」
「でも、これは私の仕事だから……」
気にしないで、と言いかけると、アーサーの顔が苦しげに歪んだ。そんな言葉は聞きたくないと、眼ざしひとつで封じられる。
アーサーの大きな手が瑞希の頰を包んだ。気まずさに俯いていた顔を、自分を見ろと上向かせてくる。
「俺は、そんなに頼りないか? 瑞希にとって、俺は負担でしかないのか?」
「えっ、ちが……そうじゃないのよ。アーサーにはいつも助けてもらってて、本当に有難いと思ってる」
「なら、頼ってくれ」
懇願するアーサーの瞳は熱を帯びていて、その笑みも苦しげに見える。
この顔をさせたのが自分なのかと思うと酷く胸が痛んだ。
「無理をさせたくて、ここに上がり込んだわけじゃない。本当にそう思ってくれるなら、俺を頼ってくれないか」
「…………いい、の?」
薬研を動かすには力がいるし、薬を包むには神経を使う。慣れた瑞希でさえそうなのだから、慣れないアーサーにはもっと負荷がかかるだろう。
困ったように見上げる瑞希に、アーサーはやさしく微笑んだ。
「俺は……ミズキに頼ってほしい」
低い声が、甘い響きで鼓膜を打つ。
アーサーのやさしい気持ちが伝わってきて、瑞希の顔もほころんでいた。
「アーサーは優しすぎるわ」
「誰にでも優しくするわけじゃないさ。ミズキだから、優しくしたいんだ」
アーサーが困ったように微笑む。
お世辞だとはわかっている。けれど、それでもとても嬉しかった。




