とっておきの約束
昼ご飯も済ませた後も瑞希たちはリビングに留まり、思い思いのことをしていた。
瑞希は食後のコーヒーを堪能しながら、ここ数日で溜まってしまった手紙や書類を仕分けている。
その膝にはモチが陣取って、ぬくぬくとブランケットに包まり昼寝していた。
モチの背中は、ルルの特等席だ。ふかふかの毛に寝そべって、瑞希が書面に目を滑らせては何か書き込んでいく姿を見ていた。
「今回は手紙が多いのね。アーサーからのはあった?」
「ううん、残念ながら。でも、便りがないのは元気な証拠って言うから」
「そうなの? 手紙があった方が安心できると思うけど」
人間って不思議、と率直にルルが物申す。瑞希の感覚もルルと相違なく、かといって口にも出せず、喉に閊えた言葉をコーヒーごと飲み込んだ。
視線を外に逃すと、窓の向こうでは洗濯したばかりのシーツたちも気持ちよさそうに日光を浴びている。
(そういえば、そろそろ収穫できそうな薬草があったっけ)
使い勝手のいいものだから、早めに収穫してしまおう。
「ルル、ちょっと薬草畑に行ってくるから、モチのこと下ろしてくれる?」
「オッケー。アタシも行こうか?」
「ううん、大丈夫。いい天気でもかなり寒いし。それより、カイルたちのお手紙を手伝ってあげて」
「はぁい」
返事と共に、ルルが宙に円を描く。暖かい風を感じたと思えば、膝の上が軽くなった。ブランケットにくるまったまま寝続けているモチは浮いていることに気づいていない。
ルルが今度は指を振る。その動きに合わせてモチはふわふわと移動し、やがて暖炉の前に着地した。
コーヒーの最後の一口を飲み干して、瑞希が立ち上がる。しっかりと上着を着込んで廊下に出たが、それでも一瞬で震える上がるほどの寒気に襲われた。
「うわぁ、息も真っ白……。ルルは来なくて正解ね」
この分では夜には雪でも降るかもしれない。冷えきってしまう前にとそそくさと靴に足を突っ込んだ。
靴の中もやはり冷たく、指先の感覚がじんと鈍くなる。
(終わったら足湯もしたほうがよさそうね……霜焼けになっちゃいそう)
明日は朝から雪かきかしら、と少し気分を沈ませていると、停留所の方に人影を見つけた。
(誰かしら……何かの配達?)
目を凝らそうとしても、自分の吐く白い息が邪魔で顔まで見えない。自分からも歩み寄ってみると、気づいた人影が大きく手を振って、小走りで向かってきた。
「おーい、ミズキーっ」
「えっ、ディック⁉︎」
瑞希が驚きの声を上げると、ディックが悪戯っぽく笑って頷いた。
「どうしてこんなところに……もしかして、国軍で何かあったの?」
そうも立て続けに実践訓練があるとは思えない。まさかと心配になる瑞希に、ディックは大丈夫だと安心させるようにからりと笑ってみせた。
「出向ってやつだよ。詳しい理由は俺も知らないけど、俺がダグラス領の生まれだからって、命令が下ったんだ」
「出向……そう、そうなの。変な心配しちゃったわ」
「えー? オレ、結構頑張ってるんだからね? ミズキは心配性しすぎ!」
オレは子供じゃないよ! と主張するディックは、たしかに体格もより良くなって、精悍さを持ちはじめていた。訓練を頑張っている証拠だ。
「そう、そうね。ごめんなさい。……だめね、ついつい笑顔になっちゃう」
ディックの頑張りが自分のことのように嬉しくなる。謝ろうと思っているのに嬉しさが優って、瑞希は笑顔が抑えられなかった。
あんまりにも嬉しそうに笑うものだから、ディックも強くは言えなくなって、「ずるいなぁ」とぼやきながら鼻の下を擦った。
「もう、いーよ。それより、こんな寒いのに外に出てどうしたの?」
「薬草の採集よ。採り頃の薬草があるから、冷え込む前にと思って」
思って、いたのだけれど冬の日は想定よりも早く傾いてしまう。冷え切った風が強く吹くと、瑞希は堪らず全身を震わせた。
「じゃあ、手伝うよ。二人でやれば少しは早く終わるだろ?」
言うが早いか、ディックは瑞希の手から籠を取り上げて、勝手知ったるという足取りで薬草畑へと足先を向けた。
これ以上寒くなっては本当に風邪をひいてしまう。
「ありがとう」
「なんてことないよ、このくらいお任せお任せ。あ、お礼にあったかいお茶淹れてくれると、とっても嬉しいんだけどな〜?」
茶目っ気たっぷりにウインクするディックはまだ子供っぽさが抜けきっていない。それがまた好ましくて、瑞希は大きく頷いて応えた。
「とっておきのおやつもセットでお出しするわね」
「ミズキのとっておき⁉︎ なにそれ……絶対美味しいやつじゃん……俄然やる気出てきた!」
「風邪ひかないでね?」
「ヘーキ、ヘーキ! このくらいへっちゃらだもんね!」
任せてよ、とディックは力強く胸を叩く。が、力を入れすぎたのか盛大に咽せてしまうものだから、瑞希は堪らず大きな笑い声を上げた。
寒い薬草畑が、少しだけ暖かく感じた。




