告げられる警告
ロバートは冷や汗が止まらなかった。近づきすぎて、忘れていたのだ。
アーサーと名乗るこの男は、人の形をした抜き身の剣に等しい。無害なものは気にも留めないが、一度敵と判断すれば即座に牙を剥くだろう。
素性も生い立ちも、何もかもがあやふや。そういう男なのだ。
「とりあえず、そのおっかない顔は止めてくれ。心臓に悪い」
若干白が増した顔色に、意識していなかったが強張っていた表情筋を少しだけ緩める。しかし眼光は変わらず冷え冷えとした鋭さを孕んでロバートの上から動かない。
ロバートは改めて瑞希の凄さを感じていた。
「ロバート、俺はあまり気の長い方ではないんだが?」
「んなこたわかってるよ!…ったく、寿命が縮んだ気分だ」
未だばくばくと荒ぶる心臓に手を当てて深く呼吸を繰り返す。
アーサーはそんなことお構いなしに、早く話せと目だけでも急かしてくるから質が悪い。
「何にもねぇよ。………今は、な」
アーサーは表情を動かさない。恐ろしいほどの冷徹。だがその背に守られる者を思ってしまえば、むしろ頼もしく感じられる。
「ワシも人から聞いたんだがな。組合の奴らがおかしいらしい。どうにも、気味が悪いくらい静かなんだと」
予想外の単語にアーサーは目を細めた。
この街ではほとんど自由に興行しているが、本来商売で生計を立てる者は組合に加入する。同業同士で集まり、格差のない平等な利益を得るために徒党を組むのだ。
組合は商人達が独自に生み出した仕組みだが、これについてはその土地の領主や、国王でさえ口出しすることはできない。もし一部を弾劾しようものなら、その他の組合が一斉に行動を起こす危険性があるからだ。ーーすなわち、流通の断絶が。それ故に、悪用されない限りは、と苦し紛れの条件の上で、それぞれ自治体は黙認してきたのだ。
「役所に報告は?」
「してない。証拠が無いからな。ただ、気の置けない何人かには伝えてある」
「そうか。情報感謝する」
「あっ、待った!アーサー、ミズキ達にはこのこと…」
「わかっている。言うつもりはない」
ロバートの不安を聞くまでもなくすっぱりと切り捨てる。言われるまでもないことだ。
アーサーは出かける前の彼らの姿を思い浮かべた。
街の喧騒から離れたあの場所は、目に見えるものも見えないものも、すべて温かいものだけがある。それを壊すような真似を、アーサーがするはずはないのだ。
「礼は後日改めて。今は先を急いでいるから」
「ンなもんいらん。ミズキに世話になってるのはワシらも同じだからな」
恩人に礼を求めるほど落ちぶれてねぇよ、と主張されて、アーサーは表には出さないながらもその心意気を気味良く感じたが、不安も増した。人が良いのは美徳だが、危うくなっていることにいい加減気づいてもらいたいものだ。
(ミズキになんとか栄養価の高い物を用意してもらおう)
固く心に決めて、アーサーは手綱を引いた。




