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「お待たせー、持ってきたわよー」


 瑞希が声をかけると、ディックがトレーを受け取ってくれた。テキパキとデザートから並べていってくれる隣で、瑞希も手際良く紅茶を注いでいく。

 ルルは双子の前で内緒と口元に人差し指を当てた。嬉しそうな姉に、聡く察した双子がキラキラと目を輝かせながら口元を手で抑える。どうしたらデザート皿がティーポットに隠れるか、内緒話さえ楽しんでいた。


「ブラウニー、見慣れた感じじゃないね」

「まぁね。結構甘さがあるから、紅茶はストレートがおすすめよ」

「わかるー、そんな匂いしてるもん」

「幸せな匂いでしょ?」

「間違いなく!」


 言い切ったディックに子供たちからも笑い声が上がる。そのうちにテーブルのセットも終わって、それぞれの席に着いた。

 瑞希はほとんど定位置となっている席へルルと一緒に。

 ライラは瑞希の隣に座り、その反対隣がカイル。

 ディックがバイトしていた頃と同じ席に腰掛けると、目につく空席が一つ出来た。


(あ……)


 一瞬、瑞希が身構える。そっと盗み見ると、ディックは数拍空席を見つめただけで何を聞くこともなく、いつも通りの笑顔を浮かべた。


「ねぇミズキ、早速食べていい? めっちゃ美味しそう!」

「え、ええ、もちろん。召し上がれ」

「いっただっきまーっす!」


 吃ってしまった瑞希を、ディックはからりと笑って流した。

 大きな声に相応しい大きな口がぱっかり開いて、大きく切り分けたブラウニーを一口に頬張る。ぱちっとディックが大きな目で瞬きした。モグモグモグ、動く口が止まらない。

 カイルとライラも、それぞれに丁度良い控えめな大きさに切り分けたブラウニーをぱくんと一口。ルルには瑞希が切り分けて最初の一口を譲った。

 かりこりかり。ナッツが噛み砕かれる音がする。

 ディックが無言で紅茶に手を伸ばした。湯気の立ち上る水面だけを静かに啜り、間を置かずに痛そうな悲鳴が上がった。


「あっつ!! いけど美味しいっ!」

「よかった。でも火傷しちゃうから、気をつけてね。カイルたちもよ」


 ぴんと人差し指を立てて注意すると、ルルと双子がしっかりはっきり頷いた。ふうふうと念入りに冷ましてから慎重に口をつける。


「んっ……あ、ほんとだ。熱いけど、すっごく美味しい!」

「お口の中がいっぱい甘いからかな、お砂糖ないのに美味しい!」


 砂糖もミルクもない紅茶に不安そうにしていた双子は、よく似た顔をふんにゃりと綻ばせる。にこにこの笑顔を見て、先に火傷したディックも悔しそうな顔から一転して満面の笑みを浮かべていた。

 瑞希も一口、ブラウニーを頬張る。甘さを抑えたカカオの香りと、生クリームより甘い砂糖の風味が口いっぱいに広がって、口を動かせばカリコリとナッツの砕ける食感にあわせて加わる風味で味が変わっていくのが楽しい。


(小さく作ってお薬埋め込んで商品化……は難しいわね。でも、アーサーも好きなんじゃないかしら)


 錠剤ならまだしも、《フェアリー・ファーマシー》の薬は粉薬や水薬が多い。埋め込む作業が大変だし、多少サイズを抑えたところで結局は噛んでしまうだろう。

 新商品代わりに書類仕事時の軽食ラインナップとしてスモアを追加して、甘い口内を紅茶ですっきりさせた。


「そういえばディック、さっき出向だって言ってたけど、いつまでこっちにいられるの?」

「最低でも一年って言われてるよ。地元で気楽だし、この機会にしっかり作法とか身に付けようと思ってるんだ」


 ライラとカイルが「シュッコウ?」と首を傾げる。「お仕事の都合で一時的にいるってことよ」とルルに教えられると、二人はわかったのかどうなのか、ぼんやりした様子で頷いていた。

 対するディックはこの出向を好機と捉えているようだ。確かに背筋を気にしていたりと、身近なところから気にかけている様子が見受けられる。


「すごく頑張ってるのね、偉いわ」

「まぁね。総帥、ミズキも会ったでしょ? 貴族だからかっていうのもあるんだろうけど、とにかく身のこなしが綺麗で何しててもすっごいカッコイイんだよ」

「ああ、あの方。確かに、威風堂々とした立ち振る舞いの方だったわね」


 新兵訓練、豊穣祭の時に顔を合わせた偉丈夫を思い出す。ジークハルト=ルーイン=ライゼンブルグ。瑞希が知る限り初めての、アーサー以外にミドルネームがある人。


(あの方、貴族だったのね……納得するしかない風貌だわ)


 彼も爵位を瑞希は知らないが、あの出で立ちで平民出身というには違和感が強すぎる。

 瑞希の中で、貴族の代名詞は領主だ。フェスティバルの時初めて顔を合わせた老侯爵は物腰穏やかで、親しげにしながらも格式も重んじる人柄だった。


(もしかして、領主様にもミドルネームってあるのかしら。……もし、そうなら)


 ハンドルを持つ指に力がこもる。意識してゆっくり息を吐いて、ようやく体の強張りを和らげた。


(もしかして、なんて考えても確認のしようもないんだから)


 自分に言い聞かせて、喉元に引っかかった疑問を紅茶で飲み込んだ。少しだけ、口の中が苦く感じた。

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