いたいのとんでけ
家に入り、リビングのソファーにそれぞれ座る。ライラはアーサーに、カイルは瑞希に、それぞれぎゅうぎゅう抱きついたままだ。時折甘えたがりの犬のようにぐいぐいと額で押されるのが少し痛くて苦しい。けれど、この子達はそれだけの我慢をしたのだからとされるがまま受け入れた。細くて柔らかい髪を撫でては指先で弄ぶ。
センターテーブルにふよふよとマグカップが飛んできた。中身は、黒が二つと茶色が三つ。茶色は子供達の前に、黒は瑞希とアーサーの前に落ち着いた。
「お菓子もいる?」
自分用のカップを両手に持ったルルが、子供達に聞いてみる。瑞希が仲介して聞くと、ルルはそれを寂しそうに見ていた。
今までにはなかったそれに、不安が沸き起こる。
「ルルも、おいで」
腕を緩めて、小さな姉を誘う。ルルは狼狽えていたけれど、やがておずおずと瑞希の腕の中に包まれた。
「ルルねえも、いたいの?」
もぞりと顔を上げたカイルが、へにょりと眉をハの字にする。
痛いとは。怪我は見た目より酷いのかと焦りかけたその時、カイルはぎゅっと胸のあたりを握りしめた。ライラが目をそらすようにアーサーにしがみつく力を強める。
「かあさんは、かあさんじゃないって。そしたら、いたくなった。いたくないのに」
なんで、と、見上げられるより先に、強く強く抱きしめた。ルルも、小さな体で力の限り抱きしめる。
カイルはほわりと表情を緩めて、ルルに頰ずりするように手を添えた。いきなりのことにびっくりして、わたわたとパニックに陥っているのを瑞希の目がとらえた。
「────変なことを言う奴だな。瑞希は、お前達の母だというのに」
心底不思議そうにアーサーが言った。ライラがぱちくりと瞬きして、それから顔を綻ばせた。ぱぱ、と幸せそうな声が小さく呟く。アーサーは軽すぎる体をひょいと持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。細く短い腕が首に回されて、アーサーは擽ったいと堪えきれず笑いを溢した。
アーサーとライラのやり取りを羨ましそうに見ている息子を、仕方ないと瑞希も抱き上げた。こちらは、ちょっと重い。それでも噯気にも出さず、慈愛だけを溢れさせた。
「だぁいじょうぶよ。あの変な人は、ルルとアーサーが懲らしめてくれたもの。もう意地悪しには来ないわ」
ゆらゆらと体を揺籠のようにして、背中をぽんぽんと叩いてやる。子供はこくりと頷いた。
「ルルがココアを淹れてくれたから、これを飲んだら、おじいちゃん達に会いに行こうね」
それからみんなでお弁当食べて、たくさん遊んだり、お話ししたり。
瑞希が紡ぎ出す楽しそうな予定の数々は、子供達には一層魅力的に聞こえていた。
腕の中で、ああだろうか、こうだろうかと話し合う子供達。
その上で、瑞希とアーサーは目線をかい合わせた。ふふ、とどちらからともなく笑い合う。
「あったかいわね」
くすり、瑞希は独り言ちた。




