森の中にて
昼間とはいえ、鬱蒼と生い茂る森の中は陽の光も遮られ薄暗い。整えられたわけでもない獣道は、一歩進むたびにさくさくと音がした。
「たまには、こういうのもいいかもしれないな」
瑞希は首を傾げた。
「ちょっと前までは当たり前だったでしょう?」
確かに今回の滞在は長いけれど、懐かしむには早いだろう。そんな意味も込めての言葉に、アーサーはほのかに苦笑いを浮かべた。
「いつもは、子供達と一緒で賑やかだったろう。それも嫌いではないが、二人で静かに過ごすのもいいと思ったんだ」
お前の傍は居心地がいい、とまで言われて、瑞希はぽっと頰が熱くなった。それから困ったように目線をうろつかせる。
「…………アーサーったら、罪な人だわ」
「? どうして?」
いかにも思い当たる節はないという表情をされて、瑞希は溜息を吐きたくなった。無自覚はかくも恐ろしい。
けれど、意図的にであればそちらの方が恐ろしいような気もして、何とも言えない気分になった。
「言動にもう少し注意した方がいいわ。勘違いしちゃうから」
「…………褒めた、つもりなのだが」
「悪い気はしてないわ。ただ、……そう、恥ずかしいのよ」
シチュエーションなのか言い方なのか、ないはずの色を付けて捉えそうになるのだ。
もしかしたら、特別な好意をむけられているのではないか、と。
自意識過剰だとはわかっているけれど、一度でもそう思ってしまうと意識しないではいられない。
「嫌な気はしていないんだな?」
妙な気迫のこもった確認に、瑞希は躊躇いながらも素直に頷いた。すると、アーサーは「ならいい」と追及をやめた。
「俺は、思ってもいないことは言わない。ミズキが不快だというなら改めるが、そうではないならこれでいい」
「ええ? 私が良くても、周りに誤解されて困るのは貴方なのよ?」
若く、見目良く、頼もしい。彼に好意を寄せる女性は少なくないはずだ。この先良縁を、ということだってあるだろうに。
言い連ねる瑞希に、「いいんだ」とアーサーは言い切った。
力強い黒の瞳がまっすぐに瑞希を射抜く。
「誤解が無いように言っておく。俺は、誰にでもこんなことを言うわけじゃない。ミズキだから、言ったんだ」
アーサーの手が瑞希の頰に触れる。どうか間違えないでくれ、と掠れた声が請う。
そんなこと、そんな風に言われたら、もう何も言えない。
俯いて押し黙る瑞希を見下ろして、アーサーが前に垂れたひと房を耳にかけた。黒髪の合間から見える耳は赤く染まっている。
ふっと息を零すアーサーを、瑞希が恨めしげに睨みつけた。
「アーサーは卑怯だわ…っ」
「今回は褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてない!」
瑞希の叫びを、アーサーは柳に風とばかりに受け流した。




