素敵なティーポット
リビングからは見えないキッチンの中で、ルルは思う通りに魔法を行使する。どこからともなく湧き出た水は自ら浮遊する鍋に入っていき、薪は列をなして竈の火の中に入り火力を調整していった。
「ミズキ、茶葉は何にする?」
「うーん……おやつを甘ぁいものにする予定だから、お砂糖なしで飲めるものかしら」
ハーブティーよりは紅茶向きだろう。
呟くと、瑞希が手を伸ばすより早く缶が棚から浮き上がった。
「紅茶はアタシが用意するから、ミズキはおやつをお願いね」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわね。……そうだ、ティーポットは新しい物使ってくれる?」
「ああ、あの大きいのね。オッケー」
声とともに、可憐な薔薇の描かれたティーポットが浮き上がる。
瑞希は手を洗い直し、約束のおやつ作りに取りかかった。
まず取り出したのは、もともとおやつに出す予定だったチョコブラウニー。たっぷりの生クリームと一緒に食べる予定だったが、それでは"とっておき"というには物足りない。考えて、瑞希が取り出したのは生クリームではなく素焼きしたナッツだった。
粗く砕いたナッツをブラウニーの上に敷き詰め、その上に白い塊を敷き詰めたら準備完了。
ルルはと見遣ると、紅茶もちょうど蒸らしに入ったところだった。
「ルル、ちょっとお願いしてもいい?」
「はいはーい。って、なぁにこれ?」
「とっておきのおやつよ」
ディックにも言った表現を使うと、ルルがキラキラと目を輝かせた。前後左右、あらゆる角度からブラウニーを観察して、くんくんと鼻もきかせてみる。
「うーん? 甘い匂いはするけど、これがとっておきなの?」
「これは、これからとっておきになるのよ」
まるで言葉遊びのように言って、瑞希はルルにお願いした。
「このブラウニーの上で、小さく火を出してほしいの。できる?」
「できるけど、焦げちゃわない?」
「ちゃんと見てるから大丈夫よ」
ぴんっ。ルルが弾くように指を立てると、小さな火がぽっと灯った。ルルの指先に合わせて移動するその火が、撫でるようにブラウニーの上を移動する。
「んん〜っ、いい匂ーい。嗅いでるだけでも幸せになれちゃうわぁ」
これはどんな味がするのだろう。期待にルルの機嫌がさらに上向く。左右に振る指もリズムを刻むように軽やかだった。砂糖はとにかく焦げやすい。白い塊もすぐに溶け、ほどほどに焦げ目が入ったところで火を消した。
「なぁに、この白いの。すぐにこんがりしちゃったわね」
「マシュマロっていうのよ。ココアに浮かべても美味しいの」
まだ飲んだことのない美味に、ルルがきらりと猫目を光らせる。
「飲みたい!」
「今日はだーめ。また今度ね」
糖分取りすぎ要注意と言いながら、形を崩さないように丁寧にブラウニーを切り分ける。瑞希とルルの分は同じ皿。同じくらいの大きさになるように、ディックと双子の分も切り分けては皿に載せる。
「あっ、ミズキ、アタシの分!」
「ルルの分も私のお皿の上よ。せっかくなんだから、みんなで一緒に食べましょ」
「えっ? それは、嬉しいけど……いいの?」
パッと輝いたルルの顔が瞬時に心配そうに曇る。ディックがいるのに、と困った顔で見上げてくるルルをやさしく撫でながら、瑞希は「大丈夫」と安心させるように笑いかけた。
「大丈夫よ。今日は大きめのティーポットだから、ブラウニーもこれに隠れちゃってディックには見えないわ」
改めて見たティーポットは確かに高さだけでなく横幅もある。これならデザート皿も簡単に隠してしまえるだろう。
ルルは目頭が熱くなった。瑞希がどうしてこんな大きなティーポットを買い求めたのか、ようやく合点がいった。
「ほら、一緒に行きましょ。せっかくのとっておきなのに、冷めちゃうわ」
「っうん!」
パッとルルが翅を開く。
瑞希は笑顔で三人の待つリビングに足を向けた。




