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おかえり、ヒーロー

 ルルは生まれて初めて誰かを嫌悪していた。

 許さない。許せない。どうして、こんなやつが………!


 「アンタみたいな張りぼて男に何がわかるっていうのよ!自分勝手なことばっかり言って、人の話も聞かないで!」


 人の話を聞く耳も、相手に言葉を伝える口も持っているのに。自分が欲しくて欲しくて堪らないものを持ってるくせに。

 まろやかな頰に幾筋もの跡が残る。


 こんなやつ、羨んだりしない。その幸福を自覚しない堕落者なんて。


 ルルの怒りが伝播しているのか、事象にも影響が出始めていた。

 ヒューイットを追い出した風は止むことはなく、今も彼をここから遠ざけようと吹き続けている。それに伴い砂嵐が巻き上がり、視界を不明瞭にしていく。


 「---これは何事だ?」


 砂煙の幕の向こうから声がした。僅かな戸惑いを滲ませた、独り言に近い呟き。

 ルルはようやく風への干渉をやめた。

 歩きやすくなったと粉塵の向こうから近づいてくる彼は、足元に転がるヒューイットを一瞥し、不思議そうに瑞希達に目を向けた。


 「っパパぁ…!」


 瑞希の後ろから飛び出したライラが勢いそのままに抱きついた。

 それを揺らぎもせずに受け止めて、ぎゅうぎゅうと訴えてくる小さな子供をその腕に乗せて抱き上げた。ぽんぽんと、背を撫でて宥める。

 パパ、とライラがもう一度彼を呼んだ。


 「ライラ。どうした、そんなに泣いて」


 聞きながら、アーサーは歩き続けた。

 瑞希はカイルに寄り添っていたが、その顔には安堵と、少なくない疲労が見て取れた。


 「な、なんなんだい、君は!」


 ヒューイットが叫ぶように詰問する。

 アーサーは奇妙なことを聞いたと片眉を上げた。徐ろに彼を振り返り、逆に問い返す。


 「お前こそ誰だ?」

 「わ、私はミズキの……!」

 「お前なんかが母さんの名前を呼ぶな!」


 ヒューイットの言葉を遮るようにカイルが叫んだ。怒りで細い肩を上げて、涙ぐんだ目で彼を睨みつけている。

 アーサーは腕の中で啜り泣く娘と息子とを見比べた。縋るようにパパ、パパ、と繰り返し胸元のシャツを握りしめる小さな手に擦り傷を見つけて、瞳が剣呑さを帯びる。


 「ライラ、この怪我はどうした?」


 ライラは言われて初めて自分が怪我していることに気づいたようだった。血が固まっているそれを見て、またぽろぽろと大粒の涙を零す。押し殺すように小さく嗚咽を上げながら、痩せ細った指でただ一人を指し示した。

 アーサーはもう一度ヒューイットを見た。その目には、先程までの平坦さはない。冷たく、棘を孕んだ眼差しだった。


 「お前のせいか」


 地を這う響きに、ヒューイットが戦く。アーサーの気迫に飲まれて、はくはくと口を開閉させるが言葉にはならなかった。

 アーサーは追求の手を緩めなかった。苛立ちまで滲ませて、「何とか言ったらどうなんだ」と急かした。

 ヒューイットはさらに怯えて、ついには声さえ漏らさなくなった。見るも惨めなほど震え、壊れた人形のように首を振るだけだった。


 「アーサー」


 そっと彼の腕に手を添える。ミズキ、と目で物申す彼に、瑞希はゆるりと首を振った。


 「ヒューイットさん、さあ、お引取りを。そしてもう二度とこの子達の前に現れないで」


 言い捨てて、瑞希は踵を返した。

 それから、一変して優しい、温かい目をアーサーに向ける。


 「遅くなったけど。おかえりなさい、アーサー」

 「…………ああ、ただいま。ミズキ」


 仕方ないと肩の力を抜いて、アーサーも家の中へと入っていった。

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