気付けなかった変化
ワインより重い大瓶を抱えてドアノブに手をかける。少し力を込めただけでドアベルは大きく揺れた。
「まいどありー」
ゆるい調子の口上を背に、今度は菓子を見繕おうと馬の背に荷を積んでいると、ふと、街道の方から声をかけられた。
「おお、やっぱりお前さんだった。調子はどうだ?」
「……問題ない」
ふむ、数拍の間を置いて、アーサーは無難な答えを返した。素っ気の無い返事だが、それさえも彼らしいとロバートは豪快に笑い飛ばした。
「まったく、お前さんはどうにも大雑把だなぁ!」
「人のことを言える立場か?」
「違いない!」
大きな体を丸め込んで腹を抱えるロバートだが、その手足は見た目によらず太さがない。彼と初めて対面したときからのことだが、それが前にも増しているような気がしてアーサーは眉間に皺を刻んだ。
「医者の不養生」
一言厳しい声音で指摘する。
ロバートは途端に笑いを収めたが、やがて仕方ないのだと苦く笑った。
彼の体型の原因をアーサーは知っている。瑞希も恐らくは知っているだろう。
一見してふくよかな体躯。しかしそれは偽りなのだと、わかる者にはわかるのだ。
「瑞希といい、どうしてそうも職業病が多いんだ?」
頭痛がする、とアーサーが溜息を吐く。事情を知らないロバートは首をかしげるが、説明する気も起きやしない。
「おいおい、問題ないんじゃなかったのか?」
「無い。無いったら無い。俺の個人的な事だ、気にしないでくれ」
放っておいてくれ、とは言わず手で空を払う。
ロバートは納得がいかない様子だったが、言うつもりはないと悟ってか、「あんまり溜め込むなよ」と注意を促すだけに留めた。
「問題ないならいいが……油断するなよ?」
「何?」
一転、ぴりっとした雰囲気を醸し出したロバートに訝しむ。
ロバートは素早く周囲に目を走らせた。釣られてアーサーも同じく警戒するが、辺りには街の住人達が変わりなく行き交うだけだ。
「ミズキが他の店と一線画してるってのは、よくわかってるだろう」
アーサーは無言で頷いた。旅をしていた頃何度も世話になった身だ。が、だからこそ余計に解せない。ロバートの口振りは、まるでそれが問題だとでも言っているようだ。
アーサーの感覚は間違ってはいなかった。
ロバートは困ったように首の後ろに手を回して、むにゃむにゃと言葉を模索する。
「何かあったのか」
ロバートに、もしくは街に。
少し街から離れただけのはずなのに、随分と情報に疎くなったと今初めて気がついた。あの場所があまりにも居心地が良いから、自分の本分を忘れていたようだ。
威圧にも似た気迫がロバートに押し寄せる。
「ごっ、誤解だ!」
ロバートは慌てて腕を振り回した。




