母と姉と
アーサーが街へ出かけてしばらく、瑞希は子供達とキッチンに並んでいた。
ライラもカイルも、母がキッチンに立つ後ろ姿は見たことがあるが、自分が立ったことはない。料理として完成される前の食材を前にして、二人は興味津々でそれを見つめていた。
「母さん母さん、これ、なあに?」
「それはキュウリ。ライラが見てるのはジャガイモっていうの」
「きゅーり……」
「じゃがいも……」
珍しくもないそれらにも初めて見たと言いたげな子供達。言葉さえも初めて耳にしたかのような反応をされて、瑞希の顔に僅かな翳りが差した。
「ーーさぁ、やることはたくさんあるわよ!カイルとライラにも手伝ってほしいんだけど、いい?」
あくまでも決定権は彼らに委ねるが、彼らの、ここに来てからの反応を思い返せば返答は想像に難くない。
瑞希の予想通り、顔を輝かせて「やる!」と揃えた双子は、矢継ぎ早に「何するの?何するの?」と待ちきれない様子だ。一方で、ルルは物言いたげな様子で瑞希を見つめていた。
「今日は、一緒にお料理をします。お口に入れる物だから、まずは手を洗ってきれいにしてきてね」
ピッと洗面所の方を指差せば、二人は元気よく返事して、ぱたぱたと足音を響かせた。
「ミズキ……あの、大丈夫、なの?」
「え?なにが?」
心底心配そうにするルルに、心当たりも浮かばず問い返す。ルルは迷いながら、だって、とその心を明かす。
「あの子達、野菜も見たことがないのに、料理なんてさせて大丈夫なの?怪我しちゃうんじゃない?」
せっかく怪我が治ってきたのだ。もうどんなに小さな怪我だってしてほしくない。
訴えるルルに、瑞希は優しい目を向けた。大丈夫よ、と安心させるように言い聞かせると、小さな家族がきょとりとする。
ルルの反応に、瑞希はさも心外だと大袈裟に振る舞った。
「ルルったら、私があの子達を危ない目に遭わせると思ってるの?」
「えっ……あっ?ち、違うの!そんなつもりで言ったんじゃ……!」
ぶんぶんと手も首も振って慌てふためくルルに、冗談よ、と瑞希は小さく噴き出した。そんなこと、言われなくともわかっているのだから。
「でも、現実的な話、家事は早いうちから覚えて貰わないと。結婚してから困るのはあの子達よ?」
「けっ結婚!?」
ミズキったら何言ってるの!?
ルルは信じられないものを見る目を瑞希に向けた。気が早すぎると騒ぐルルに、瑞希は笑いを堪えきれなかった。
緩みきった口元を手で覆い隠していると、手を洗い終えた双子が帰ってきた。
「ママ?どうかした?」
なんで笑ってるの?と覗き込んでくる双子に、なんでもないと首を振る。
明らかに嘘だとわかるそれに、双子は揃ってぷっくりと頬を膨らませた。面白がって突いてやれば、ぷすっと空気の抜ける音がした。それがまた、どうしてか楽しくて仕方がなかった。




