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バタフライ・エフェクト

 「ママぁ……」


 ぼろぼろと泣きながら手を伸ばすライラを慌てて抱きしめて背を撫でてあやす。カイルも気丈に振る舞っていたが小さな体は小刻みに震えていて、必死に涙を堪えている様子は痛々しくて堪らなかった。

 理不尽な言葉の暴力に晒されて、どれだけ恐ろしい思いをしただろう。きっと不安で仕方なかっただろう部分を容赦なく抉られて。


 「怖かったわね、よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。私もルルも、ずっと一緒よ。家族だもの。大丈夫、離れたりしないわ」


 大丈夫だと何度も繰り返して、恐怖に冷え切った手を包み込んだ。ひらりとルルが二人の間に降りてきて、ここにいるよと伝えるように二人の髪を動かしたり、頬に触れて撫でたりもした。


 「ヒューイットさん、今すぐお引取りください」


 瑞希はきっとヒューイットを見据えた。

 話すことなど何もない。

 はっきりとした拒絶にヒューイットは今にも天を仰ぎそうな顔で瑞希を見つめていた。


 「なんてことを言うんだい、ミズキ!せっかく、ようやく再会できたっていうのに!ああ、その子供のせいなのかい?どこの家の子供かは知らないが、まったく躾がなっていない。私のミズキは君たちの母親であるはずがないと何度言っても聞かないで」


 親の顔が見てみたいよ、といかにも疲れた風に嘆くヒューイットに、瑞希は頭に血が昇る感覚を初めて経験した。

 ぐつぐつと何かが沸騰しそうになっているのに、頭は冷え切っている。息が荒くなって、溢れ出しそうになる激情を必死に堪えた。


 「これが最後です。今すぐここから出て行きなさい。さもなくば、どうなっても知りませんよ」


 子供達を庇い、かつてないほどの敵意を込めて睨みつける。そうしたのは瑞希だけではない。ルルもまた、大きな瞳を鋭く尖らせて睨みつけていた。

 瑞希は生まれてこのかた暴力とはとんと縁がなかった。強いてあげるなら大学時代に授業の一環で、スポーツとして護身術にもならないほど浅い武道経験をしたくらいだが、その程度の経験でもないよりはずっとマシだろう。味わわなくてもいい恐怖を子供達に与えたこと、子供達の傷を抉ったこと、到底許せるはずがなかった。

 しかし、向けられたヒューイットはそれがどうしてか理解している様子もなく、驚いて瑞希を見返した。


 「ミズキ、本当にどうしたんだい。何を怒っているの?そんな怖い顔、君には似合わないよ」

 「どうして、ですって?前から話を聞かない人だと思っていたけれど、ここまで酷いとは思っていなかったわ」


 こうも低い声が出せたのかと、自分でも驚いてしまうほど低く冷淡な声だった。

 頭の片隅で、自分が怒りに任せて爆発する性質ではなくてよかったと安堵する。


 「私はあなたのものになった覚えはないし、これからもなるつもりはないわ。私がなるのはこの子達の母親よ。この子達は私の子なの」


 腕の中で震える、今にも消えてしまいそうなほど怯えた大切な子供達を強く抱きしめて、はっきりと言い放つ。

 底冷えのする眼差しが、敵と認識した目の前の男を突き刺した。


 「まだそんな聞き分けのないことを……馬鹿なことを言わないでおくれ。そんなに子供が欲しいなら、私と--」


 言葉は最後まで続かなかった。

 バン!と大きな音を立てて玄関のドアが開け放たれる。突如として吹き込んだ強風が瑞希や子供達を一撫でしたかと思えば、それは明確な意志を持って乱入者を家から引きずり出した。

 どさりと無様に地面に尻餅をついたヒューイットは、何が起きたのかわからず目を白黒とさせている。

 彼だけが、この場で真相を理解していなかった。

 挙動不審なその姿を見下ろす小さな影が一つ。

 熱さも冷たさも孕んだ瞳は涙で潤み、固く握り締めた手は小刻みに震えていた。

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