領主と近衛
「誰が来るのかと思えば、あの青年だったのですね」
応接室を出た後、ベンジャミンの言葉にダグラスは不思議そうに目を向けた。
「おや、面識があるのかい」
「はい。特別功労賞授与の時に、彼を見ました」
特別功労賞。早くも懐かしく感じる言葉に、ダグラスは合点がいったと目を細めた。
例年をはるかに上回る今夏に救いをもたらした人々に、行賞を決めたのはダグラス自身だ。巡り巡って、ダグラスも知る人の店に限定的になったことも報告を受けている。
「ああ、ミズキ殿の店の客か。なるほど、いい人脈を作ったものだ」
目尻に笑い皺を刻んだ主人に、ベンジャミンが首を傾げる。てっきり彼を指名して呼んだと思っていたのだが、それにしてはダグラスの反応には違和感があった。
「ご存知で召致されたのではないのですか?」
「いやいや。彼は私が呼んだのではないよ」
違和感は正しかった。しかしそうなると、何故という疑問が強くなる。ベンジャミンは思考を巡らせた。偶然と考えるには都合が良すぎている。土地の生まれは確かに強みになりうるが、経験と実績の不足は否めない。それらを凌ぐような、なにか特別な事情がなければ考えにくい人事だ。
(何か、彼でなければならない理由があるのかと思っていたが……)
思案の渦に嵌ったベンジャミンに、ダグラスはほっほっと意図の読めない笑い声をこぼした。それから、ごほんとわざとらしく咳払いする。
「それよりもベンジャミン、先方の予定はわかったのかね」
はっと、職務中という意識が浮上した。今考えるべきを改め、問われた情報を脳の中から手繰り寄せる。
「個人の予定までは、残念ながらまだ。今日も休みのようですが、さすがに急すぎますので来週がよろしいかと」
たしかに。ダグラスが一つ頷いた。今後長い付き合いになるからこそ、礼を失してはならない。まずは今日中に予定を伺う手紙を出そうと、いくつかの文を頭に思い浮かべた。
「では、後で配達の手配を」
「かしこまりました」
胸に手を当てたベンジャミンに、ダグラスが目を瞬かせる。試すように、ダグラスが顎を撫でながら言葉を続けた。
「子供だけで留守番させるのも不安だろう。一緒に招いて、子供たちの好みそうな菓子も用意しなくてはな」
そうなると、馬車の整備もしなくてはならない。近頃は殊更に冷えるから、ブランケットなども。
一つ、一つと思い浮かべて来週を形作っていくダグラスに、ベンジャミンが恭しく胸に手を当てる。
「かしこまりました。万事抜かりなく」
予想通りの反応に、ダグラスはなんとも言えないしょっぱい顔をした。
「……君の役職は、近衛ではなかったか?」
「はい、左様でございます」
困り顔のダグラスに、ベンジャミンは何を今さらと首を傾げる。
調度品の影では、通り合わせたメイドが口元を押さえて震えていた。




