カイルのおねだり
食後のひと時として、のんびりお茶やコーヒーを各々啜っている時に、瑞希は三人に向けて口を開いた。
「アーサー、カイル、ライラ。例の指輪が出来上がったそうだから、今日は早めにお店を閉めて集落に行こうと思うの」
ライラとカイルはぱっと顔を上げた。今から零れでる笑みに、ルルが少し恥ずかしそうにしている。
アーサーは表情にこそ出てはいないが期待しているのはよくわかる。何度も一人頷きを繰り返していた。
「わかった。では店の後に、街で何か手土産を見繕ってこよう」
アーサーの申し出は助かる物だった。
営業を終えた後に菓子を作ったりする時間もあるにはあるのだが、それだけの体力が残っているかと考えると躊躇いが生まれる。自分たち五人分の弁当と、おそらく食べるだろう集落の妖精達用の軽食も用意するのだから。
妖精達は甘い菓子と、年長者は酒も好むことを伝えて、お金を渡そうと抽斗から硬貨の入れてある茶巾袋を引っ張り出す。銀貨を一掴みほど出そうとしたところで、アーサーに止められた。
「食事も育児も任せきっているのだから、せめてこのくらいは俺に出させてくれ」
「え、でも……」
「いいから。それに、酒は俺も飲みたいからな、こだわらせてくれないか」
そう言われてしまえば、瑞希が言葉を重ねることは難しい。
瑞希は下戸と言う程ではないが、それでも酒に強くない。それは日本人の大概が当てはまるが、その基準の中でもさらに弱いのだ。打ち上げなどで生ビールを飲む時も、三分の一飲めれば上々。酒の美味みを知らないのだ。
アーサーの言葉が本音か建前が、瑞希には判断できない。仕方ないと諦めて、銀貨を茶巾袋に戻し、抽斗にしまった。
「じゃあ、お願いしようかな」
「ああ、任せてくれ」
こくんとひとつ頷いて、話は終わった。
時計を見れば、午後の営業開始まで後三十分程。洗い物を終わらせた頃にはちょうどいい時間になるだろう。カップに残っていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。
「母さん?」
どうしたの、とカイルがとたとた歩み寄る。
「洗い物を済ませちゃおうと思って」
だからカイルはまだ座ってて、と言おうとしたところで、カイルが「僕も!」と先に言葉を遮った。
「ライラばっかり母さん手伝ってる。僕も母さんのお手伝いしたい」
ね、いいでしょ?お願い、とおねだりする時の目で見上げられる。
確かに同じ女だからかライラと一緒に何かをすることが多い気もするが、ばかりと言う程でもないし、洗い物だって多いわけではないから、少し迷ってしまう。
(ん~……これも親子交流の一環、かな?)
それに、せっかくやる気があるのに無下にしてしまうのも心苦しい。
ちらりとライラの様子を伺い見る。
ライラはアーサーにじゃれついて、もとい、甘えている。アーサーの膝の上に抱えられて、旅の話を聞いているようだ。
「じゃあ、今日はカイルにお手伝いお願いしちゃおうかしら」
にっこりとしてカイルと目を合わせると、カイルはやったと両手を挙げた。
「母さん、僕、頑張るよ!」
「あら、じゃあ私も頑張らなきゃ。一緒に頑張ろうね」
キッチンはすぐそこだと言うのに、カイルは瑞希と手を繋いで十数歩分の距離を楽しそうにする。
繋いだ手の温もりに胸が温かくなって、その擽ったさに瑞希はふふ、と幸せな笑い声を溢れさせた。




