母親とは
「さて。そろそろお昼時なわけだけどーー……」
ちろ、と瑞希は落ち着かない子供達を伺った。
子供達はご褒美がよほど嬉しいのか、先ほどからずっとそわそわして、口にするその時を今か今かと待ちわびている。興奮もあって、その頬は健康的に色づいている。
楽しみにしている二人には悪いが、瑞希は複雑な心境だった。
食に興味を示してくれるというのは、瑞希にとっても嬉しいことだ。しかも、子供達が自分で働いた報酬として与えられた物なのだから、養母とはいえ瑞希にそれを取り上げる権利はない。そんなことをしようとも思わないが。
そんなことより、瑞希が心配しているのは当然子供達のことだ。二人とも、まだ食事トレーニングを始めたばかり。スムージーも一本飲みきれないほど胃が縮んでしまっているのに、大きくはないといっても負荷を与えないだろうか。
せめてルルやアーサーに一言でも相談できればいいのだが、二人とも微笑ましげに子供達を見守っているから水を指すのも気が引ける。
薬屋で販売している商品は、どれも健康を意識した物ばかりだ。件のゼリーひとつを挙げても、新鮮な果物に含まれるビタミンやクエン酸、ポリフェノールなどは疲労回復や代謝の向上に一役買ってくれる。ゼリーとは名ばかりで寒天を使っているからミネラルも摂取できる優れものなのだが、それでも心配してしまうのは母親の性だろう。存外に母親が板についてきたことを喜ばしく思うが、こうも気苦労が絶えないとは、世の母親達には本当に頭が上がらない。
「ミズキ?顔色が優れないようだが……大丈夫か?」
思い詰める瑞希に気がついたアーサーが、子供達の目に止まらないようにこっそり窺ってくる。不意に間近に迫った黒曜に大袈裟なほど驚いた。
「なっ、なんでもないの!ちょっと疲れちゃっただけだから!」
咄嗟に思いついた誤魔化しに、アーサーが怪訝な顔をする。ルルも驚いていたし、子供達は先ほどまでの上機嫌はどこへやら、一転して心配そうに服の裾を掴んできた。
「ミズキ、調子が悪いなら早く言ってくれなきゃ!大丈夫?頭痛いとか、気持ち悪いとかはある?それともお腹とか?」
待っててね、すぐによく効くお薬を用意するから!と今にも薬剤保管庫にすっ飛んで行きそうなルルに慌てて待ったをかける。それから所在無さげな子供達と目を合わせるべくしゃがみこんで、安心させるような笑顔を作った。
「二人も、心配してくれてありがとう。私は大丈夫だから、ね?」
「……本当に?」
「本当に。お母さんは嘘なんて吐きません!」
わざとおちゃらけて言い切ると、二人はあからさまにホッとして、よかったと口からこぼして表情を柔らかくした。思わずと漏れたその呟きが、どうしようも無く瑞希の心に染み渡る。胸がぽかぽかとして温かくて、なんだか面映ゆい心地がする。
「ーーさ、お昼にしましょう。ゼリー食べるんでしょ?つるんってしてるからって、ちゃんと噛んで食べるのよ?」
一呼吸してから、くしゃくしゃと双子の頭を撫でつつにっこり笑う。不安の影は全部その下に隠しこんだ。
ゼリーと聞いて、子供達の顔がまたパッと明るくなった。
「アーサー、ルル。私達はベーグルサンドでいい?」
朝のパンを焼くついでに焼いたのだと添えて確認を取れば、二人は反応の仕方はそれぞれ違ったが昼食の献立が決まった。
「じゃあ、今度こそいい加減にお昼にしましょうか。みんなお腹減ってるでしょ?」
たくさん動いたのだから減らないはずはない。四人とも即答してそれを肯定したことに思わず笑いが込み上げたが、その潔さは小気味いい。
瑞希は小さく笑って、昼食を用意すべく立ち上がった。




