お使い
瑞希の心配は喜ばしいことに杞憂で終わった。はらはらする心境を押し隠して見守っていた子供達は最初から最後まで美味しいと言って幸せそうに食事を終えたのだ。
しかも、ゼリーも完食。からになった器を見た時の感動はとても言葉で言い表せる程度ではなかったし、ルルは涙で滝さえ作り上げていた。感無量と打ち震える母姉を他所に、アーサーは寡黙に双子の頭を撫でて褒めていた。
「今日はいい日だわ!カイルもライラも本当にいい子!」
いまでも興奮の冷めやらないルルがぴゅんぴゅんとあちらこちらを飛び回る。たとえ大声を上げて喚き散らそうがじたばたとはしたなく暴れようが、瑞希と同族にしか見えないのに、そうしないのは、やはり女の子だからか。
せめてもの発散をしているルルはなんだか恋する乙女のようにも思えて、瑞希は達観して苦く笑う。
若いわねぇ、なんて思うにはまだ早いだろう。
不意に、こつこつと窓を叩く音がした。ガラスの向こうには小さな人影。
妖精のお客さんだとすぐにわかった。
「こんにちは、いらっしゃい。今日はどうしたの?」
窓を開けて迎え入れると、小さな客人はひらひらと翅をひらつかせて瑞希の肩に止まった。
集落の妖精たちは、時々誰かを使いに立ててお菓子を買い込みにくる。買う、と言っても通貨でやりとりをするのではなく、新鮮な木の実や貴重な薬草だったり、水産物だったりを対価にした物々交換が主だ。
今日も集落のみんなは甘いお菓子をご要望なのかと思ったが、どうやら違うらしい。お使いにやって来た妖精はくすくすと悪戯っ子な笑みを浮かべていた。
「あれ、ココ?」
「ハァイ、ルル。ひっさしぶり~」
お使いの妖精はココと言うらしい。お調子者さながらに手をひらつかせて、顔見知りらしいルルにニンマリとした笑みを向けている。
「何しに来たの?」
遠慮などない言葉に、らしいといえばらしいが瑞希は苦笑した。ルルの飾らない性質は好きだが、もう少し柔らかい物言いをしても良いと思うのだ。
ココはそれに気分を害した風もなく、また同じ調子で「お使いだよ~」と軽く答えた。
「お菓子?今日は焼き菓子だとクッキーとマフィンと……」
「違うよぉ、じじさまから伝言~。『例の物が出来たぞいっ!』ってさぁ」
伝言部分だけ物真似したそれに、瑞希とルルはまず顔を見合わせた。
例の物?
一瞬、何のことだかわからなかった。例の物、例の物、と心当たりを列挙して、それでようやくなんのことか思い至った。
「指輪!」
瑞希とルルの声が揃う。ココはせ〜いか〜いとまた間延びして告げた。
「うわぁ、じゃあ早く貰いに行かなくちゃ!」
やっとカイルとライラと直接お話ができるとはしゃぐルルに、アーサーも忘れないで上げてね、と口添えしておく。
冷静なようで、瑞希もなかなか浮かれていた。
なんといっても、指輪は待ちに待った物なのだ。
アーサー達とルルとの中継役は決して苦に思うようなことではなかったが、コミュニケーションの質を考えるなら、やはり直接向かい合って話すのが一番だ。
瑞希は知っている。アーサー達がルルを、もう一人の家族を早く見てみたいと思っていることを。
「あれ、でも早くない?完成は明日じゃなかった?」
昨日のルルの話ではそうなっていたはずなのだが、と思い返していると、ココが実に明確な答えを打ち出した。
「じじさまが老骨折ったからね~」
よっぽど嬉しかったんじゃない?曽孫。
ちょっと怖い表現をしながらもあっさりとした言葉に、瑞希もルルも何も言えなかった。瑞希に至っては、自分は孫扱いされているのかとちょっと照れ臭いような、悲しいような、微妙な気分である。
でも。
「みんなもきっと喜ぶわね」
その様子が容易く目に浮かんで、瑞希は柔らかい笑みを湛えた。
歓喜一色でぱたぱたと飛び上がって見事な宙返りを決めてみせたルルが、はっとして、恐る恐ると瑞希を見上げた。
「……ねぇ、ミズキ……今日のお店のことなんだけど………」
言い出すルルの気持ちは、皆まで言われなくとも察しがついていた。
ちゃんとわかってる、と小さなほっぺたを人差し指でつつく。プニプニとして弾力のある感触がなんとも言えない。
「またいきなり臨時休業するわけにはいかないけど、今日は早く店じまいして、みんなで集落に行こうか」
バスケットにお弁当を詰めて、集落のみんなと一緒に食べるのも楽しそうだ。
にっこりと微笑む瑞希に、ルルはやった!とその頬に抱きついた。
「ミズキ、大好き!」
「私も大好きよ」
そう言って親しい様子の二人を、お使いのココは幾らかやさぐれた気持ちで見つめていた。
「伝言したのはあたしなのにぃ~」




