教えて
瑞希が、少女と違わない可憐な見た目に反して実は成熟した年齢であることは聞いていた。知った当初こそまさかと疑いもしたが、付き合いを重ねていくうちに確かに彼女には年齢に相応しい知識ーーそれだけでなく、一般人とは考え難い教養を身に付けていることを知った。
誰に対しても分け隔てなく親切に接し、相手への敬意を忘れない謙虚な姿勢は人として見習うべきだとアーサーは常々思うほどだ。
薬を調合するから、商売をしているから、と思っていたその理由に違和感を感じていたが、彼女が教鞭を取れる程の人間であるならばそれこそ納得がいく。
「父さん、きょーいんって何?良くない言葉なの?」
カイルが腕にしがみついて見上げてくる。にわかに揺らぐ瞳に、そんなことはないという意味を込めて頭を撫でてやった。
「教員とは、人々に学問を教える立場の者のことだ。教師、先生とも言うな」
「ん…と、それって凄いの?」
「もちろんだ。誰にでもなれる仕事じゃない」
この国の学制では富裕層しか高度な教育を受けることはできない。統制の為、というのも確かに理由だが、それ以上に、かかる費用が生計に差し障るからだ。もし仮にそれを受けられたとしても、教える対象が高位階級ということもあり、教員になるには幅広い知識と高い教養が求められる。
だからこそ、教員という職は相当高位であり、名誉職でもあるのだ。
「だが、ミズキが落ち込む理由はわからないな。知らないことを悪く思うような人柄でもないのに……」
知らないことは知ればいい、という体を崩さない彼女が、息子に前職についての知識がなかったからといって落ち込むとは思えないし、経歴を誇り掲げるような人物ではないとも知っている。
いったい彼女を悩ませているものの正体はなんなのだろうか。
考えれば考えるほど込み上げてくる不快感に、アーサーは心がささくれ立つのを感じた。
子供達をその場に残して、アーサーが前に進み出る。
落ち込み俯く瑞希の視界にアーサーの爪先が入り込む。
ゆるゆると上げられた幼い顔は、信じたくないと駄々を捏ねる子供のそれに酷似していた。
「アーサー……」
彼女のこんなにも頼りない声を彼は初めて聞いた。
衝撃だった。アーサーの中で、瑞希はいつも笑顔が絶えない明るく気さくな女性だったから。勝手な思い込みだとわかっている。そんな彼女をこうも豹変させてしまう何ものかが堪らなく憎かった。
アーサーは瑞希の前で片膝をついた。
今度はアーサーが瑞希を見上げる形になる。慣れない視点が少しだけ気恥ずかしさを生んだ。
「ミズキ、どうか教えてほしい」
瑞希がひとつは瞬きした。
きっと何のことかわかっていないのだろう。ついさっきまで、自分の世界に入り込んでしまっていたから。
「君を悩ませるものは何だ?何が君の中を占領している?」
びくりと瑞希は肩を跳ねさせた。だというのに何かを口にする気配がないのは、よほど言いづらいことなのか。
苦しいと顔を顰めたアーサーに、瑞希こそ困惑していた。




