理という不文律
「こ、の世界の人間じゃない? って……」
「うむ、それは間違いない。お前さんからは違う匂いがする。恐らくは箱が原因じゃろうが……見てみない事には明言はできんな」
「そんな……じゃ、じゃあ帰る方法は!? 原因がわかったなら、帰る方法だって……!」
「……残念じゃが、例えわかっても元の世界に帰ることは無理じゃ。二度境界を超えることはできん。理に反してしまう」
平行世界。パラレルワールドとも呼ばれるそれは、本来交わることはない。木の根のように無数に存在する世界だが、どの世界にも共通している理が唯一つだけあるという。それが、万物は境界を一度しか越えられないという理だ。
たった一度でも途轍もない巨大な力が働くために、物質には重大な負荷がかかる。もし二度目を試みたところで、物質の許容範囲を超えてしまう。物質の方が耐えきれずに崩壊し、消滅してしまう。
故に、どう足掻いたとしても境界を越えられるのは結局一度だけなのだ。
「そんな……でも私は、望んで境界を越えたわけじゃないわ!」
「じゃろうな。しかし、そうは言ってもできんことはできんのじゃ。可哀想じゃが、お前さんはもうこちらで生きていくしかないのじゃよ」
「そんな……っ」
とうとう涙を零した瑞希にシモン長老は哀れんでその頬に手のひらで触れた。望んで越えたならともかく、知らないうちに越えて、しかも帰れないとはこれ以上ない不幸だろう。シモン長老は泣くなとは言えようはずもなかった。
瑞希を連れてきたルルは、口を手で覆っていた。何か違うとは感じていたが、こんなことになるとは思っていなかった。帰りたいと嘆く瑞希を慰めてあげたいのに、そのための言葉すら思い浮かばない。
他の仲間たちも同じように驚いて哀れんでいるけれど、誰も、何を言って良いのかわからないでいた。
集落には瑞希の泣く声が哀しく響き渡っていた。