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強がりな人

 「私はね、何にもできないの」


 瑞希が零した小さな呟きに、アーサーは片方だけ眉を上げた。

 瑞希にとって、教師とは才能なんてものの存在しない職業だ。たとえ存在するとしても、知識と経験ーー努力次第で十分補完できるもの。勉強とは往々にしてそういうもので、だからこそ日頃からの積み重ねが大事だと思って行動してきた。


 瑞希にとって、教師も学校も当たり前のものだ。

 学校に通うのは、権利という名目の義務。学校という閉鎖空間には教師という指導者であり監視者がいて、何故かなんて考えることもなく一日の大半を過ごす。ーーそんな、ありきたりな日常。


 しかし、違ったのだ。カイルの言葉で初めてそれに気が付いた。


 地球(あちら)に、学校に通えない子供達がいなかったわけじゃない。家の手伝い、病気、ーー戦争。様々な理由で文字も読めない子供達がいる。

 知らないわけじゃなかった。ーー知らないふりをしていた。他人事と、見て見ぬふりをしていた。


 教師に特別な才能は要らない。自分のもてる知識と経験をそれぞれの手法で教授する。


 でも、今の秋山瑞希(わたし)に何ができるの?


 足元が崩れ落ちる感覚。無意識に拠り所としていたものが霞と消えた。瑞希一人を取り残して。


 「お笑い種よね……」


 社会に出て自分で働いて稼いで、それで大人になった気でいた。でも蓋を開けてみれば何にも変わらない、成長していない、どこまでも不安定な子供のままの自分。

 それがあまりにも滑稽で、自嘲する。

 アーサーは、未だ片眉を上げたままだ。


 「何かできなくてはいけないのか」

 「え……?」

 「俺は、ミズキが何かできるから傍にいるんじゃない。ミズキを好きだと思うから傍にいる。……ミズキは、俺が何かできるから傍にいるのか?」

 「違う!」


 瑞希は即答した。

 アーサーが満足げに微笑む。ほらみろ、と言わんばかりの笑み。


 「自分で自分を何かできると思っている奴はただの自意識過剰だ。きっと本当は、誰にも何もできない」


 何もないところから何かが生まれないのと同じように。全ての事柄は、過去から紡がれ続けてきた事柄だ。


 「それに、ミズキは自分が言うほど『何にもできない』人間じゃないさ」


 片膝をついたままの姿勢でそっと彼女の手を握る。小さな切り傷と特徴的な胼胝(たこ)の目立つ手。


 「本当に『何にもできない』人間は、何かしようとも思わない人間だ」


 何かしようと努力の跡の残る手を持つミズキが、そうであるはずがない。


 「俺は、そうやって頑張るミズキを心から尊敬する」


 いつになく饒舌なアーサーが、そっとその手の甲に唇を落とす。それから甘やかすような微笑を見せた。

 瑞希の目尻からぽろぽろと涙が滑り出した。

  泣いているのに、安心したような笑みが浮かぶ。


 ぎゅうっ、と小さな温もりが抱きついてくる。言葉よりも強く真っ直ぐに気持ちを伝えてくれる、愛しい温もりが。

 私よりよっぽど頼りになる存在。だめねぇ、と瑞希は笑みを深めた。


 「好きよ、大好き。気づかせてくれて、ありがとうーー……」


 そう伝える瑞希の表情は、今までで一番晴れやかで美しかった。


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